第301話 リンダさんと銀行喰らい
『ええ、ええ。なるほど、アレはビッグワームと言うんですのね。はい、問題はありませんわ。ダン隊長たちが到着したなら後顧の憂いもございませんし、ひとり一体で行けますわね』
クキシティ一番区避難所。先ほどまでグリンワームの猛攻に危うかったこの場を救ったのは渚と分かれてやってきたリンダと二体のメテオライオスであった。
銃での攻撃が効きにくいビッグワームをリンダがヘルメスの翼で仕留めた後は狩猟者たちも調子を取り戻し、現状の戦況は狩猟者優勢になっていた。
そしてそのまま戦闘に参加していたリンダは現在、狩猟者管理局に向かった渚から通信が届いたために一時的に避難所に下がっていたのである。
『ナギサ様からですね。いかがいたしましたお嬢様?』
『仕事ですわセバス』
『お手伝いは?』
『必要ありませんわ。あなたはここで避難所を守っていてください』
そう返すリンダのそばにいるのは先に避難所にいたバトロイドのセバスであった。リンダが一番区で最初に訪れたのは己の地上宅だったが、完全にシャッターが閉まっていて家内部の機器類も稼働を止められていたお陰かグリンワームに荒らされてはいなかった。
一方で家で待っていると思われたセバスはこの避難所で狩猟者たちと共に戦闘に参加していた。
そもそもの話ではあるがセバスは直接的なリンダの従者ではなく、この家の警護のために存在しているバトロイドであり、有事においてはガードロイドと同様に都市防衛にも参加するようにもプログラムされている機体だった。
とはいえ、セバスは火器を得てようやく一般的なガードロイドと同程度の性能しかなく、ここから先に行われるであろうリンダの戦いの助けになるほどの実力はない。魔改造されて頭のおかしくなったミランダとは違うのだ。
それからリンダは渚と軽く打ち合わせを終えると、その場で共に戦っている狩猟者のマイクに声をかけた。
『マイクさん、連絡は来ていると思いますがわたくしここを離れますわ。あとはお任せいたしますわね』
『おう、管理局から指示はもらってる。あのデカブツを討つんだろ。けど大丈夫か?』
マイクの横でグリンワームに応戦しているジョニーも心配そうな顔でリンダを見ている。彼らはかつてアーマードベアから渚たちに救い出された狩猟者コンビだ。だからこそリンダの状況も現在の戦闘力も理解はしているが、恩人に一番の難事を頼むことに難色を示していた。
『問題ありませんわ。わたくし、すでに一体倒しておりますのよ。それにダン隊長も到着したみたいですし、ここから一気に巻き返しますわ』
リンダが笑顔でそう返すと二体のメテオライオスと共にシェルターを出ていく。その後ろ姿にかつてのお嬢と呼ばれた新人だった面影はもうない。この場の狩猟者は皆一様にその背に希望を見出していた。
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『リンダ。先ほどの言葉が彼らを不安にさせぬためのものというのは理解していますが油断はしませんように』
『分かっておりますわクロ。メーさん、ラーさん。周囲の敵はお願いしますわ』
『GuOooooN!』
メーさん、ラーさんと呼ばれたメテオライオスが吠えて加速する。
そして都市内を一気に駆け抜けたリンダたちが辿り着いた先は二番区の中央にある銀行であった。
(ビッグワームはすでに建物内に入っている。よろしくないですわね)
リンダは眉をひそめながら、現場で戦っている狩猟者たちの元に合流する。
『め、めておら……あの通信、マジだったのかよ』
『あれってお嬢だろ』
『最近姿を見せてなかったが、あんなんどうやって飼い慣らしたんだよ?』
周囲から驚きの声があがるが、すでにメテオライオスの件は周知されていたために混乱はなかった。いや、それどころではないという方がいまは正しいのかもしれないが。
『ライアン局長の要請によりリンダ・バーナム到着いたしましたわ。状況はどうなっておりますの?』
『見ての通りだ。銀行は今、あの有様だ』
この場の隊長を務めている狩猟者が苦々しい顔で銀行を指差した。すでに建物はグリンワームに取り囲まれ、建物内にはビッグワームらしき姿が見える。それを狩猟者たちが攻撃して駆除を進めているが、防戦しているグリンワームは建物を盾にしているために、なかなか有効な攻撃を与えられないようだった。
『地下金庫は遺失技術だ。そうそう破られることはねえと思うが』
隊長の言葉にリンダが首を横に振る。
『いいえ。地下都市の隔壁も破壊できる相手ですから時間の問題だと思いますわ』
『おいおい、嘘だろ。いやカワゴエがやられてるってはそういうことなのか?』
隊長が驚きの顔をするが、埼玉圏の地上に生きている人間にとって地下都市とは絶対的な存在だ。そこにあるのはこの世界の楽園で、何ものにも脅かされることのない安全圏であると考える者も少なくはない。リンダの前にいる狩猟者の隊長もその類ではあるが、ここまで耳に届いていた情報と元地下都市住人の言葉を盲目的に否定できるほど愚かではなかった。
『まだ耐えているのが奇跡ですね』
クロが状況を分析しながらリンダにそう告げる。
『そうですわねクロ。隊長さん、ここはわたくしが突撃します。正面から行きますので、他の箇所に火力を集中させてもらえます?』
『そりゃあいいけど、え、本当に正面から? あ、メテオライオスがいるからか?』
『隊長、連中に動きありだ。中の様子がおかしい』
『時間が惜しいですわ。行きますわよ』
『しゃあねえな。頼んだぞお嬢。お前ら撃て撃て。お嬢のお通りを邪魔せず周りを綺麗にしやがれ』
その言葉に全員がすぐさま行動を開始する。そしてリンダが二体のメテオライオスの首を撫でる。
『メーさん、ラーさん。アイテールチャージですわ』
『『GaOoooooooN!』』
メテオライオスたちがまったく同じ電子音の咆哮を放つと同時に跳び出し、名前の通りの緑光の流星となって銀行の入口までのグリンワームを粉砕していく。その光景は圧巻の一言に尽きるが、その直後に白い翼が舞った。
『あれは天使か?』
『まさかトリー・バーナムの?』
狩猟者が口々に呟いた。メテオライオスの開けた道に飛び出した、或いは飛び出そうとしたグリンワームを切り刻みながら、ナノワイヤーでできた翼を広げてリンダは駆けた。
グリンワームは単体であっても構造が単純であるが故にある程度の損傷なら問題なく動くし再生能力も有している。だからこそリンダは念入りに斬り刻む。機械獣相手ではさすがにここまでの切断は不可能だが、グリンワームの柔い体はアイテールライトを纏ったナノワイヤーと相性が良かった。しかし……
『中から光?』
建物の天井を突き破ってビッグワームが飛び出してくる。
『リンダ、退がってください』
『分かっていますわ。メーさんラーさんも』
『GaoN!』
そのビッグワームは緑に光り輝いていた。そして……
『なんですの、あれ? 人型?』
リンダがそう口にした次の瞬間に建物内から人影が飛び出し、銃声と共にリンダと狩猟者へと一斉に銃弾が襲いかかったのである。
【解説】
バトロイド:
バトロイドは戦闘ではなく執事のアンドロイドを指しているためにセバスには本来護衛以上の戦闘能力はない。けれども地下都市でチェーンされたFCSを有しているため、銃器を装備することで行って以上の戦闘能力を得ることは可能であった。