第263話 天上人と終わった計画
説明回。
『新世界運営計画』
マナの川の活性と非活性の揺れによる数度に渡る文明の終焉、外宇宙生命体の襲来によって起きたエイリアン・ウォー、そして5989年に発生した終末の獣による崩壊戦争と方舟計画の派生兵器である黒雨の暴走。それら無数の終末を越えたことで人類の地球圏における総人口は10万人以下にまで減少した。
黒雨に汚染された地球圏での人類の再度の繁栄はもはや不可能であり、今やオービタルリングシステム天国の円環、月界、金星圏、火星圏、地球圏内の一部の隔離地域のみが人類の生存圏であった。
新世界運営計画とはそうした状況を鑑み、地球を資源惑星として再利用することを目的とした計画だった。もはや地球は我々が手を伸ばすことのできない地ではあったが、やり様によってはまだ役には立つのだ。
計画の第一段階は現存していた地球圏内の施設は凍結し、生存していた人員は天国の円環へと引き揚げさせ、地球を正しく無人化するというものであり、それは6291年までに完了した。未だ地上で生きている者も存在していたが、いずれは黒雨に駆逐されるはずのアウターだ。彼らはすでに死んでいるのと同義であった。
計画の第二段階は恒久的な資源の回収システムの構築だ。
この計画における地球資源とはすでに枯渇し欠けている天然ガスや化石燃料などではなく、人類史において後期に発見された万能エネルギー『アイテール』である。第二段階は人類消滅により地表に増殖した有機生命体を原材料にアイテールを生産し続けることで恒久的にエネルギーの回収を可能とするシステムを作ることを目的としていた。
そして回収システムは自己進化と自己増殖、アイテール精製をスタンドアロンで可能な特殊ドローンによって完成されるに至る。
このドローンは有機物を取り込んでアイテールへと変換し、各地の軌道エレベーターを介して天国の円環へと供給し続けることを目的としており、それらは動物の形を模すように造られていた。
これは規範となる形状を用意しないで進化した場合、その多くは生理的嫌悪をもよおすような奇形へと変わることがシミュレートの結果として確認されたための措置であった。或いはそれこそが正しい進化の有り様なのかもしれないが、まるで悪夢の世界の住人の如き姿へと進化したドローンを制作者たちは許容できず、最終的に指定した形状を維持することを前提とした進化のみを許可するように設定されることとなった。
またこのドローンは登録された生物の形態であれば別種への変化にも対応でき、生態系に過度な影響を及ぼさぬように計画的なアイテール供給を行うアルゴリズムが与えられている。もちろん人間への攻撃は禁止されているし、指定区域へ入ることもない。自然環境にも考慮した地球に優しい存在なのである。
計画の最終段階はシステムの運用だ。
恒久的にアイテールが送られ、それを基に天国の円環を中心とした地球圏外が人類の楽園となる。いずれは無数に居住衛星が並び立ち、再び人は文明を手に入れる。なんとも素晴らしい話ではないか。
だが、それが果たされることはなかった。
計画に綻びがあったか? それは否だ。全ては入念に準備され、何一つとして問題が起きることなく最終段階まで到達していた。
だから問題があったのは計画ではなく、計画を立てた我々の側だ。計画を実行し、アイテール回収型ドローンを天国の円環より地上に射出した日、我々はテロリストの攻撃を受けたのである。
裂けた壁の穴に吸い込まれる仲間や宇宙空間を漂う亡骸、瓦礫に潰れた肉塊に、窒息死した死体の山。そんな光景と共に地球保護主義のガイア神教による犯行声明がBGMとして天国の円環内を流れていたが、それもどうにも胡散臭い。方舟計画が進められていた頃ならばいざ知らず、現在の連中にそんな騒動を起こせる力があるとは到底思えない。となれば追いやられたアッシュヴァー派か月界人が裏で糸を引いていると考えるのが妥当であろうが、ともあれ計画は始まった直後に崩壊したのである。
追い詰められた私はパージされた天国の円環の残骸と共に地上のゴミ捨て場へと逃げ延びることに成功したが、その後に連絡が通じぬところを見ると最悪のケースとしてすでに天国の円環内は壊滅している可能性もあった。
新世界運営計画。人類の栄光を取り戻すはずのプランはこうして終わりを迎えたのである。
【解説】
ヘヴンスフォール事件:
新世界運営計画が開始された日に発生した歴史的事件。
それはかつて地球再生を目的とした方舟計画のプロジェクトチームを根としたガイア神教によるテロであり、その背後には天国の円環側がアイテールの安定供給を受けることで宇宙での勢力図が変わることを恐れた月界人の暗躍があったとされている。
アイテール供給プランにおいてはプラント推進派であったアッシュヴァー・カトルマンの一派が事件に関与しているとの疑いもあったが、それが濡れ衣であることはアッシュヴァー派をすべて処分した後に解明されている。