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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第7章 地獄輪廻界『群馬』
283/321

第283話 リンダさんと致死性の希望《ドク》

『ジョンドウ……?』

「そうだよ人間の人。それが私の名だ」


 目の前にいるデキソコナイの言葉にマーシャルが眉をひそめた。

 ジョンドウ。すなわちJohn Doe。それは氏名不詳や匿名の男性に付けられる名称で、名無しという意味で用いられるものだ。


『ジョンドウ。あなたは会話をすることができますのね?』

「まあね。外にいる連中と私は別の枠組みで見てほしいかな」

『こちらからすれば見た目は変わらないのだがな』


 外見の違いがあるとすれば通常のデキソコナイよりも小型であるという点ぐらいだろうが、瞳に宿る知性の色は明らかにこれまで見たデキソコナイとは別種であることはマーシャルも理解できていた。とはいえ、だからこそ警戒せざるを得ない。数に勝るデキソコナイを倒せるのも、デキソコナイが愚直にまっすぐ襲いかかることしかしないからだ。

 知性の高いデキソコナイなどが今後出現するようであれば、彼らとの戦いは一変しかねない。


「違いは外見ではなく中身だよ。彼らはただひたすらに憐れな生き物たちでしかない。失敗の処理に駆り出される君たちも回収に回される機械獣も同様ではあるがね」

『それは、どういうことですの?』

『処理に回収ですか。どうやらあまり愉快な話ではないようですねミケ』

『そうだね。ここはずいぶんと悪質な施設のようだ』

『どういうことだミケ、クロ。何が分かった?』


 含みをもたせたAIたちの言葉に、マーシャルが苛立たしげな声を出して尋ねる。


『別に難しい話じゃあないさ。大量に生み出された失敗作の処分をグンマエンパイアは委託で済ませていたらしい……ということだよ』

『そういう含みはいらん。具体的に話せ』


 その言葉にミケが肩をすくめながら口を開く。


『グンマエンパイアはデキソコナイを焚きつけて埼玉圏を襲わせることで狩猟者ハンターに処分をさせていたんだよ』

『その亡骸を機械獣が回収していたのもハニュウシティで確認しています。機械獣はアイテールをこの施設に運ぶのですから、当然回収したデキソコナイの亡骸はアイテールに変換されてここに持ち込まれているはずでしょう』


 回収されたアイテールによってデキソコナイが再び造られていく。

 それは確かに完成された生と死のサイクルだ。そして、その言葉の意味を理解したマーシャルとリンダはその顔を歪ませた。


『つまり、わたくしたちは……狩猟者ハンターは、グンマエンパイアの手助けをしていたということですの?』

「そういうことだね。もっとも機械獣が変換したアイテールを人間も奪っているのだから、一方的に搾取されている関係ではないさ。共存共栄。上手く回していると褒めてあげてもいいんじゃないかな」

『共存共栄ね。ハニュウシティで見た彼らはあまりフレンドリーではないようだったけど』

「彼らはデキソコナイだからね。出来損ないではないものを目にした彼らが、それを妬ましく感じてしまうのは仕方のないことだろう」

『だから人間を襲うと? 毎度襲っては全滅しているんですのよ。どうして繰り返すんですの?』

「そりゃあ毎度全滅しているのだから、学習のしようがないからだ」


 その言葉にリンダとマーシャルが絶句する。


「そうしたことも含めて全部が計算通りなのさ。それにだ。彼らに焼き付けられた知識はすべて事実で、彼等は自発的に己の存在に絶望し、人間である存在を恨み、人間になるために動いている。彼らの行動は彼らの意思によるものだ」

『なるほど、そうやって『倫理規程』をクリアしているのか。僕が人間であればおぞましく感じていたと思うよ』

『ちょっと待ってください。知識を焼き付けるということは、デキソコナイというのは己が失敗作だと、自分に価値がないと……だからわたくしたちを恨めと、生まれてすぐに即席で教え込まれているということですの?』

「そういうことになるね」

『最悪ですわね』


 リンダが吐き捨てるようにそう口にしたが、ミケはリンダを見て首を横に振った。


『リンダ、最悪なのは確かだけれど、君の認識は少しズレているよ』

『何がですのミケ?』

『絶望で人は動かない。打ちのめされて立ち止まるだけだ。それは人を模倣したデキソコナイでも同様だろう』

『だからわたくしたちを恨ませて、襲わせているのでしょう?』

『いいや、違うんだよリンダ。本当に最悪なのはね。彼等は絶望と同時に希望も焼き付けられているということなんだ』


 その言葉にリンダが眉をひそめる。リンダにはミケの言葉の意味が理解できなかった。


『希望? 人間になるためとジョンドウはおっしゃいましたよね。けれども埼玉圏を襲うことが人間になることに繋がるとはとても思えません』

『いいや、繋がるんだよ』

『言っている意味が分かりませんわ』


 その言葉にミケが首を横に降る。


『そんなことはないさ。君は知っているはずだ。何しろ君はソレを取り戻すために狩猟者ハンターになったんじゃないか』


 リンダは眉をひそめ、それからミケの言葉の意味を察して即座に目を見開いた。


『ああ、そういうことですのね……なんてことを……』

『分かったようだね。地上の人間の大半はソレを手に入れることを望んでいる。それはデキソコナイも同じだったというわけだ』

『つまり、ソレとは……市民IDですわね』

「正解だよお嬢さん」


 ジョンドウがパチパチと手を叩いて頷く。


「市民ID。それこそがあらゆる存在が『人』としての『権』利を得ることが可能となる唯一のものだ。もはやかつての文明が砂のように消えた現代でも、この砂の城の中ではそうした古いルールが成立する。例え猫でも市民IDを得れば『人権』を得られるということを君たちなら知っているんじゃないかな」


 その言葉は元地下都市の市民であったリンダにとっては、言われるまでもない常識であった。


「だから市民IDさえあればデキソコナイでも人間になれる。価値はなし(人でなし)と決定づけられた彼らが唯一、人として成立する手段が市民IDを手に入れることなんだ。彼らには例え形式の上だけだとしても人間として認められることが何よりも魅力的に見えるらしい」

『つまり、デキソコナイが埼玉圏を襲っている理由は地下都市で市民IDを得るためなのですのね』

「そうだ。彼等は人間が憎くて埼玉圏に向かうんじゃない。自分が生まれたことが間違ってはいないことを証明するために地下都市に向かうんだ」

『その過程で憎い相手がいるから襲っているわけだ。生まれたての赤児に自制を促すことほど面倒なことはないね』


 ミケの言葉にジョンドウは我が意を得たりと頷く。その様子にリンダが眉をひそめる。


『けれども、地下都市にたどり着いたからと言って市民IDが手に入るわけではありませんわよ』

「そうだろうね。でも、方法が分からなくとも手に入れられる場所が分かっているなら行くしかないのさ」


 その言葉にリンダが眉をひそめる。まるで自分は無関係とでも言いたげなジョンドウの態度が先程からリンダは気に入らなかったのだが、その様子を察したジョンドウが肩をすくめて口を開く。


「そんな目をしないでくれないかなお嬢さん。私はかれこれ168年ほど、この部屋の中にいて、延々とそうした様子を見せられてきたんだよ。監視カメラを覗くくらいのことはできたからね」

『168年?』


 それは、未だ20にも届かないリンダには想像もできない年数だ。


「そうさ。まあVRシアターもあるし、本も映画も見放題だから暇はしなかったけどね。文化というのはいいものだ。本の虫という例えも分からなくはないと思えるよ」

『そんな……そもそもあなたはなぜ、捕まっていたんですの?』

「耐久年数の実験? いや、経過観察の方が的確かな。失敗したとはいえ、私は想定されていた成功作の基準の大部分を満たしていたからね」

『満たしていただと……先ほども言ったな。成功作と。どういうことだ?』


 その言葉に今度はマーシャルが首を傾げた。


「黒雨の耐性、寿命、知性、身体能力の強化、高免疫力、再生能力……エトセトラエトセトラ。私は君たち旧世代の人間に代わる次代の人間としての要求された水準のすべてをクリアした最初の新規格人間の実験体だ」

『まだ世代交代した覚えはないんだがな』

「確かに。僕は失敗作で、外の猿どもも失敗作。新人類が完成されていない以上は未だ君たちは現行人類というべきだったか。これは失敬」


 ペコリと謝るジョンドウにやり辛いという顔をしたマーシャルが口を開く。


『先ほどの言葉だとお前は黒雨を克服したという風に聞こえたが』

「そうだね。だから私はこの場で黒雨に晒されても生きている」


 元々ドーム内には黒雨の影響はなかったが、防疫処理をしていないリンダたちが外からここまで来た時点でこの場はすでに汚染済となっている。その中でも問題なく肌を晒して生きている時点でジョンドウには黒雨の影響がないのは確実であった。もっともそれはデキソコナイ全般に言えることでもあるのだが。


『では、なぜ失敗作なんだ?』

「私は無性なんだ。種族として増やせない。正しく言えば、私は私で完結した生命の系統樹でね。それにセクシャルを付与できたとしても今度は現行人類側の魂がスペック不足でこの肉体に定着することは不可能だという話だよ。つまり私は創造者たちの想定を数段階飛び越してできてしまった失敗作というわけだ」

『だから経過観察のために囚われていると? ここから逃げ出そうとは思わなかったのか?』

「外の様子は私も知っている。逃げれば追われて連れ戻されるだろうし、逃げおおせたところでサバイバル生活を余儀なくされる。三食ついて暇潰しもできるここより外に出るという選択は魅力的なのかい?」

『むぅ』


 その言葉にはマーシャルも返せる言葉がない。外の世界の過酷さは現行人類と呼ばれた彼らこそがよく知っている。それでも何かしらの目的、或いは仲間や家族がいれば違ったろうがジョンドウにはソレもないようだった。


「とはいえ、少々飽きてきた感は否めないしね。いいだろう。君たちの目的は機械種のコアだよね」

『ああ、そうだ』

「私も見つけるのに協力するよ」

『協力だって?』

「そうさ。せっかく来てもらったけれど、君たちの期待するコアはここにはない。見ての通り、この部屋は私のプライベートルームだから」


 それはリンダたちもすでに予測できていた。

 この場は生活空間そのもので、コアがあるようにはとても見えなかった。


『では協力するというならしてもらおうか。コアはどこにある?』

「この施設で一番安全なところだよ」

『だから、どこだ?』


 苛立ちを露わにしたマーシャルの問いに、ジョンドウが指を彼らがやってきた通路の方へと差した。


「恐らくは外、今は中庭じゃないかな。ウォーマシンの一体が自身のコアにしているんだよ。何がやってきても自衛できるようにね」

【解説】

ジョンドウ:

 新規格人類の製造実験で生まれた突然変異体。

 目的に対しては不適合な個体ではあったが個体能力の高さから別の可能性を見出され、処分されずに経過観察が行われていた。

 なお、現行のデキソコナイの中には既存の実験とは別のジョンドウをダウングレードした個体も混ざっており、それは変異種としてハニュウシティでも確認されている。

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[気になる点] 彼らには例え形式上の上だとしても人間として認められることが何よりも魅力的に見えるらしい →形式上のものだとしてもor形式の上だけだとしても  一例として。 [一言] そもそもこの個体以…
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