第302話 リンダさんと踵ロケット落とし
『なんであっちから銃弾が飛んでくるんだ!?』
『まさか野盗が潜り込んで』
『畜生。当たっちまった。応戦しろ、クソッタレ』
突如の反撃に狩猟者たちが声を荒げながら遮蔽物に隠れて応戦し始める。しかし……と、その場の全員が疑問に思う。グリンワームは数こそ脅威ではあるが遠距離攻撃など持っていないはずだった。その物量と隠れて近づいてくることに注意は必要だったが、距離さえ取れば倒せる相手のはずだった。ましてや銃弾が返ってくるなど理解不能である。そして最前面にいるリンダは……
『おっと、お嬢は……大丈夫みたいだな』
『ああ、繭みてえになってる』
ナノワイヤーを回転させ全身を覆う形で防御態勢に入っていて、それは銃弾をそらすように弾いているようだった。もっともそれは自動防御で、中にいるリンダは軽くパニック状態だ。
『い、いきなりなんですの? グリンワームに味方する人間がいるんですの?』
『違いますリンダ。見てください。グリンワームが『人の形を』とっています』
『なんですって?』
クロの言葉通りに建物内にいる人の影は良く見れば何体かのグリンワームが重なり合って人型となったものだった。しかし、それはただ人の形を模したというだけではない。表皮を変形させて正しく指まで再現し、鹵獲したものであろう銃器も使用している。グリンワームが銃を奪って反撃をしているという事実は決して軽く見れる話ではない。
『グリンワームって、あんな真似もできるんですの?』
リンダが目を見開きながらそう口にする。
『ビッグワームのように集まって変形できるのですから不可能ではないのでしょうが、そこまで器用に……いや、これは器用になっていったと考えるべきですか』
『まさか、成長しているということですの?』
『進化というべきかもしれません。機械種から生み出されたものであるならばそうした能力が有していたとしても不思議ではありませんが時間が経てば経つほど厄介さが増す可能性は高くなります』
『だとすればさっさと倒しておくべきですわね』
そう言葉を返したリンダはナノワイヤーの繭を花開かせると一気に跳んだ。同時にヘルメスの翼はモードタラリアへと変わる。
そのヘルメスの有翼のサンダルを指す名を与えられた形態はナノワイヤーを蜂のような形状の翅に変えて羽ばたき、驚異的な加速によって銃弾を容易に回避しながら銀行に突撃していく。
『やはり下手ですわね』
『経験不足なのでしょう』
弾道を計測したところ、相手の射撃精度がずいぶんと低いことが数値として現れていた。対象物の速度を考慮した照準の補足すらできないような相手ならば今のリンダにとって脅威ではない。
そしてリンダが呆気なく建物内部に入るとヘルメスの翼を鎌形態のモードハルペーへと変え、通路を移動しながら人型グリンワームを次々と切り裂いていく。
ヘルメスの翼のナノワイヤーの集合体は変幻自在に形態変化が可能ではあるが、ある程度の固定された状態の方が処理が楽であるために使い勝手は良い。中でもこのモードハルペーはナノワイヤー一本一本とは強度が段違いで、アイテールブレードにすらも打ち勝つ威力を持っている。
『今はただの人真似です。慣れていないだけで経験値を積めばそれも改善されるかもしれません』
『ならば、そうならないようにここの連中は潰して……む!?』
次の瞬間、目の前のドアが吹き飛び、中から光り輝くビッグワームが飛び出してくるのをリンダは確認する。
『ここで来ますか』
『突進してきます』
『チャンスですわね。センスブースト起動しますわ』
クロがセンスブーストを発動させてリンダが凄まじい勢いで空中に無数の蹴りを放ち、そのまま後方へと跳び下がる。同時にそれを追おうとビッグワームが詰め寄ったが、途中で頭部がザックリと切れて細切れになった。
(やりましたわね)
『いや、留まりましたよ』
先端1メートルほどがトコロテンのように切り裂かれたことで頭部を形成していたグリンワームの残骸が崩れていくが、無事な部位のビッグワームは気にすることなく止まって下がっていく。その様子にセンスブーストを解いたリンダが舌打ちした。
『やはり、全身を斬り刻まないと駄目ですわね』
『リンダ、左です』
『え!?』
突然の警告とともに壁が粉砕され、リンダは壁の中からビッグワームが飛び出てくるのを見た。
『ちぃ』
リンダが咄嗟にナノワイヤーの網で全身を覆う。そしてそのままビッグワームの激突を受けて鞠のように跳ねながら窓を突き破って外へと弾かれていく。
『お嬢!?』
『皆さん、こっちは大丈夫ですわ。撃ってください』
飛び出たビッグワームを狩猟者たちが応戦する。その様子を見ながらリンダが銀行から出たビッグワームを観察する。
『あれは光っていませんわねえ。それに建物内には光っている方もいる?』
『中のグリンワームが集まって新たに生み出されたのか、アイテールを得て増殖したのでしょう。あ、いけませんリンダ。光っている方が逃げようとしています』
『逃がしませんわよ』
リンダが再び銀行に近づこうと駆けると通常のビッグワームが凄まじい速度で近づいてくる。先程は壁を破壊するために口を閉じていたが、今は花開いたように開いてそのままリンダを丸呑みにしようとしているのが見て取れた。
『邪魔……ですわ!』
しかし、遮蔽物もなく奇襲でもないのであればリンダにとって難しい相手ではない。次の瞬間にはナノワイヤーが碁盤の目のように編まれ、それがビッグワームを通過するように放たれた。
それはモードアイギスと呼ばれる防御形態。本来は編み込んだナノワイヤーにアイテールライトを纏わせて盾として使うのだが、リンダは構築を緩めて隙間を作ってテニスラケットのガットのようにして当てることでビッグワームをミンチにしていたのである。装甲の厚い機械獣では通用しにくいが柔いグリンワームやビッグワーム相手であればそれは十分な効力を発揮する。そしてビッグワームの全身をモードアイギスで破壊したリンダの目の前で今度は光るビッグワームが変異を始めていた。
『翼ができてる? まさか、飛ぶんですの!?』
そのリンダの言葉通りに光るビッグワームから翼が生えていくのが確認ができた。
それは鳥の翼ではなく、戦闘機などのそれに近い。
『リンダ、ブースターのようなものが形成され始めてます。打ち上がってしまえばヘルメスの翼でも追いかけるのは不可能です』
『ここまできて逃すなんてありえませんわ。飛びますわよ』
そう返したリンダはモードタラリアで加速し、
『てやぁあああああ!』
そのまま直立したビッグワームの上部にまで飛び上がり、
『遅いですわよ』
直後にカカト落としの要領でモードアイギスを展開しながらビッグワームを一気に破壊していく。
一撃必殺。
光り輝くビッグワームは内部のアイテールを噴き出しながら崩壊していった。その様子をリンダがグッと拳を握りながら見ていた。
『やりましたわよクロ。完璧ですわ』
『ええ。こちらは……ですが』
『こちらは?』
クロの言葉にリンダが首を傾げると、遠く離れたところからドォォオオオオオンという音ともに離れた場所から何かが天に昇る姿が見えた。そこはリンダの記憶が確かならば渚が向かったはずの第六番区だ。
『あれは……まさか!?』
『ええ、どうやらナギサとミケは失敗したようですね』
【解説】
ビッグワーム・トランスポーター:
ビッグワームがグリーンドラゴンへと物資を届けるために変形したもので、実のところビッグワームはその過程の結合を応用し生まれたもので本来はトランスポーターの姿の方が正しい。
元々グリンワームにはグリーンドラゴンの位置情報が記録されており、一定量のアイテールを回収するとグリンワームが集まってこの形態となるようプログラムされていた。そして浄化物質影響範囲外まで打ち上がったトランスポーターは位置情報を確認した後にグリーンドラゴンのもとにまで降下してアイテールを届けるのである。