第299話 渚さんと同化する巨猫
『アウターの集落が荒らされてるな。あいつら、好き勝手しやがって』
メテオライオス・オメガの背に乗った渚が苦い顔をしながら周囲を見渡した。その場はクキシティの壁の外にあるアウターの集落で、グリンワームに破壊されたものであろう天幕の残骸がそこら中に散らばっていて、アウターの亡骸もところどころに転がっていた。
『けれど、見たところ被害自体はそこまで大きくはないようですわね』
リンダが眉をひそめながらも自身が抱いた印象を口にする。
人死にが出ていることは悲しむべきことだが、想定したものよりも酷くはないとリンダは思う。周囲が血の海になっているわけでもないし、虐殺が行われた現場のようにも見えない。それに亡骸があるということはグリンワームは人間には頓着していないということだ。これは機械獣にはない傾向だった。
『そうだね。それに解析したけど、この場から去っていく形で周囲に人の足跡が広がっているようだ。亡くなった人が出ているのは不幸なことだけど、彼らはグリンワームの侵攻ルート上にいて巻き込まれたんだろうね』
『そういうところはやっぱり機械獣とは違うってことか』
機械獣であれば人間を放って移動することはない。生きていれば生け捕りにされるし、死体であっても持ち去られ、それらは蜘蛛型機械獣のアルケーミストによってアイテールに変換される。機械獣にとって地上をうろつく人間とはアイテールを生み出すための資源なのだ。
けれどもグリンワームには人間をアイテールにする技術がないようで、彼らの標的は人間ではなくアイテールそのものであった。
『となれば街の住人の被害も少ない可能性はあるな』
『そうだといいけどね。それよりも渚。一番区の避難所が襲われて人手が足りないって通信が届いているよ』
街のそばなので瘴気によるジャミングも薄くなっているため、都市内部の通信の傍受も可能となっていた。そしてその報告にリンダと渚の表情が変わる。
ミケの言う一番区とはリンダの地上の家があり、そこにはバトロイドのセバスも滞在している。家内にもアイテールは貯蔵されており、セバス自体もアイテールで動いているのだ。すでに襲われている可能性もあるが……と思いながら渚は苦い顔をしながら口を開く。
『リンダ、ここで分かれよう。セバスさんも気になるしリンダたちは一番区の方を頼む』
『そ、そうですわね』
一瞬躊躇したが、リンダもすぐさま頷いた。人のことよりもまずは己のことを考えることこそが埼玉圏で生き残るコツだとリンダも学んでいる。
『それでナギサの方はどうしますの?』
『あたしは予定通りに狩猟者管理局に行く。ダンのおっさんたちの渡りも付けておく必要があるからな』
『グリンワーム単体であれば、そこまでの脅威ではありません。であれば戦力を分散するのは良い判断です』
リンダのマシンレッグに宿るサポートAIのクロが渚の判断を支持した。
『それじゃあリンダたちにはメテオライオスを二体付けるよ。クロ、君の方で指揮するんだ』
『ミケ、私はヘルメスのサポートで処理能力がギリギリなのですけれども』
『君がフルコントロールする必要はない。メテオライオスの判断能力は高いから簡単な命令で十分だよ』
『なら問題ないでしょう。怖いのは味方の誤射ぐらいですかね』
メテオライオスはブレードマンティスと違って表面の色を変えることはできないし、手に入れてからここまで時間も無かったので味方だと識別させるような外装にもなっていない。
『まあ、ちょっとやそっとの攻撃で壊れるほどヤワな機械獣じゃないから大丈夫さ。拾い物だから最悪壊れてもいいしね』
『今後を考えると壊していいとは思えませんけど。分かりましたわ。行きますわよクロ』
『はい、リンダ。それではお先に』
そう言ってリンダたちは渚たちと離れて一番区のある壁の方へと向かい、渚たちも正面の破壊された壁を飛び越えて都市内へと入った。
『フレンドリーファイアの問題があったか。こっちも味方に撃たれるのは嫌だぜミケ?』
『都市内に入ったから管理局に通信も通じるはずだ。僕が連絡を入れるから……渚、この機体の主導権を渡す。今の君なら問題ないはずだ』
『そうだな。んじゃあ、ちょいと繋げるぞ』
渚の尻尾が動くとメテオライオス・オメガの背にあるプラグに繋がり、二本の補助腕がオメガの胴を掴んで渚を固定していく。そしてプライオリティがミケから渚に変更されたオメガは同期した渚と一体化する。
『これで良し。レーダーはともかく、運動性能はこっちの方がやっぱり高いからな。しかし、思ったよりも中は酷いな』
『どの建物にもアイテール自体は存在する。となれば荒らされるのは当然ではあるさ』
グリンワームが侵入してきたところから入ったため……ということもあるのだろうが、周囲の建物は破壊され尽くされていた。
『あんの緑ミミズども。よくもまあ好き勝手してくれたな。だったらこっちも好きにやらせてもらうぜ』
渚が吼える。この街の滞在はそう長くはないが、それでもここは自分を受け入れてくれた街だ。渚の瞳に怒りが宿り、次の瞬間にはオメガのボディがさらに加速していく。
そして全身にアイテール結晶を纏わせたオメガに対して反応した近辺のグリンワームも動き出して次々と襲いかかり始めた。
『来たよ渚。古老級はいい餌になるようだ』
『ハッ、釣り餌だけどな』
渚は瞬時にライフル銃を持たせた補助腕を広げて迎撃を開始し、纏まった敵には左腕に持っている六連グレネードランチャーを、近づいてきた相手にはオメガの爪や牙で斬り裂き、さらにはワイヤーによって有線操作で飛ばしたキャットファングで漏らしたグリンワームを仕留めていった。
箱庭の世界によって死角のない渚にとって通常のグリンワームの攻撃など大したものではない。もっとも通常のものではないタイプも存在はしているのだが。
『渚、右だ。グリンワームの特殊個体がいる』
『見えてるけどさ。普通に戦ったら面倒だな、ありゃあ』
全長15メートル、直径3メートルはあろうかという巨大なグリンワームが周囲の建物を崩しながら口を広げて迫ってくるのが確認できた。
『グリンワームが集合してできているね。コアもないから全体を満遍なく破壊しないと止められそうにない』
『そうだな。けど、まあ……いけるだろ。オメガやるぞ』
渚の声に応えるようにオメガが咆哮する。
対して巨大グリンワームはまるで花が咲いたかのように口を広げて突撃を開始した。
(ようは全身を破壊すりゃいいわけだろ。なら定番のヤツでいくさ)
渚の意思のままにオメガがアイテールチャージで突進して巨大グリンワームの口の中に突撃する。
『おっと!?』
巨大グリンワームと接触した瞬間にアイテールのフィールド同士が干渉し、緑の火花が散った。
『こいつらもアイテールフィールドを纏うのか。けど、出力はこっちの方が上だ!』
渚がオメガのフィールドの出力と範囲を広げて内部をズタズタに焼き切っていく。そしてオメガが巨大グリンワーム内部を突き抜けると同時にその巨体が煙をあげながらドサリと崩れ落ちた。
『内部に反応はなし。やったようだよ渚』
『デカブツにはやっぱり口から入ってぶっ壊すのが一番だな』
『そうだけれど、簡単なことじゃないよ』
『確かにな。銃で挑んだんじゃあ正直厳しいか』
巨大グリンワームはグリンワームが集合した群体であり、完全に倒しきるにはすべてのグリンワームを停止させなければならず、機械獣のようにコアなどがあるわけではないのだ。
それこそ渚のようにアイテールライトで焼き切るか、リンダのヘルメスの翼で粉々に切り刻んだりしない限りは相応の銃弾を叩き込む必要があるだろう。
(ライフル銃だと相性が悪い。グレネードかショットガンか。装備の変更の検討も必要だな)
そんなことを考えつつ渚はグリンワームを蹴散らしながら狩猟者管理局へと向かい、そしてなぜか魂の抜けたような顔のライアンたちから歓迎を受けたのであった。
【解説】
メテオライオス・オメガ・ナギサアサルト:
追加武装により強化されたメテオライオス・オメガ。
ライフル銃六丁と六連グレネードランチャー、それに有線で高速機動を行う近接兵器が追加されており、戦闘システムも大幅に向上している。




