第295話 渚さんと捕獲される大きい猫
メテオライオス。
それは数ある中型機械獣の中でも最大の戦闘力を誇る個体であると知られている。
全長は3メートル。獅子の形状をし、アイテールライトを纏わせる爪と牙はなにものをも引き裂き、タテガミから発生させた円錐状のアイテールフィールドを用いた突撃は分厚い鉄板をも破壊する。
まともな狩猟者であれば確認できた時点で回れ右をするのが常識であり、捕捉されれば抵抗するよりも祈る方が効果的であるとすら言われていた。
そんな凶悪な機械獣の群れが今群馬圏から埼玉圏に向かう道を走っていた。
そして群れの最前列にいるのはメテオライオス・オメガと呼ばれるメテオライオスの上位種だ。
体躯自体は通常のメテオライオスと変わらぬものの出力は大きく上回り、正面に発生させることが可能なアイテールシールドによって銃弾もレーザーをも容易に弾く。
オメガの戦闘能力は例えプラチナクラス狩猟者ですらも躊躇するものではあったが、幸いなことにオメガは通常埼玉圏には出没しない。それは出力に比例して、アイテールの消費量も大きいために有機的資源の少ない埼玉圏内では満足に活動できないからだ。
しかしこのオメガは今、埼玉圏に向かっている。その理由は語るまでもなくグリーンドラゴンであった。宇宙戦艦よりアイテールを奪取して埼玉圏外に脱出した機械獣が情報を拡散したことで、再びアイテールを手に入れるために戦闘力の高いオメガが対グリーンドラゴンの戦力として派遣されたのだ。
また現在埼玉圏に向かっているその機体は長期戦に備えてアイテール結晶を全身に身に纏わせた古老級でもあった。危険度は最高クラス。戦うどころか近づくことすら自殺行為だというのに、そんな恐るべき存在に挑もうとしている者たちがその場にいた。
『当たれぇええ!』
銃声が響き、森の中で無数の銃弾が放たれる。
『GuRuuU!』
移動し続けていたメテオライオス・オメガの速度に合わせた完璧な奇襲。けれどもメテオライオス・オメガは瞬時に発生させたアイテールシールドで迫る銃弾を弾いた。それは本来はメテオライオスがチャージアタックに使用するアイテールフィールドの出力を落として防御にのみ特化させて生み出した機能だ。
オメガはすぐさま攻撃を受けていることを理解して、その場を跳び下がり、それを追うように動く物体を把握する。
『なるほどなぁ。行動予測でも読み切れなかったか。まあ、次は修正できるな』
その動く物体は1.5メートル程度の髑髏意匠のヘルメットを被った人型であった。
『GaON!』
メテオライオス・オメガが吠える。
オメガは即座に相手を最上位のエネミーと判断した。
右腕の肩部から出たブースターで加速しながら八本の補助腕も使って変則的にソレは動いていた。問題なのはその動きが読み切れないことだ。
自身の行動予測すらも読んでの動きだと理解したオメガは相手がミリタリークラスであると認識する。それは民間機体から派生した機械獣には到達できない領域の兵器であることを示す。けれども、だからこそメテオライオスは制限内で許される最大限のパフォーマンスを発揮できるように現在の形態へと進化していた。オメガはその上位であり、コストを度外視することで軍用機体にも通用する戦闘能力を得ているのだ。
『なかなか後ろは取らせてくれないか。ま、お仲間が来ない分だけマシではあるけどな』
けれどもオメガは相手を捉えられない。それどころか、いつの間にやらオメガが指揮している他のメテオライオス達も攻撃を受けてその場で膠着状態にされていた。
それを成しているのは3メートルほどの人型機械たちだ。それらが強化装甲機と呼ばれるものだとはオメガは理解しているが、通常のものよりも随分と機動力が高いようだった。
その状況を小賢しい……と思うほどにオメガはシニカルな判断能力は持っていない。けれども確実に焦れてはいた。どう計算しても突破口が見えないのだ。敵のブースターと補助腕の連動による高速機動にオメガが付いていけていない。
そして不意にドクロメットの敵が真横から直角に突進してきた。それは焦れたオメガの気配を察したのものなのか。けれども、それは悪手だとオメガは思考する。
アイテールフィールドを衝角としたチャージアタックで反撃するのは難しいが、シールドを広域展開することで相手の動きを止めることはできるのだ。そう判断したオメガがアイテールシールドを発動した次の瞬間であった。敵が振り下ろした肉球のような右腕が接触した途端にシールドを霧散させた。
『!?』
それは完全な予想の埒外。敵がアイテールシールドを無理矢理破壊することも、同系統のアイテールライトの攻撃を用いて中和することもオメガも想定していた。その場合はどちらにせよ相手側にも負荷が発生して行動が遅れるはずで、その隙を狙えば戦いを優勢に運ぶことだって可能だろうとも。
けれどオメガのアイテールシールドはあまりにもあっけなく崩壊した。その事実にオメガはわずかに判断能力を失い、すぐさま立て直そうと動き出したがもう『遅い』。
『そんじゃお終いっと』
瞬く間に敵の右腕からアイテールライトで構成された巨大な拳が出現するとオメガの体を掴み取って拘束する。
『GuRuooON!?』
そこから逃れようとオメガが暴れようとしたその時である。オメガはフッと何かが背に降り立つ感触に気づき、次の瞬間には己の思考が停止したのを感じた。
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『GuooOOOOOON!』
『渚、この個体と群れの制御は完了したよ』
『よし、やったなミケ。頑張った甲斐があったぜ』
戦闘終了後、渚の前にはミケがまたがって乗っているメテオライオス・オメガの姿があった。オメガほどの機体であってもパラサイトシリンジと機械種の眷属である今のミケにとっては接触さえできれば操ることは不可能ではない。
またオメガを鹵獲後に他のメテオライオスも捕まえることに成功し、戦闘で破壊された部位の修復のために一機をバラす必要はあったものの、ドクから得た技術によってそれ以外の三機の隷属化にも成功していた。
『しかし、こいつらが近づいてくるって分かった時には顔が青くなったが上手くいくもんだなぁ』
渚が感慨深い顔でそう口にする。
メテオライオスは渚が最初に出会った機械獣であり、機械獣というものの恐怖をその身に叩き込んでくれた相手だ。そのメテオライオスが接近していることに気づいたのは目的を達成してワシントンSDCから出て埼玉圏にまもなく……というところであった。
本来であれば渚たちは埼玉圏の命運をかけた重要な案件で動いているのだから過度な危険を冒す必要はなかったのだが、最悪なことにメテオライオスたちの進行ルートは渚たちと被っていた。
それが何を示すのかといえば、これらはリンダたちもいるであろう『ハニュウシティ』に直線で向かっていたということである。それは偶然かもしれなかったが、場合によってはメテオライオス・オメガたちがハニュウシティを襲撃しようと動いている可能性があったのだ。
そして戦力分析で自分たちの方が有利であることと、ブレードマンティスのように隷属化して戦力にしたいというミケの意見により鹵獲作戦が行われた。そして、それは成功したのだが……
『思ったよりも楽にいったな』
『楽なわけねえだろ。死ぬかと思ったぞ』
渚たちと少し離れた場所では、ルークたちが周囲警戒をしながら待機しており、その中でオスカーがひとり憤慨していた。
『戦闘で囮になることを了承したのはあなたですオスカー』
『ああ、そうだけどな。味方に殺されそうで怖くて仕方なかったんだよ、こっちは』
オスカーが言い返したのはメディカロイドのミランダであった。
そもそもメテオライオスなど遭遇したとしても逃げるのが基本。上位種のオメガなど噂でも滅多に聞かぬ相手だ。それを相手に狩りを行うなど狩猟者の常識としては正気な話ではないが、俺様主義で蛮勇を常とするオスカーにその常識は当てはまらない。そして現在のオスカーはパトリオット教団から譲り受けた強化装甲機に乗っていた。それは埼玉圏近辺で通常発掘されるものとは違うハイエンド機であり、自前のヒートチェーンソーで接近戦をメテオライオスに仕掛けていたのだが、問題だったのは援護の中に危険なトリガーハッピーがひとりいたということであった。
そう、ここ最近出番がなかったメディカロイドのミランダだ。
『箱庭の世界で情報を共有していたのだから当然射線は確認できていたはずですが?』
『んなこた、分かってんだよ。けどこっちは初乗り同然で扱い辛くて四苦八苦しているところに電子音の笑い声が絶えず耳に入ってきて、一見して無軌道に見える銃弾が絶えず横を通り過ぎてるんだよ。コエーんだよ。お前メディカロイドなんだから自重しろよ』
オスカーの抗議にこの場にいるルーク、ダン、マーシャルがそれぞれ苦笑する。なお、彼らの装備も皆オスカーと同様にハイエンド強化装甲機であった。オスカーは高機動型、ミランダとダンは重武装型、ルークは狙撃型、マーシャルは大型バックパック付きの重装甲型という違いはあるが。
そしてマーシャルたちの後方には大型のコンテナを腹に積んだ多脚戦車が鎮座していた。それらすべてはワシントンSDCでパトリオット教団より譲り受けたものだ。
賢人との会合後、賢人自身の説得によりジョージが折れ、渚たちはすぐさま埼玉圏に移動を開始していた。
また、現在賢人はマーシャルの大型バックパック内に非活性状態で保管されている。そもそも最初は賢人を護るためにジョージは護衛部隊を編成しようとしたのだが、今のワシントンSDCにはそれが可能なだけの人員がいなかった。それは竜卵計画に伴うダーパの離反にペンタゴンの実戦部隊も付いていって未だ帰還せず、今回のグンマエンパイア遠征によって残ったペンタゴンのメンバーも減ってしまったためだ。
その上にグンマエンパイアの停止によって機械獣の行動の変化も見られることからワシントンSDCの戦力を減らすわけにはいかなかった。
だからジョージは断腸の思いでマーシャルのみを賢人の護衛に選出し、それ以上は兵器の譲渡という形での協力に留めるしかなかったのである。
『あいつら、何揉めてんだ?』
そのオスカーの振る舞いを離れた場所で見ていた渚が首を傾げる。
『さあね。どうせ大したことではないと思うよ。それよりも足も確保したし、さっさとハニュウシティに向かおう。気になることもあるし』
『気になること?』
再度首を傾げる渚にミケが頷く。それからミケは乗っているオメガに視線を向けた。
『この機械獣を解析して分かったんだけど、どうもこいつらが目的としていたのはグリーンドラゴンらしいんだよね』
『どういうことだ?』
アイテールを奪った機械獣はグリーンドラゴンから逃げた……というのが渚の認識だ。だというのに、グリーンドラゴンの元へと向かうというのはいかなる理由によるものなのか……その渚の疑問をミケはすぐに口にする。
『グリーンドラゴンからアイテールの奪取に成功して味を占めた機械獣が再び奪おうと動き出したってことさ』
『ちょっと待ったミケ。それ、不味くないか?』
『そうだね。グリーンドラゴンやグリンワームが食い合いをしてくれるのなら……なんて期待を持つのは虫が良すぎる。ただ脅威が増えたと考えるべきだろうね。そしてグリーンドラゴンの元に向かっている機械獣はこいつらだけじゃない』
その言葉に渚が苦い顔をする。埼玉圏に再び機械獣が集結し、グリーンドラゴンを相手取るということはつまり……
『あたしらが戦うのはグリーンドラゴンだけ……じゃあないわけか』
これからグリーンドラゴンの元へと向かう渚たちの前に機械獣も障害として立ちはだかる可能性があるということだった。
【解説】
メテオライオス・オメガ:
戦闘能力と指揮能力を向上させたメテオライオスの上位機。
出力を上げたことでアイテールの消費量が多いため、供給が安定しない埼玉圏内には生息せず、通常では外の世界でのみ確認されていた。
攻撃手段は見た目通りの機動力と硬い装甲にアイテールライトを纏わせる爪と牙、タテガミから発生させたアイテールフィールドを武器にしたチャージアタック……とメテオライオスと同じだが、加えて指揮官機として向上した処理能力を生かして正面と左右の一部にまでアイテールシールドを展開することも可能となっている。




