第028話 渚さんと後追いドライブ
『お嬢。破損したタンクを代えれば、問題なく動きそうだ』
『良かったですわ。これで管理局にも面目が立ちます』
そこはリンダたちがアーマードベアに奇襲を受けた場所。
そこには彼女らが使用していたビークルが横転して残されていたが、大した破損状態ではないようだと分かってリンダがホッと胸を撫で下ろした。
そのビークルは渚のものとほぼ同サイズではあったが、渚のビークルにある生活スペースの部分はそのまま荷物の収納スペースになっていた。
『ここで、アーマードベアと遭遇したわけか』
そして渚の方はといえば、他の狩猟者達と共に周囲警戒に当たっている。何しろ、リンダ達はここで襲われたのだ。凹凸の多い岩場であり、大型の機械獣も隠れやすい場所だ。
リンダたちはこの周囲にいるはずもないアーマードベアに奇襲され、半数以上が殺されていた。そこら中に飛び散った血の跡があり、いずこかへと何かが引きずられた形跡もあった。それを渚は眉をひそめて眺めている。
『死体は持ち去られたようだ。アイテールの材料にされたってことだろうね』
それらの状況を観察しながらミケがそう言うと渚がさらに顔をしかめる。
機械獣は有機物を材料にアイテールを生み出す。それには当然人間も含まれている。そして、この場には確かに人の死の跡があった。死体がなくとも渚にとっては刺激の強い光景だった。
(さりげなくキツイこというなよミケ。それにみんな辛そうだ。無理もないけどな)
もっとも刺激が強かったのは渚だけではないようだ。
バイザーごしから見える他の面々の顔もみなどこか悲痛そうであった。
何しろ、ここで殺された狩猟者たちは彼らの仲間だ。先日まで共に戦ってきた相手の最後の地に思うところがないはずもない。だが彼らはそのことを口にはしない。言葉少なく、遺留品を拾い、倒れたビークルの状態を確かめている。特にここに来てからのリンダの表情はまるで氷のように固くなっていた。
その様子を眺めていた渚に、狩猟者のひとりが近付いてくる。
『よう、ドクロの嬢ちゃん。あんたも手伝ってくれねえか?』
『ダンのおっさん。ビークルを起こすのか?』
渚の問いに、近付いてきた狩猟者が頷く。
その男の名はダンという、この強行隊の隊長を務めている男であった。
『そっか。じゃあ、ちゃっちゃとやっちまうか。あたしが起こしちまってもいいか?』
『あたしがって、お前ひとりでできるのか?』
いくらマシンアームの出力が高かろうと、それを支えるのは生身の身体だ。
渚自身がビークルの重さに耐えられねば当然持ち上がらない……とダンは考えたのだが、渚は問題なしという顔でビークルまで近付くと、周囲の男達に声をかけながらマシンアームでビークルを掴み、補助腕を展開させて支えながらひとりで横転しているビークルを起こしていった。
『おぉぉおおおお』
その様子に周囲から驚きの声が上がる。そして声をかけたダンも呆れ混じりの顔で笑った。
『おいおい。治療できるだけじゃなく、そんな器用な力技もできんのか。そのマシンアーム、メディスン系じゃないのかよ?』
『んー、よく分かんねえけど。まあ、便利だわな』
渚が曖昧に言葉を返す。
それにはダンも首を傾げたが、渚の方も己のマシンアームが他とどう違うのかよく分かっているわけではないのだ。だが、ダンがさらに何かを口にしようとする前に、どこかでパーンという軽い発砲音が響いてきた。
『なんだ?』
『銃声? ここにいる連中……じゃあないな』
見渡しても全員がその場にいるし、誰も銃を撃ってはいない。
『渚。今の銃声、あまり遠くないね』
(そうか。結構遠くに聞こえた気がするんだけど?)
渚の問いにミケが首を横に振る。それから前足を伸ばして霧を指差した。
『あの浄化物質の霧のせいでここでは音は小さくなり、反響も乱れて出どころも分からなくなるんだ。ここで音を頼りにするときには、常に想像よりも近い距離で起きていると思った方がいい』
(マジかよ。けど、そうなると)
戦闘がすぐ近くで起きている……と、理解した渚の横をリンダが駆けていく。
『わたくし、ちょっと見てきます』
『おい、ちょっとリンダ!?』
渚の言葉も無視して、ヘルメスを起動し高速移動しているリンダは霧の中へと消えていった。それを見たダンが舌打ちする。
『あの馬鹿、不味いな。おいドクロの嬢ちゃん。あんた、追えるか?』
『あ、ああ。バイクがあるから多分』
自分のビークルの裏についているタイヤを見ながら、渚がそう返した。
『だったら、サポートしてやってくれ。あれひとりじゃ不安だ』
『いいのか? 偵察ってんなら、アイツのマシンレッグで問題ないんじゃ』
むしろ自分が行くことで足手纏いになるのでは……という懸念が渚によぎったが、ダンが首を横に振る。
『お嬢は張りつめ過ぎてる。誰かが戦っているんなら、助けようとするはずだ。様子だけ見て戻ってくることはないだろう』
『ああ、まあ。確かに……』
リンダが先日のことを気に病んでいるのは渚も感じていた。
その上に、この場に来てからずっと追い詰められているような空気も放っていた。
『割り切れねえのは死にやすい。コンビ組んだんだろ? 相方をサポートするのも』
『コンビの役割ってか?』
渚の言葉にダンが頷くと、渚が自分のビークルに駆け出していく。
『ミランダ、あたし行くわ。そっちもいつでも動かせるようにしておけ。なんかあったら、ダンのおっちゃんの指示に従えよ』
『了解しましたマスター』
ミランダの返答に渚が頷き、それからビークルの裏にあるタイヤのロックを外して地面に落とすと、ハンドルやペダルがカシャカシャと音を立てながらホイール部分から出てきた。それはスペアタイヤではなく、一輪バイクであったのだ。それに颯爽と跨りながら、渚がダンへと顔を向ける。
『で、おっちゃん。そっちのビークルの方はどうなんだ?』
『後ろのドアが壊されてるのはどうとでもなるし、アイテールタンクも綺麗に壊されてるから予備タンクを付け直して動かすのは特に問題はない。そっちもなるべくなら様子見で帰ってこい』
『保証はしねえよ』
渚はそう言ってペダルを踏むと、すぐさまバイクを加速させてリンダの後を追い始めたのであった。
【解説】
バイク:
モーターバイク。この世界では一輪バイクが主流。
精度の高いジャイロセンサーを積んでおり、倒れるということがほとんどない。
悪路でも速度が出せるため、移動だけであればビークルよりもはるかに早く目的地に到着できる。