第254話 渚さんとハニュウシティに入ろう
『随分とゴッツイな』
武装ビークルの上で警戒に当たっていた渚がそう口にした。
渚の視界に映ったのはハニュウシティという街。
そこは最前線と呼ばれている群馬圏との圏境を守るためにある街だ。
群馬。すなわち群馬県。渚の記憶では温泉とスキー場、嬬恋村のキャベツが浮かび上がったが、当然そんなものはもう存在していないはずだった。
そして渚の視界に映っているのは、クキシティ以上に積み上げられた鋼鉄の壁である。また壁の上部にはガンタレットが所狭しと並べられており、それが自分たちに照準を向けたことにも渚は気付いていた。
『ここは最前線の街のひとつだからな。あの壁も天遺物をバラして積み重ねて随分と分厚くなってる。メテオライオスの突攻にだって耐えられるだろうよ。それにこっちよりも群馬に面した北側の方がさらに厚みがあるんだぜ』
渚の横で共に警戒に当たっていたルークがそう返す。
クキアンダーシティを出た後、渚たちはクキシティから北上しハニュウシティへと向かっていた。それはニキータとの話し合いを経て、グリーンドラゴンを追い出すために必要な『とあるもの』を手に入れるためにここからさらに北の群馬圏へと入る必要があったためであった。
『ふぅ、厳重なのは結構だけど、あれだけの銃口を向けられているのはストレスが溜まるね』
ミケが険のある表情でそう口にする。珍しくミケに余裕がないのは、それだけハニュウシティの防衛力を脅威に感じているためだ。敵対しているわけではないとはいえ、対処が難しい状況にあることそのものをミケは嫌っていた。
『まあミケ、そう言うなよ。ここを落とされたらクキシティも危険なんだ。機械獣にデキソコナイだけじゃなく野盗も埼玉圏内の混乱を狙って攻めて来たことがあってな。それ以降はこちら側からの防衛も強化されたんだ』
『なるほど、外からも内からも……気の休まることがないようだね』
ルークの説明にミケはそう返しながらもやはりガンタレットに集中していた。
そうして渚たちの乗る武装ビークルは街の南門前までたどり着き、それから門番の男がガードマシンらしいロボットと共に近付いてきた。
『おい、お前たち止まれ。随分とご機嫌な格好をしてるじゃあないか』
そうフレンドリーに声をかけた男は、けれどもライフル銃の銃口を下ろすことはなかった。背後に控えているガードマシンも同様に警戒を緩めなかったが、そこに声をかけたのは渚ではなくルークだった。
『よぉ、ナッシュ。今は門番やってんのかよ?』
『は、ルークかよ。テメェ、無事だったのか!?』
ナッシュと呼ばれた男がヘルメットのバイザー越しに驚いた顔を見せた。どうやらふたりは知り合いのようである。
『なんとかな。まあ、こっちはお前のおかげでとっ捕まったわけなんだがな』
『勘弁しろよ。俺だって懲罰として、ここしばらくは休みなしの門番なんだぞ。ま、本命のブツは隠し通せたから被害は半分ってとこだけどな。今度は見つからないようにするからまた流せよ』
『お前にゃ二度と売らん。というか、こっちはデータをまとめて没収されてんだよ』
そのやり取りに渚がうんざりとした顔をする。
ここまでの話を聞いて渚はふたりがどういう知り合いなのかを悟っていた。なお、現在は動画のデータベースはミケに移っており、渚を介さずともミケ経由で動画の売買は行える状態となっているのでルークの言葉は正しくはない。ただ一度引っかかった相手に売りたくないというだけであった。
『で、何の用だよ。財産没収されてお前も前線送りになった口か?』
『いいや。そんなマヌケをするかよ。別に金に困っちゃぁいねっての』
『金?』
『ああ、このハニュウシティは外からの機械獣を迎撃してる。そんで外の機械獣ってのはアイテールをたんまり積んでるから稼ぎやすいのさ』
首を傾げる渚にルークがそう説明をする。群馬圏との境であるここでは日夜機械獣との戦闘があり、アイテールの回収には事欠かない。この埼玉圏で稼ぎをしたければハニュウシティなどの最前線近くの街を拠点とするのが一番であった。無論、相応の実力が求められるし、命の危険は他よりも群を抜いて高くはあるが。
『その声、女か? いや、ガキかよ』
渚の声にナッシュが眉をひそめた。
『おいおい、ルーク。新人育成の場にここはちょっと酷なんじゃねえの? 猫の手も借りたい状況ではあるのは確かだがよぉ』
『このドクロメットのお子様はこれで中々腕は確かだ。俺よりもずっとな』
『ちょ、マジかよ。いやドクロメットって確か最近も聞いたことがあったな』
『その話は後で思い出してくれナッシュ。それにしても最近はどうだよ。騎士団が抜けたのも聞いているし、こっちの状況も苦しいようじゃないか』
ルークの言葉にナッシュが肩をすくめた。
『そうだな。伝説のトリー・バーナムが復活したし、ヘラクレスも戻って来てくれたんだが……まだ手は足りない。ここ最近は外からも内からも騒がしいからな。正直ルーク、お前が来てくれたってのは素直にありがたいぜ』
(トリー・バーナムが復活……師匠がハニュウシティに行くって言ってたのはそういうことかよ)
前日にクキシティにたどり着いた際に渚たちはトリーと出会っている。そしてトリーがこのハニュウシティに向かうと口にしていたのだが、どうやらトリーは戦闘に参加しているようであった。ここまで引退を宣言し、クキアンダーシティの中に篭っていた老婆が今再び戦いの場に出た理由はいかなるものか……それは現時点での渚には分からない。
『こっちも色々あってな。ご期待にそえるかどうかは分からないが、今夜はいつもの酒場に寄るつもりだ。色々と土産話も多いから声をかけておいてくれ』
『そいつは楽しみだ。よし、通っていいぞ。ルーク様一行のお通りだ。丁重に門を開けなガラクタども』
ナッシュがそう言ってガードマシンに門を開けさせると、武装ビークルはゆっくりと街の中へと入っていった。そして彼女たちが最初に向かっていったのはハニュウシティの狩猟者管理局であった。
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「はっ、ルークか。わざわざこんなところに好き好んでくるとはな。それにガキがふたりに猫? こいつら、戦力になんのかよ?」
狩猟者管理局に到着した渚たちを呼び、そんな言葉で出迎えたのはハニュウシティ狩猟者管理局の局長アーガムという男だった。
渚たちを連れたルークが受付でいくつかのやり取りをした後、渚たちはこの局長室まですぐに通されたのである。
「ははは、実力の方は問題ない。それよりも散々だったようなアーガム局長」
「まったくだルーク。騎士団の腰抜けどもが逃げ出しちまって、今ここは大わらわだよ。ダンもオスカーも来ている。そこにお前も残ってくれりゃあ俺の苦労も幾分か減るんだがな」
その言葉に渚の目がパチクリと動いた。ダンとオスカー。どちらも渚が以前に出会ったことのある狩猟者だ。クキシティでは顔を見なかったから渚も気にはなっていたのだが、どうやらこのハニュウシティにいるようだった。
「オスカーは……まああいつは今稼がにゃならん時期か。ダンは義理だろうがな。けど、俺にゃそういう縛りはないし、残念だがやることもあるんだよ」
ルークがそう返すと、アーガムが眉をひそめた。
『ケッ、受付で受け取った情報には騎士団と地下都市の色がついてるって報告もあったが……お前、どっちかの犬にでもなったのか?」
「犬であることを否定するつもりもないが、飼い主はどちらでもないさ」
ルークの言葉にアーガムが「ふんっ」とだけ返して端末を取り出した。
元よりルークは狩猟者管理局の、ライアン局長の駒のひとつとして動いているし、その辺の事情はアーガムも察していた。それからアーガムは端末に映し出されたデータを指差してルークに尋ねた。
「こいつ。蛇型……グリンワームとかいう新型の機械獣やグリーンドラゴンの動向? こっちにまで情報が届いていなくて正直、状況が見えない。何が起きてるかまとめて話せ。あと、それにお前が来た理由もな」
「ま、分かってる限りのことは当然話す用意はある。それと俺らは来た理由だが、これから群馬圏に行こうと思ってね」
「は、正気か? 群馬だと!?」
アーガムが驚愕を顔に浮かべてルークを見た。
その地に入るならば一切の希望を捨てよ。それは先人たちが群馬圏に向かう者へと昔から告げてきた言葉だ。群馬とは死を体現した大地。人ならざる者たちの帝国。黒雨の領域であり、機械獣の楽園でもある。そんなことは埼玉圏にいる者であれば子供でも知っていることだった。だがルークは苦い表情で頷いた。
「ああ、そうだ。俺らはこの埼玉で起きている馬鹿騒ぎを止めるためにも群馬に行かなきゃいけない。残念なことにな」
【解説】
ハニュウシティ:
最前線と言われる群馬圏との圏境の近くにある街。
地下都市は存在せず、街の周囲は天遺物を重ねた巨大な壁に覆われており、無数のガンタレットという自動制御の重火器によって守られている。
腕の良い狩猟者たちの多くはここで機械獣を狩って稼ぎ、内地で金を使うことを繰り返している。