第304話 渚さんと久しぶりのあの人たち
「中は前回来た時と大して変わってねえんだな」
『そうだね。彼らに外の状況はまだ通達されていないようだ。だから変わらぬ日常が続いているわけだ』
渚とミケがそんな言葉を交わし合いながら歩いていく。
彼らが今いるのはクキアンダーシティの商業区である第一階層だ。狩猟者管理局にやってきた案内人に連れられて渚たち一行は現在地下都市の第四階層にある市役所へと向かっていたが、その道中の地下都市の様子は以前に来た時とまったく変わりはなかった。
「上じゃあどいつもこいつも必死こいてるってのにノンビリしてやがって。ちょっとムカつくぜ」
「そう言うな。ここは楽園だぞ。そう言うもんなんだと思っておけ」
地上では今もグリンワームの捜索と、復旧のための準備と、避難した住人への対応に追われているというのに壁ひとつ隔てた地下ではいつも通りの日常がある。その事実にオスカーが苦い顔をするがダンは苦笑しながらそう返した。
『別に地下都市が何もしていないわけではないのだけれどね。グリンワームは時間さえかければ防壁に穴を開けることが可能なのは地下都市も当然把握はしている。不要な混乱を避けるために一般市民への通達は必要になるまでは行わないだけさ』
『そうですね。だから普段は地上の都市には不干渉の地下都市が今回はガードマシンを支援に向かわせていたし、裏では避難のための準備も進めているでしょうね』
「わたくしも市民のままでしたら、きっとこの中で同じように過ごしていたのでしょうね」
ミケとクロの説明にリンダはウンウンと頷きながら商業区を歩く人々を眺めている。元市民であるリンダにとって、そこを生きる人々は昔の自分であった。
なおクロの予想通り、すでに防壁が破られた際の状況を想定して商業区である第一階層の閉鎖と居住区である第二階層への避難を行う準備は進められており、暴動が起きぬように市民への通達は止められている……というのが今の状況であった。
それから渚たちは第四階層の市役所へとたどり着くと市長室へと案内された。
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「来たわね」
『待ってたよ』
そして渚たちが市長室に入ると中では市長のミーア・バルトアと支配者級AIのニキータが待っていた。
「うぃっすふたりとも。って、ドクにミケランジェロ、それにデウスさんもいるのかよ?」
また室内にはふたりの他にディー・マリアことドクと、その相棒猫のミケランジェロ、さらには機械人のデウスまでもが並んでいた。その様子に渚が訝しげな顔をすると、ドクが手を振りながら「はーい」と口を開いた。
「久しぶりぃナギサ。ちょぉっと世界市民の手続きついでに相談に乗っていたのよねぇ。こっちからもお願いしたいこともあったしぃ」
あいも変わらずの間延びした口調に渚が首を傾げた。
「お願いしたいこと?」
「西側のねぇ。野盗たちが活動している地域の方についての対応とかぉ。ほらぁ、あっちには私の知り合いも多いしぃ」
「ああ、そういうことか」
ドクはパトリオット教団のダーパによって生み出された元再生体だが、出会った時はザルゴ率いるオオタキ旅団に所属していた。ドクは野盗の有り様自体は好いてはいなかったが、それでも人と人の繋がりがないということではないのだ。
「そちらについてはコシガヤシーキャピタルへの提案という形で話は通してある。今の状況ではどれほどのことができるかは分からないがね。それにこちらもよそに構っていられるほど磐石というわけでもない。これを見てくれ」
ミーアがそう口にして席に座ると机の上のコンソールを叩き、部屋の中央に空中のモニタを展開していく。
そこには今回の襲撃の映像と、埼玉圏の地図、またなにかしらの移動ルートを示すラインが描かれていた。
「なんだ、これ? 何かのルート? 中心は……グリーンドラゴンのいる場所か。となるとこれはグリンワームのルートなのか」
「正解だ。あくまで観測できた限りの……ではあるがな。そして現時点で連中が接触したもっともアイテール保有量が多いのがカワゴエアンダーシティ。そして今日、ここも発見されたわけだ」
『つまりはグリンワームがグリーンドラゴンのもとに戻った場合、カワゴエアンダーシティの次は僕の街に対して大規模な襲撃が行われる可能性が高いと予想できるんだよ』
「戻ったら……か。あたしがビッグワームを逃したから確実だろうな」
渚が悔しそうにいうが、ミーアは「それも一因にはなるだろうが」と口にしながら首を横に振った。
「時間の問題でしかなかっただろうよ。すでに他のグリンワームも大量に逃れて街の外に出ている。カワゴエアンダーシティがどれほど保つか次第ではあるが、戦力を整えてくるならばお前が逃したか否かは誤差でしかないさ」
『いずれにせよ、現状のままであれば僕らは食われて終わるんだよね』
ニキータがそう言って肩をすくめた。
『ソレハ我々モ同ジデシテ』
「デウスさん?」
「私ガココニイル理由ハ彼ラニ保護ヲシテモラッタカラデス。ぐりんわーむノ狙イハあいてーる。ソレヲ動力ニシテイル僕ラハ人ヨリモ狙ワレヤスイ」
「ああ、なるほど」
「デウスは君らとも面識はあるようだから、現状の認識の共有のために機械人代表としてここに来ていただいたわけだ」
機械人は記録を共有できる。だからデウスがこの場で話を聞いていれば、機械人全体へと波及可能というわけだ。
『我々ノ拠点ハ埼玉圏ノ外ニアルノデソコマデハ被害ハコナイデショウガ、取引ハ中断セザルヲ得マセン』
「そうなると我々も困るし、君らも困るだろう。こちらの生産工場で造れないものも用意ができるのだから、彼らはこれからの埼玉圏でも必要な存在だ」
渚はミーアの言葉に素直に頷いた。今後の地下都市復興を考えれば、必要な物資を手に入れられるツテは当然必要だ。
「それで君たちを呼んだのは今後の予定の確認をしたいからだけれども、ナギサたちはこの後コシガヤシーキャピタルを経由してカワゴエシティに向かう……でいいのかな?」
「いや、一度アゲオ村に戻ってマーカスさんを回収してからのつもりだけど」
「であればアゲオ村には騎士団を送らせよう。だからお前たちはそのままコシガヤシーキャピタルに向かってくれないか?」
「そりゃあ、いいけどさ。どういうことだよ?」
その言葉に渚が眉をひそめるとミーアが苦々しげな顔をしながら口を開いた。
「グリンワーム襲撃の前に騎士団から連絡があったのさ。カワゴエアンダーシティは第二階層がすでに落ちたとね」
「マジかよ!?」
「冗談でこんなこと言わないさ。もう猶予はない。早急に奪還しなければ、完全に奪われるかもしれない」
【解説】
市民:
地下都市は市民に対して情報開示を行う義務は持たない。
かつての日常の維持こそが地下都市の存在意義であり、市民が保証されているのは制限された中での自由である。




