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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第7章 地獄輪廻界『群馬』
273/321

第273話 渚さんとデキソコナイのわけ

 渚たちがワシントンSDCを訪れたその翌日、彼女たちはグンマエンパイアへと向かうこととなった。準備期間を設けようかともジョージより尋ねられたが現在の埼玉圏の状況を考えれば立ち止まるという選択肢は今の渚たちにはなく、一晩休んだ後にすぐさま行動することとなったのだ。

 なお渚たちとともにマーシャル・ロウと十二人のペンタゴンの戦士たちもグンマエンパイア攻略には参加となった。彼らはワシントンSDCに近付いた渚たちを取り囲んでいた者たちであり、彼らの装備は以前と同じくアストロクロウズとパワードスーツを身に纏った上に光学迷彩の外套を羽織ったものだった。また今回の仕事では自前の光学迷彩の能力を持つ渚を除いたリンダたちも光学迷彩の外套を譲り受けて身につけている。

 何しろこのグンマエンパイア攻略は少人数による隠密行動での敵地侵入を想定しているのだ。そして渚たち一行は一輪バイクを使ってグンマエンパイアのあるワタラセ渓谷を移動していた。


『機械獣の集団が向かった跡が道になってんな』

『繰り返し通ったことで植物も生えていない。つまり機械獣はグンマエンパイアへと何度も赴いているということだね』


 渚とミケが移動中にそんなことを口にしあう。

 道中の景色は渚の記憶にある山の景色とほとんど同じであり、この時代が彼女の生きていたと認識している時代とは違うということを忘れさせそうになるが、その中にもかつてのものとは違うものも存在している。それが時折見かける黒雨の樹と獣道というには幅は広く、また舗装もされていない機械獣の通り道である。それは渚たちがワシントンSDCの近くで見た百鬼夜行によってできたものであった。


『なあマーシャルさん、機械獣はグンマエンパイアにいって何してんだよ? それともその先になんかあるのか?』

『いや、ヤツらの向かう先がグンマエンパイアであるのは間違いない。機械獣は造り出したアイテールをあの施設に貯蔵しているんだ』

『それってまさかデキソコナイを作るためにですの?』


 リンダの問いにルークやダン、オスカーが目を見開かせる。

 対してマーシャルは静かに頷いた。


『機械獣にそのつもりはないだろうが、認識としては間違っていない。お前たちはワシントンSDCに来る途中の施設で新世界運営計画についての情報を得ているのだったな?』

『機械獣を使って地上でアイテールを生み出し、宇宙に送る計画ですわね。失敗したと聞いてはおりますが』

『アイテールが最終的に宇宙に送られているかはこちらでは知るすべはないが、機械獣が稼働している以上、計画自体は動いていると見るべきだ。そしてグンマエンパイアは元軍施設だ。機械獣はそこに一度集めたアイテールをプールさせるように設定されていると聞いている』

『となればグンマエンパイアはそれを利用して、あのデキソコナイというものを作り続けているのですね』


 リンダの足からクロの声が響いてきた。その様子にマーシャルが目を細める。このクロについてもマーシャルはすでに情報を得ていた。クロはかつてダーパで使われていたナビゲーションAIなのだと。


『そういうことだな。クロだったか。お前は確か元教団のAIだったな』

『そうですが、今の私はミケに調整されていますので戻るつもりはないですよ』

『そうか。まあ戻ったところでダーパなき今、こちらはお前を再調整もできないがな』


 マーシャルがそこまで言ってから『話が逸れた』と口にする。


『グンマエンパイアには貯蓄されたアイテールがあり、機械種のコアがそれをエネルギーにして、お前たちのいうところのデキソコナイを造っているのは確かだ。機械獣も自分たちの集めたアイテールを勝手にそんなものに利用されているとは思ってもいなかろうが』

『まあ、機械獣は設定された目的のために動いているだけだから集めたアイテールを誰が使おうが気にしはしないだろうけどね。ただ疑問はある。そもそもデキソコナイとはなんだい? 君たちは随分とアレに詳しいようだけど』


 ミケの問いにマーシャルが眉をひそめた。それからわずかに逡巡した後、口を開く。


『お前たちがデキソコナイというものを造ったのは我々の先祖だ』

『つまりデキソコナイはお前たちが原因だと?』


 ダンの厳しい言葉にマーシャルが肩をすくめた。


『その言い様は正確ではないな。『我々』と言った。つまりはパトリオット教団の前身である愛国者連合のしたことだ』

『結局はお前らが原因ってことじゃねえか』

『いや待った。ダンのおっさん。そりゃブーメランだ』

『何がだルーク?』


 横から口を挟んだルークをダンが睨みつけるが、ルークは首を横に振る。


『ダン、マーシャルの言うことが確かなら責められるべきは俺たち全員ってことになる。愛国者連合は俺たちの先祖でもあるからな』

『それはどういうことだ?』


 ダンが首を傾げる。現在の埼玉圏の住人のほとんどは生粋の地元の人間ではなく、北アメリカ大陸から移住してきた者たちの子孫であるのだ。渚たちは以前にルークからその話を聞かされていたので知っていたが、ダンは知らなかったようである。


『ああ、あのルークの与太話。マジだったのか?』


 どうやらオスカーも以前にルークからその話を聞かされていたようで、その問いにルークが頷いた。


『僕らはルークから聞いていたけれども、その知識は埼玉圏内の常識ではなかったんだね?』

『まあな。俺は埼玉圏内を回ってたし、色々と話を聞く機会も多かったからな。地下都市やコシガヤシーキャピタルの影響の薄い西側には結構そういう話も伝わって残ってる。組織としてみれば現在の埼玉圏のコシガヤシーキャピタルと狩猟者ハンター管理局、それにパトリオット教団は愛国者連合から分かれたものだって話だ』


 そうルークが答えるとマーシャルが頷く。


『その認識で正しい。パトリオット教団はそもそもが暴走したグンマエンパイアの監視を目的として生まれたものだ。今はアメリカの再現を掲げているがな』


 その言葉にダンがなんとも言えない顔をしてからグンマエンパイアの方を睨みつける。


『マジか。俺らの先祖はなんてもの残してくれんだよ。だいたいなんでデキソコナイなんてものを造ったんだ?』

『グンマエンパイアは『新規格人間研究所』と呼ばれていた。愛国者連合は軍事基地を黒雨に耐性のある人間を作るための研究施設に改造して使用していた』

『人間だと? まさかそりゃデキソコナイのことか?』

『そういうことだ。デキソコナイとは言い得て妙だな。埼玉圏民のネーミングセンスの悪質さには恐れ入る。その認識の通りに人間になれなかった者たちが生産され続けているのが現在のグンマエンパイアだ』

『それってさ。まさか、あれって黒雨耐性を付与した人間の再生体ってことだよな?』


 渚が苦い顔をして問いかけた。デキソコナイが己と同じ存在なのでは……と考えた渚だが、それにマーシャルは難しい顔をしながら『少し違う』と返してきた。


『少なくともアレは人間から派生したものではない。人間と同じ動きをすることを目的として人工的に生物として新規にデザインされたもの……らしい』

『言っている意味が分からねえよ』


 渚が首を傾げる。


『ナギサ、黒雨は人間を殺すためのナノマシン兵器だ。だが人間とはなんだ?』

『哲学の話じゃないよな?』

『違う。重要なのは黒雨は何を狙っているのか……ということだ。そもそも黒雨は生物として人間、あるいはそれより派生した生物を確定させてから肉体を破壊するものだ。対してデキソコナイ、我々がネオスタンダードヒューマノイドと呼んでいるものは人間と同じように見えて、ゼロから生み出された全く別種の生物だ。少なくともこの地球上の生命体で類似性のあるものは存在しないらしい』

『ゼロから? けどさ。それってもう人間じゃあねえだろ?』


 渚がそう言う。実際、ハニュウシティで見たデキソコナイは化け物のようだった。あれに自分の記憶を移植して体を乗り換えると言われても納得できる話ではない。


『人間と同じ処理が可能なハードウェアがあれば、記憶と魂を移すことは可能なんだ。実際黒雨は機械化すれば逃れることは不可能じゃあないからね。それを生物でやろうとしたんだろう』

『そういうことだな。生物学的には人類とはまったく共通点はないが、同一の挙動を示す新人類。肉体を入れ替えた後もそれらは新しい生態系として根付き、黒雨の影響も受けない。そうなることを望まれて生まれたのが連中……ということだ』


 しかし、そう望まれた新人類は現在人間を憎み、人間を呪い、人間を殺そうと埼玉圏に侵攻している。少なくとも渚はハニュウシティで見たデキソコナイになりたいとは思えなかった。

 それから渚たちはワタラセ渓谷の途中まで一輪バイクで進み、デキソコナイの監視圏前で降りて、光学迷彩で姿を隠しながらさらに先へと進んでいく。そしてしばらくして通信機からマーシャルの声が響いてきた。


『見えてきたぞ。グンマエンパイアだ。もう少し先に侵入口がある。そこから中に入れる』

【解説】

ネオスタンダードヒューマノイド:

 黒雨に人間として認識されぬよう、遺伝子の一片まで完全に新規からデザインされた新生物。たまたま人と同じ形と文化形態を持つ架空の惑星の新生物をシミュレーションして人工的に造り出したようなものである。

 完成した暁には、人類は記憶と魂をこの新生物に移植し人間の肉体を捨てて新しい生命体として生きることを想定されていた。

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