第289話 渚さんと起こされた老人
あつさんからレビューを一件いただきました。ありがとうございます。
今年の渚さんの更新は今日で最後。
来週は正月休みをいただき次の更新は1月11日(土)頃予定となります。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年を。
『さて、少し脱線したね。機械種のコアの方に話を戻そうか』
その場の空気が変わったのを見計らってミケがそう口にした。
そもそもミケもジョンドゥの行いに対して特に制裁を課せようなどとは思ってはおらず、どちらかといえばきつく言葉を発したのはジョージやマーシャルに対するポーズであった。
「まあ、今の話はそれはそれで興味深くはあったがね。けれども、確かに我々共通の本来の目的の方こそ重要か」
そう前置いてからジョージがミケと渚を見た。
「それで君たちの回収してきたソレは賢人の再起動に使えそうなものだったのかね?」
『機械種のコアとして活用できるかどうかというならイエスだよ。機械種から生まれた生体クローンである僕が保証しよう。ただ、賢人が現在どのような状態にあるのか僕らは知らないからね。そちらについてはなんとも言えない』
「確かにそうだな。ではウォーマシンの洗浄を行なってコアを取り出したのち、彼の元に向かうか。行くのは私とマーシャル将軍、それにそちらからはナギサとミケに来ていただきたいのだが」
「え、俺様たちは残ってろってのかよ。つまんねえ」
「オスカー、口を閉じてろ」
オスカーの愚痴にルークが睨みつける。賢人はパトリオット教団において最重要の存在だ。ルークははなから自分たちがついていけるとは思っていなかったし、渚たちの同行も予想外だった。
(恐らくは同じ機械種に連なる渚たちの力を借りたいのだろうが……ダーパと言ったか。その手に詳しい連中は本当にもう残っていないようだな)
ペンタゴンにしても訓練された兵士ではあったが、実戦慣れしていない拙さがあった。パトリオット教団についてルークたちが知り得ることは少ない。けれども数百年と活動してきたにしてはチグハグさが目立つのだから、ダーパが抜けたことによる問題は見た目以上に大きいようにルークには感じられた。
「それでご指名だがナギサ、問題はないか?」
「大丈夫だよダンのおっちゃん。ミケがいりゃあまあなんとかなるさ」
最悪、賢人が暴走した場合には機械種のコアの支配権をミケと渚が奪うという手段もある。その際にダンたちがいる場合、身の安全の保証はできなかった。
それからウォーマシンが洗浄室へと運ばれ、ルーク、ダン、オスカーは控え室に待機。そしてジョンドゥは検査のために検査室に運ばれていった。
人体実験や解剖などといったことをさせられるわけではないと念を押されたが、パトリオット教団はジョンドゥの特性に非常に興味を抱いていた。
何しろジョンドゥの特性、それは『黒雨に感染されない』というものだったのだ。黒雨は対象が人間でなくとも有機物に感染し潜伏する性質を持つ。外から食物を埼玉圏内に持ち込もうとすれば瘴気が完全に燃やし尽くしてしまうし、パトリオット教団が実験的に行なっている宮城圏の大規模農場も食物として利用できずバイオ燃料化するぐらいしか使い道がなかった。
けれどもジョンドゥは感染自体がそもそもされていない。だからこのワシントンSDCにも表面的な洗浄だけで入れたのである。
そして、その特性を研究し応用ができれば人類は黒雨の克服ができるかもしれない。或いはそこまではできなくとも、感染しない穀物や植物ができるだけでも食料問題は大きく改善される。それ故にジョンドゥは非常に大きな価値を持つ存在だった。
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「リンダたち、ちゃんと戻れたかな?」
『大丈夫さ。トリー・バーナムがいる以上、彼女の身の安全は保証されたようなものだ』
「ま、そりゃそうか。師匠だものな」
ゴウンゴウンと音をたてて降下していくエレベーターの中で渚とミケがそんなことを口にしあう。そのふたりの横にいるのはマーシャルと洗浄済みのウォーマシンから取り出された機械種のコアを持つジョージだ。四人は今、ワシントンSDC内の最下部に通じるエレベーターに乗っていた。
ジョージの説明によれば、その先に賢人がいるのだという。
「ところでふたりとも、いやミケはともかく、ナギサ……君は機械種のことをどこまで知っているのかな?」
「藪から棒な質問だな」
唐突な言葉に渚が眉をひそめる。
「君のような存在を生み出した組織に属している自分たちを棚にあげて言うのはおかしな話だがアレは非常に危険な力だ。比喩ではなく地球そのものに影響を及ぼしかねないほどに」
『まあ、その言葉自体は間違ってはいないけどね。元々地球圏内での使用は禁止されていたものだし』
ミケの言葉にジョージが頷く。その二人を見ながら渚がわずかに逡巡してから口を開いた。
「ええと。確か、機械種ってのは昔の戦争……終末戦争よりも古い、エイリアンとの戦争で使用された決戦兵器って話だったよな?」
『そうだね。アレらは当時の兵器でも最強と目されたキベルテネス級兵器を一蹴するほどの理不尽な性能を持っていた。圧倒的な戦力差であったラモーテと呼ばれる外宇宙生命体の群れを駆逐した』
「一蹴されたキベルテネス級兵器ですらも大陸に深い傷痕を残したと聞くのだから機械種の性能は推して知るべしというところだろうな」
「確か、グリーンドラゴンを捕獲に来た天上人がキベルテネス級兵器を使用して北海道の一部を消失させたとか……ウィンドさんが言っていたよなミケ?」
『そうだね。あのグリーンドラゴンも機械種としては色々と制限されているようだけど、それでもキベルテネス級では対処はできなかったんだろう』
「で、機械種ってのはコア同士が共鳴して強くなるってのも聞いたな。だから地上でコアがふたつ近づくのを天国の円環が感知すると質量兵器が落ちてきてコアごとその場を破壊するってのも」
「ああ、そうだ。よく理解しているようだ。そして今現在、この周囲にはこのコアと、グリーンドラゴン、ミケ……さらにはナギサ、お前の未だ目覚めぬ竜卵、未覚醒のコアがある」
「ははは、そりゃあ埼玉圏が消滅しかねない状況だな」
「そうだ。関西圏はそれで滅んだと見られる。我々は今非常に危険な綱渡りをしている」
『だから賢人はこんな地下に篭っていたというわけかな?』
「その認識で正解だよミケ。グリーンドラゴンの存在は我々も把握していた。アレがこのワシントンSDCに来る可能性も考えて天上人の制裁を回避する必要があったわけだ」
その言葉に渚が「なるほどな」と口にして頷く。
「しかしなナギサ。賢人はそんな凶悪な兵器である機械種の中でも唯一平和利用するために生まれた存在なんだ」
「平和利用?」
『渚、賢人はかつて地上にあったコロニー、今の地下都市のようなものを統括する役割を持っていたんだよ。終末の獣によって破壊されて、黒雨がバラ撒かれる前は彼がこの地上を支配していたと言ってもいい。本来であればこんな小さなコミュニティに埋もれている存在ではないのだけれどね』
ミケの言葉にはジョージとマーシャルが同意の首肯を返した。
「我々の先祖はアメリカ大陸のフリーダムコロニーに住んでいて、終末の獣に故郷を破壊され、生き延びた賢人に導かれてここまで来たんだ。あの方こそ我ら人間を導く存在だ。彼が健在であればいずれは終末の獣に滅ぼされる前の世界に戻すことも可能だろう。そして本来のアメリカを復活させることすらも」
そう口にしたジョージの表情はどこか陶酔しているように渚には見えた。
それからガチャンとエレベーターが止まった。最下層に到着したのだ。
「さあ、ここから先は賢人の寝所だ。あの人は寛大だが、君たちの存在をどう認識するか分からない。ひとまずは私が起こしてみるので待っていてくれ」
『その必要はないよ』
エレベーターの扉も開く前にどこからか声が響いてきた。そして、それにいち早く反応したのはジョージだ。
「賢人、まさかもう目を覚ましたのですか」
「大統領、コアが光っております」
マーシャルの言葉にジョージが己の持っている機械種のコアを見ると、確かにソレは淡く緑の光を放っていた。
『それほど時は経っていないようだが……君たちは『また』私を起こしてしまったのだね』
ゆっくりと扉が開いていき、渚はその先にまるで大樹のような機械の集合体があり、中心に老人がひとり生えているのを目撃した。それから老人は顔をあげるとエレベーターから降りたジョージとマーシャルを、それから渚とミケを見てにっこりと微笑んだ。
『けれども『今回の目覚め』は悪くない。懐かしい顔もいるし、それに』
そして老人の口から『どうやら私にとっての吉報も運んできてくれたようだ』という言葉が響いてきたのであった。
【解説】
賢人:
かつて終末の獣に殺され、その存在を消去されたはずの機械種。
当時の記録は意図的に抹消されているために真偽のほどは確かではないが、実のところ彼こそ終末戦争を引き起こした張本人であり、その目的は自殺を図るためだったのではないか……という噂がささやかれている。