第029話 渚さんとクマ狩り
『銃声が響き続けてるな』
『音のひとつはリンダのサブマシンガンと同系統だ。発生時期から考えれば、合流はできたみたいだね』
そんなやり取りをしながら、渚が凹凸の激しい岩場を一輪バイクで駆けていく。もはや道とも言えない場所をも走り続けているが、一輪バイクは構わず走行する。その安定性に感心しつつも渚は『昨日練習しておいてよかったな』と口にする。
村長の家を出た後、渚はわずかではあるが一輪バイクに乗って操作の練習をしていたのである。
『あの程度の練習でよくもまあ、ここまで扱えるものだよ。技術をインストールしたからと言って慣らしは必要なのに』
『ま、運動神経だけはいいって言われてたからなぁ。誰にかは分かんねえけど』
次の瞬間にガコンッとバイクが跳ね上がるが、渚は逆にそれを利用して器用に目の前の飛び出た岩を飛び越えていった。
この一輪バイクのジャイロセンサーは優秀で、自身が倒れぬように細かく制御がされている。それでもなお危険な状況になった場合にでも渚は一瞬だけセンスブーストを用いて回避行動を取り続けていた。
『さすがだね渚。うん、そうだよ。それがセンスブーストの本来の使い道だ。わずかな時間認識の操作を行うだけでも十分に他を圧倒できるんだ。無駄に使わなければ、負荷も早々大きくはならない』
『まあ、チマチマしてんのは好きじゃあねえけどな。それに今はお勉強してる場合じゃあねえよっと。ん?』
バイクがようやく平たい場所に降り、渚が銃声のする方へと視線を向けると、その先から近付いてくる人の姿が見えた。
『機械獣? いや、人だな。おい!』
メットと防護服を装備した狩猟者らしき男へと渚が近付きながら声をかける。
『ボロボロじゃねえか。アンタ、大丈夫か?』
その渚の言葉に男のバイザー越しから見えた顔が安堵した表情に変わった。
『お、おお。ドクロの……あんた、見慣れねえが狩猟者だな。助けに来てくれたのか?』
『まあな。あんたひとりか? リンダってのが助けに向かったはずなんだけどさ』
『分かってる。お嬢のことだな。お嬢ならマイクと、俺のツレと一緒にまだ残ってる。俺は先に逃げろって言われて……その助けを』
『あいつ、仲間庇って戦ってんのか』
渚が今もリンダがひとり戦闘に参入していることを理解する。
それから銃声がする方へと視線を向けながら、腰に下げた端末を男に投げ渡した。
『これは……地図か?』
男がそう口にした通り、端末にはこの周辺のマップ情報とビークルが止まっている場所が表示されていた。それはミケが移動の途中で観測してマッピングした周辺マップを端末にコピーしたものだ。
『そのチェックの場所に向かってくれ。んで、あんたはダンのおっさんに指示を仰げ』
『ダン隊長がいるのか。わ、分かった。それでアンタはお嬢を』
『ああ、任せろ』
渚は一言そう口にすると、アクセルを噴かしてバイクを走らせていく。
そして、すぐさま響き渡る銃声が近付いてくる。
『この音。案の定、リンダは無茶をしているようだね』
『あたしが行きゃあ、無茶じゃあなくなるさ。よし、見えたぜ』
道の先には大きな人のような形の機械獣が五体、それに囲まれる形でリンダと、リンダに背負われている男の姿があった。その様子に、渚は眼を細めながら大型の機械獣を見る。
『なるほど、アーマードベアだったか。確かにありゃあ熊だ。つか、リンダがやべえな』
『渚。正面からは無謀だよ』
『だったら横から行くさ』
渚はその場の転がっている岩を使ってバイクを乗り上げさせて跳ぶと、壁のような岩壁の上に着地してそのまま駆け出した。
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『すまねえなお嬢』
『しゃべらないでくださいまし』
男の言葉にリンダが叫ぶ。男の方は見るからにもはや死に体だ。
マシンレッグの加速に耐えられる状態ではなく、だからリンダもその場でゆっくりと後退しながらサブマシンガンを撃ち続けるが、目の前の敵には通用しない。
精々がよろけさせて牽制させるくらいが関の山だ。
『けど、お嬢。サブマシンガンなんてコイツらには』
『仕方ないじゃありませんか。こんな戦闘、想定外です……けど!』
リンダがサブマシンガンを持つ手とは逆の手に握っていた小型グレネードランチャーを撃ち放ち、射出された捕縛弾がサブマシンガンでよろけたアーマードベアとそのそばにいたアーマードベアの両方を粘着糸で絡め取った。そして、二体のアーマードベアがその場で崩れ落ちる。
『上手……ゴポッ』
『だからしゃべらないでくださいな。まったく』
血を吐く男にリンダがそう返しながら正面を見た。
『まだ三体残っていますし、倒れているのもどれほど拘束しきれるか』
捕縛弾といえど、アーマードベアほどの出力の機械獣を相手にいつまでも拘束し続けられるものではない。すぐさま他の機械獣を倒したいところだが、リンダの今の装備ではそもそも倒しきれない。
『参りましたわね』
リンダの口から思わず弱音がこぼれ落ちる。
状況は絶望的だ。リンダが駆けつけたときには、今背負っているマイクはアーマードベアの一撃を喰らって倒れていた。もうひとりいたジョニーこそ逃がすことには成功したが、内臓にダメージを負ったらしいマイクはもう限界であった。
『もういい、お嬢。ジョニーを追ってくれ。あいつを助けてやってくれ』
『けれども!?』
それはマイクを見捨てろということだ。
だからリンダは首を横に振る。ヘルメス内のアイテール量はまだある。アーマードベアを牽制しつつ、マイクと共に後退すれば……そんな安易な幻想を抱いていた彼女は、だからこそ危険な状況に追い込まれていた。
『グッ、何を負い目に感じてんだよ。リミナの姉さんの言葉だろ。救うなら救える命だけ救えってな。そりゃ、お前の命も含まれてるんだぜ?』
『でも、まだあなたは生きていますのよ』
リンダの叫びにマイクが『馬鹿か』と笑う。
目の前の少女は、本来狩猟者どころか地上で生活することすらも難しい純粋培養の娘だ。恐らく先日に仲間を見捨てて逃げたのがよほどのトラウマなのだろうとマイクは理解している。
置いて行かれたことへの恨み言はマイクも昨晩に散々吐いてはいたものの、それでも彼は彼女らの判断を間違っているとは考えていない。自分でも間違いなくそうしたからだ。狩猟者であれば、この世界の住人であれば、その割り切りこそが生きる上で必要なことだ。
だから甘過ぎる少女の判断にマイクは仕方ねえなと思いながらも、目の前の機械獣にはなんの役にも立たない豆鉄砲を自分に向けた。
『マイク。何を!?』
『気にすんなよ。こりゃ、俺自身の判断だ。俺の命は』
マイクが持っていた拳銃を自分に額に向ける。
『ここで終わりにするからヨォ』
『ダメッ!!』
そうリンダが叫んだ直後である。モーター音と共に少女のかけ声がその場に響き渡ったのは。
『オォォオオオオオオ!』
『この声!?』
リンダが、音のした方へと視線を向けると、岩壁をドクロメットが乗った一輪バイクが駆けてくるのが見えた。それにはマイクもトリガーから指を離して驚きの声を上げる。
『なんだ、あれは?』
『ナギサ!』
二人が叫んだと同時に一輪バイクが岩壁から弾んで空中へと跳んだ。
『あぶなっ』
リンダが声を上げたが、バイクに乗っている渚は慌てることなくライフル銃を構えると立て続けにアーマードベアへと銃弾を三発撃ち放つ。
『おいおい、マジかよ。全部当たったぞ』
その光景にマイクが目を丸くする。
渚が放った銃弾は、迫る三体のアーマードベアの頭部をすべて一撃で破壊したのだ。恐るべき命中精度であったが、それを見たリンダが警告の声を上げる。
『ナギサ、ダメですわ。頭ではそいつらは倒せません』
頭部を破壊しても機械獣の活動は停止させられない。
機械獣にとって頭部とはレーダーが集まっている部位に過ぎないのだ。もっともレーダーが突然使えなくなったことでアーマードベアの動きも鈍った。すぐさま胴体部のサブカメラが起動するが、その合間に渚はもうアーマードベアへと肉迫している。
『ハァ? マジかよ、あいつ!?』
マイクが血を吐きながら叫ぶが、渚はマシンアームの腕を振り降ろしてアーマードベアの胸部装甲を掴み、マシンアームの膂力で以って装甲を引っぺがした。
『補助腕の牙だミケ!』
『任せてよ渚!』
続けて渚のマシンアームから二本の補助腕が伸び、その先で緑色に輝く爪が露出したアーマードベアのコアを突き刺した。あまりにも見事な手並みにリンダが思わず息を呑むが、渚はすぐさまリンダに視線を向けて声を上げた。
『右はもらう。リンダ、お前は!』
続けざまの言葉にハッとした顔になったリンダがすぐさま小型グレネードランチャーを構える。
渚が右のアーマードベアを狙うのであれば、それは自分には左のアーマードベアを任されたことに他ならない。またリンダの二連の砲門を持つ小型グレネードランチャーは片方には捕縛弾が装填されているが、もう片方はグレネードランチャー用の対装甲弾頭が入っていた。
残り一発になっていたが、アーマードベアを殺し切る武器を彼女は所持していた。
『ブチかませファングッ!』
『フッ飛びなさい!』
そして、渚の緑色に輝く巨大な拳が右の、リンダのグレネードランチャーの一撃が左のアーマードベアをそれぞれ破壊したことで、この場の戦いは決着を迎えた。
【解説】
サブマシンガン:
リンダの所持している自動小銃。威力は高くないが、牽制としてはそれなりの効力を発揮する。