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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第7章 地獄輪廻界『群馬』
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第259話 渚さんと楽園への道

 群馬圏に向かうメンバーは渚たちに加えて、ダンと……アーガムの説得虚しくオスカーも同行することになり、彼女らがやってきた翌日にはハニュウシティを後にして群馬圏のある北へと出発していった。

 そして渚たちが去っていったとの報告を受けたアーガムが局長室の自分の椅子にもたれかかり、大きなため息を吐いていた。


「まったくレディーの前でため息つくんじゃないよ」

「すんませんねえ。伝説の狩猟者ハンターさんの前で辛気臭いツラを見せちまって」


 そう言って頭を掻きながらアーガムが来客用のソファーに座っている老婆を見た。その老婆とはトリー・バーナム、リンダの祖母だ。


「しかし、こうも状況が悪いと泣き言も言いたくなりますよ。ま、だからアンタが来てくれたと考えれば悪運だけはあるってことなんですかねえ」


 騎士団はコシガヤシーキャピタルに戻り、渚たちとともに主力狩猟者ハンターのダンとオスカーも去った。その上に内地の混乱の噂がこのハニュウシティ内にも広がったことで仲間や家族の元へと戻るために都市を出ていく狩猟者ハンターたちが増え始めているということが昨日辺りから報告に上がってきてもいた。


「持ち上げてくれるね。まあ、あたしもいてヘラクレスもいる。ここを陥落させるような真似だけはさせないさ。孫も頑張ってるからね。こんなババアでもあの子の戻る場所ぐらいは守ってやれるさ」

「孫ねえ。その孫をあんな危険なところに放り込んで大丈夫なんですかい?」


 アーガムの言葉はもっともなものだ。狩猟者ハンターとして経験の浅いルーキーを向かわせられるほど群馬圏とは甘い場所ではない。本来であれば自殺行為だと咎めるところだ。


「孫を信じているのさ。ナギサもいるしね」

「随分と買っているようですな」

「買いかぶりと思うかい?」

「いいや。そう思うには後ろ盾が大き過ぎますわ」


 その言葉に老婆が笑う。地下都市とコシガヤシーキャピタル、それにクキシティの狩猟者ハンター管理局が後ろ盾のチームがただ無謀を行うとはさすがにアーガムも思っていない。


「嗅覚は衰えていないらしい。アンダーシティも重い腰をあげたここが踏ん張りどころだからね。ここからは時代が変わる。あの子らはその先駆けとなるのさ」


 その言葉にアーガムが頷いた。

 トリーの言葉を聞くまでもなく、何かが変わろうとしているのはアーガムも肌で感じていたのだ。

 もっともアーガムは気付いていない。グリーンドラゴンの脅威は地下都市であっても逃れられるものではないのだということを。

 そしてアーガムは知らない。グリーンドラゴンを退けたとしても同種である『ミケと渚』がいる以上は地下都市の絶対的な優位はもはや崩れているのだということを。

 今や単純に地上を捨てるだけでは問題を解決できない状況に地下都市は陥っている。その事実は本当に極一部の者しか知り得ない事実ではあったが、それは楔となって深く埼玉圏の地に突き刺さっていた。




  **********



 

『ビークルが使えないってのは面倒だな』

『仕方ありませんわ。群馬圏は埼玉圏とは違います。ビークルが走れるような土地柄ではないらしいですし』


 渚とリンダがそんな話をしながら、瘴気の霧の中で一輪バイクを並走させていた。その後方にはダン、ルーク、オスカー、ミランダが続いている。なお、ミケは渚のバイクにちょこんと乗っていた。

 道案内のダンだが群馬圏に入るまではただ北上するだけであり、渚が箱庭の世界ミニチュアガーデンを展開して瘴気内でもある程度の視界の確保を務めているために、このような編成になっていた。


『とうの昔にまともな人間の営みがほとんど消滅している地だ。当然整地している土地も道路もないからな。獣道を武装ビークルが移動するわけにもいくまいよ。それに、ここから先は生きていくこと自体が難しい。空気も食事も排泄もアストロクロウズ任せ。アイテール変換機能様様だが、アイテールが尽きたら終わりだ』

『分かってるよ。本当に人間の生き辛い世界だな』


 後ろについているダンからの言葉に渚が肩をすくめる。

 彼らは現在ミランダを除く全員が補助外装サポートフレーム付きのアストロクロウズを装備している。元々アストロクロウズは高ランクの狩猟者ハンターならば所持しているものだし、補助外装サポートフレームを持ってない者はハニュウシティで購入していた。


『この瘴気だらけの埼玉圏が天国に思える程度に外はさらに生き辛いのさ。気を付けろよ。アストロクロウズが破損して黒雨が隙間から入ってきたら一瞬で終わりだ。あの凶悪さは瘴気の比じゃないぞ』

『分かってるさ』

『だといいがな。まあ、すぐに分かるか』

『?』


 黒雨。それはかつて鋼鉄の獣が機械の神を殺したのち、人類を抹殺するために天より降り注がせたものだと言われている人の天敵だ。発生原因の真偽は不明だが、その正体は能動的に人類を抹殺するためにあらゆる活動を行う極小のナノマシンであり、今や地球上のいたるところに存在し、雨雲などに乗って広がってもいく。

 対して埼玉圏を覆う瘴気は本来黒雨を防ぐ防壁の一種であり、人類を守る盾だ。消毒機能が高過ぎてエアクリーナーなしでは人間も殺してしまうが、それすらも止むなしと言えるほどに黒雨の脅威は大きかった。


『んー、ここらで降りようぜ。さすがにこっから先の視界の確保はちょっと無理っぽい』


 途中、渚がそう言って一輪バイクを静止させる。渚の箱庭の世界ミニチュアガーデンの補助も瘴気が濃くなったことで意味をなさなくなっており、目の前にはただ白だけが広がっていた。


『本当にまったく、なんも見えねえな』

『浄化物質の本来の性質は遮断だからね。太陽光以外の一切を弾くんだ。それとここから先は情報のリンクも禁止してね』


 ミケが渚にそう返す。その言葉に渚が首を傾げた。


『なんでだ?』

『黒雨はナノマシンとして移動するだけじゃない。情報だけを送って内部のアイテール変換装置などで生成される可能性があるのは前に聞いただろう。その手段を感知した浄化物質が排除の動きを見せるかもしれない。だから原始的な手段で連携を取って移動した方が安全なんだ』


 ミケがそう言うとダンがあらかじめ用意していたロープを取り出して、それぞれに繋いで移動を再開した。途中、完全な白に包まれ、渚は声を上げたがそれすらも全く外部には漏れなかった。ロープで繋がっていることと地面の感触だけが唯一の自分の位置を教えてくれるものであり、それから少しして何かが自分にまとわりつくような感覚があって渚が目を丸くしたが、すぐさまソレは消えて、やがて白い闇が晴れていくと仲間たちの姿が見えるようになり、今度は空気中でバチバチと放電している光景が見えた。


『抜けたのか?』

『そうだ。あの放電は黒雨と瘴気がぶつかり合ってるもんだ。つまり黒雨はもう存在しているってことだな』

『あのダン隊長。途中、変な感覚があったのですが、なんだったのでしょう?』

『ああ、あれか。そいつはよく分かってはいないんだが』

『どうもスキャンをかけられたようですね』


 言い淀むダンの代わりにリンダの問いに答えたのはミランダだった。


『記憶領域を含めた大規模な探査が発生していました。それも恐ろしく精緻で、何ものをも見逃さぬような』

『黒雨を探してるんだよ。ウィルススキャンみたいなものだね』

『そうなんですの。けれども如何に瘴気が人工のナノミストだとしても、あの霧にそんなことが可能なのですか?』

『ここは浄化物質が濃いからねえ。ナノミストは集合するほどに処理能力が上がっていく、まさしく雲のクラウド・コンピュータだ。埼玉圏を覆うほどの規模のものだし、集合して別の機能の獲得もできるんだよね。おっと、それよりも見えてきたみたいだよ』


 ミケがそう言って目を細めながら正面へと視線を向ける。そして渚たちがさらに先へと進んでいくとやがて放電と霧が晴れ、そして


『すげえ……森だ。森がある』


 渚の視界に見渡す限りの大樹が並び立つ大森林とその合間から差す青空が映ったのであった。

【解説】

埼玉圏外:

 黒雨によって人間を排斥した結果、地球は汚染地域を除けばかつての自然の姿を取り戻しつつあった。その汚染地域も黒雨によって修復が行われて徐々に規模を狭めていることから、黒雨は想定通りの機能を現在も果たし続けていることがうかがえる。

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