第285話 渚さんとカウンターパンチ
『……?』
ウォーマシンの中にいるAIが不意に妙な予感を感じた。
AIであっても予感は存在する。魂を手に入れた彼らはクオリアをも会得し、曖昧なものを曖昧なまま認識できるに至っている。役割によって有り様は変わるがただの機械との差異はそこだった。
そもそも機械とは動物、植物に並ぶ新たなる生物の系統樹として機物と呼ばれるものが提唱されたことも過去にあり、永遠進化論と呼ばれるテクストに従って機械に過剰進化を促した『機械種』がその頂点であるとも言われていた。
一方でAIの魂は動物である人間の魂を元に造られたもので、AIという存在は機物と動物のある種のハーフと定義されている。だから彼らが人権を得るに至るのも実のところ、そうおかしなことではなかったのである。
ともあれ、このウォーマシンの中にいるAIは目の前のドクロメットの人間に対して何かしらの想いを感じていた。
(これは……何が?)
体型や声質からして相手が人間の少女であることは分かっている。
しかしここまで対峙してその戦闘力はウォーマシンと同等以上であることは確実。特に厄介なのはウォーマシンの装備のひとつであるハンズオブグローリーシリーズの『ファング』をカスタマイズしたものであろう右腕だ。その能力は確実に『ファング』を上回っており、またアイテールライトをハッキングする能力がある以上はウォーマシンのタンクバスターモードもファイターバスターモードも潰されたも同然だった。
また処理能力もウォーマシンより高く、これまでに未来予測もすべて先を行かれている。ただ身体能力については人間のモノを凌駕こそしているが、それはウォーマシンに分があり、だからこそここまで両者は互角だった。
しかし今、AIは何かが変わったことを明確に認識していた。そして何が変化したのかをAIが理解する前に少女が壁から飛び出してきたのである。
『うりゃぁああああ!』
それはまったくなんの捻りもない、一直線な動きだった。
何かの仕込みである可能性はあった。けれどもウォーマシンは手数の多さを生かして補助腕のライフル銃をいっせいに撃ち放つ。まずは一手。何かあるかもしれないし、そうではないかもしれないが、それを見極めるための攻撃。もっとも何もなければ少女の死という形でここで終いだ。
しかし次の瞬間にウォーマシンの前に巨大な掌が生まれた。それは少女の放ったタンクバスターモードだ。アイテールライトで構成された緑光の拳。それが銃弾を弾きながらウォーマシンに向かっていく。
対してウォーマシンも対抗してファングのタンクバスターモードを発動する。相手がタンクバスターモードを発動しているうちは同じ右腕が使う『アイテールライトのハッキング能力』は使用できないはずだ。であればタンクバスターモードを相殺し、距離を詰めて手数で押す。それで終い。
(ではないか)
まったく当然のようにAIはそう判断し、そう認識した上であらかじめ予測していた動きを捉える。光学迷彩をはじめとした各種ジャミングを同時発動させて隠された少女らしき存在が巨大な掌の横から飛び出てきたのをウォーマシンのセンサーは見逃さなかった。
AIはハンズオブグローリー『ファング』は腕を分離して、推進器とワイヤーによる有線操作によって本体と離れての活動することも可能なのを当然知っている。
(つまり目の前のタンクバスターモードは囮。本命はこちらだ)
後方からのライフル銃での攻撃こそが少女の狙いだとAIは認識する。そして補助腕のライフル銃が一斉に見えぬ相手に向かって銃弾を撃ち放った。そして爆発が起こった。衝撃でウォーマシンの体が揺らぐ。正面のタンクバスターモード同士の相殺中の状況でのこの一撃はウォーマシンにとっても耐えるのは容易ではない。そして、その隙こそが少女にとっての勝機だった。
『ナイスな攻撃だガラクタ!』
直後にウォーマシンの目の前の緑光の拳が弾け散り、その先に少女の姿が見えた。
AIは爆発のパターンの一致から飛び出してきたものがさきほどの緑の猫と同じものだろうと理解する。つまりは今撃った相手は囮だ。少女の放ったタンクバスターモードも囮。であれば本命は言うまでもない。『ウォーマシンのタンクバスターモード』だ。それは未だ発動中であり、少女の右腕と接触した途端に制御が奪われて、構築された拳の手のひらと甲の裏表が真逆になり、すぐさまウォーマシンを掴みかかった。
『待て。私は……人類をさらなる存在に押し上げるための』
『だとしても、そりゃ今生きているヤツを蔑ろにしていいもんじゃあないんじゃねえの?』
渚がそう口にして、そのままウォーマシンの下半身を補助腕もろとも握りつぶした。
【解説】
永遠進化論:
西暦2000年代に生まれた、進化の先を促すための実践方法を中心とした研究の論文。
これを元に人類の人工進化を促し、生物として上位のステージに立つことを目的とした実験が過去に行われ、いくつもの悲劇を生み出した。
自然発生では超生命体アウラがもっとも巨大なもので、機械種はこの永遠進化論を元に機械の過剰進化と株分けを繰り返して造られたものであるとされている。
理論上では星を喰らう生物すらも生み出す可能性が指摘され、人では制御できぬ禁忌の技術として封印されている。




