第296話 渚さんとローリングハンド
『メテオライオスが攻めてきたぞぉぉ』
その日、ハニュウシティには過去最大級に近い危機的状況が迫っていた。
発見が遅れるのは致し方ない。瘴気に包まれている埼玉圏内では敵の接近をあらかじめ察知することは非常に困難だ。探知能力を持つマシンパーツを持つ者を斥候や監視などに使って周囲の警戒を常にしてはいるが、敵の接近を完全に防ぐことは難しい。そして今回の監視役は防ぐことができなかった。よりにもよって最悪な相手に対して。
いや、接近しきる前に気づいて報告ができたことを考えればむしろ及第点ではあったのかもしれない。ともあれソレは刻一刻とハニュウシティに近づいている。当然のことながらそれはハニュウシティの狩猟者管理局の局長アーガムの耳にも届いていた。
「は? メテオライオス? しかもアイテール結晶付きの黒いのがいる? それ、オメガだろ。しかも古老級だ。嘘だろ、オイ!?」
アーガムはその報告を聞いて目玉が飛び出るほどに驚いていた。
ここ数日の彼の状況は目まぐるしく動いていた。渚たちの来訪によって知らされた現在の埼玉圏の報告に、グンマエンパイアの崩壊、さらに戻ってきてみればコシガヤシーキャピタルからの緊急連絡が来て、終いにはメテオライオスの集団が近づいてきているという報告まで飛んできたのだからアーガムの心的疲労は推して知るべしであろう。
「あ、終わった。今度こそ終わったわ」
アーガムは両手をあげてそう口にするのとちょうど同じタイミングで扉が開いた。
「邪魔するよ……って、なんだい。その不景気そうな顔は?」
「トリー、ノックくらいはして欲しいんですがね」
アーガムが苦笑いをして部屋に入ってきたトリーにそう返す。
「そいつは済まないね。で、何か忙しいようだが後にするかい?」
「まあ、すぐさま頼みたいことがあるんですがね」
「そうかい。けど、話は聞いたほうがいいと思うけどね」
「と、言うと?」
眉をひそめるアーガムにトリーが軽く笑って口を開いた。
「孫の友達が帰ってきたみたいで、猫ちゃんが知らせに来てくれてね。ちょいと迎えに行きたいんだが物騒なペットを連れてきたみたいなんだ。で、あんたの許可を取りたいんだが」
その言葉を聞いてアーガムの表情が固まった。
その直後、監視係から瘴気の中からメテオライオスとともに一輪バイクに乗ったドクロメットと四機の強化装甲機、それにコンテナを腹の部分に積んだ多脚戦車が一緒にいるのが確認できた……と続けて報告がきたのである。
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「マジでお終いかと思ったぜ。チビったわ」
それから無事ハニュウシティに入った渚たちの前でアーガムが安堵した顔でそう口にする。その場は管理局の局長室。そこに部屋の主であるアーガムと渚たち、それに先に街に戻っていたリンダ、トリーと護衛のメイド、そしてコシガヤシーキャピタルのカモネギ従騎士団のケイがいた。
久しぶりに再会したケイだがその表情は硬い。現在騎士たちは戦闘に借り出され、連絡は従騎士たちが各地を回って行なっているのだという。ビイやアイたちも同様とのことだった。
なおマーシャルは非活性化状態の賢人が入っている大型のケースを抱えてこの場にいた。
『アレらは僕の制御下にある。防衛はするように指示はしてあるから攻撃はオススメできないよ。殺さないようには言ってあるけどね』
「させねえよ。冗談じゃねえ」
比喩でもなんでも無く、メテオライオスの集団など街が壊滅しかねないレベルの危機だ。アイテールライトを纏うタックルだけで街の壁は呆気なく崩れ去るのだ。その上にオメガはアイテールシールドにより銃弾が通用しない。古老級となればエネルギー切れの可能性はなく、渚のようにシールドを突破する手段か振り切る機動力なしでは討伐は成立しない。現在この街でそれが可能なのはトリー・バーナムと彼女の車椅子を押しているメイドくらいなものであろう。
なお、このメイドはプラチナランク狩猟者にしてクキシティ所属のウォーマシンでもあるヘラクレスが身体設定をいじってメイド化したものであるが、それを知る者は少ない。
「で、成果があのメテオライオスってわけだ」
『帰りがけに見つけたんで連れてきただけだよ』
「捨て猫扱いか!?」
『まあこの街に向かっているようだったからね。余計なお世話だったかな?』
「サンキュー、スーパーキャット。街の危機が救われたぜ」
手のひらクルクルである。
それから各員の状況説明が行われる。
渚たちの目的、宇宙戦艦の制御方法を得ることには成功し、大切な装置なのでマーシャルが付いてきたことを説明した。また賢人のことは伏せてある。
グンマエンパイアが停止した件についてはリンダたちがすでに報告済みであったために補足程度ではあったが、あの場はアイテールの貯蔵地でそれが潰れたことで機械獣の動きは今後変わるだろうという話は想定外だったようだ。何しろハニュウシティは今もグンマエンパイアの監視をしていて、機械獣がグンマエンパアイアを破壊しているとの報告を受けているのだという。そのため、グンマエンパイアと機械獣は敵対関係にあるのでは無いか……とアーガムたちは考えていたのだ。なお、リンダはグンマエンパイアと機械獣の関係性を把握していたが渚たちが戻るまではと考え、その情報はまだ開示していなかった。
すでに止まっている基地機能の破壊が目的か、アイテールの材料を奪っているだけなのか……ともあれグンマエンパイアがもはや機能するものではないのは確実ではあった。
もっともそれでハニュウシティの意味が消えるかというとそういうわけではないだろう。この都市の役割は何も対デキソコナイだけではない。埼玉圏内に入ってくる機械獣を討伐する必要性は依然存在し、埼玉圏北部が今後も最前線であるだろうことは変わらない。
そして道中でのメテオライオスと彼らの目的をミケが報告すると部屋の中が静まった。
「グリーンドラゴンに向かっている……か。従騎士ケイ。そこらへん、どうなんだ?」
アーガムの問いにケイが苦い顔で頷く。
「状況としてはこちらの把握している情報と一致しています。グリーンドラゴン周辺の機械獣の増加。その中に近辺では見かけぬタイプも見受けられていたことを考えれば外から来たであろうとは予測されていましたが……裏が取れましたね」
「機械獣の増加ね。なあケイ、グリーンドラゴンは今どうなってんだよ?」
「相変わらず移動はしていませんし、動きは無いです。ただ……カワゴエシティは正直悪い状況です」
「悪いというと?」
「大量のグリンワームが押し寄せて地下都市の隔壁を攻撃しています。それにグリンワームの大型……いや小型のグリーンドラゴンというべきでしょうか」
その存在が知らされたことで一同が目を丸くする。けれども続くケイの言葉はさらに事態が重いことを渚たちに知らしめる。
「連中は地下都市の隔壁に浸食しています。場合によってはすでに第一階層はもう……」
【解説】
ハニュウシティ:
グンマエンパイア崩壊に伴い、ハニュウシティにデキソコナイの襲撃はなくなった。しかし埼玉圏の外から機械獣は群れでやってくることは多く、ハニュウシティは未だ埼玉圏の最前線であるという事実は変わらない。機械獣の動きの変動により場合によっては以前よりも厳しい状況になる可能性もあり、狩猟者管理局の局長アーガムも動向を注視している。




