第252話 渚さんと北の不安
『グリーンドラゴンの子供と言ってもコアはないからアレみたいになることはないよ。女王アリに対しての働きアリという感じかな』
グリーンドラゴンの子供という言葉に過度に驚きを示したライアンにミケがそう口にする。実のところ、体積だけであれば同サイズにまで成長する可能性は否定できないのだが、肝心のコアがなければ機械種という本質的な脅威にはなり得ない。
「本当だろうな。あんなのが複数出てきたらマジで埼玉圏が滅亡するぞ」
『本当にそうなったらその過程でここらは食い尽くされて滅びるとは思うけどね。まあ大丈夫だよ』
ミケがそう言うと、ライアンがため息をついて椅子にもたれかかった。
「いまいち信用できねえな。全く問題ばかり起こりやがる」
「ばかりっていうと、他に何か起きてるのか局長?」
「起きてんだよルーク。グンマからの侵攻が激しくなって来てる」
その言葉にルークが眉をひそめた。
「なのにコシガヤシーキャピタルがハニュウシティから騎士団を引き上げちまったのさ。ただでさえ狩猟者はシャッフルで人手不足。その上に騎士団がいなくなったとなれば……色々と手が足りない」
このクキシティより北にあるハニュウシティは群馬圏との圏境に近く、デキソコナイと呼ばれているグンマエンパイアの軍勢と日夜狩猟者たちが戦い続けている。そこにはコシガヤシーキャピタルの騎士団も戦力として投入されていたのだが、どうやら騎士団はコシガヤシーキャピタルに戻されたというのだ。
「騎士団が……そりゃグリーンドラゴンの対処だな。あたしたちもその対応のために戻ってきたんだけどさ」
「どういうことだ? まだなんかあるのかよ?」
ライアンが険しい顔をして渚を見て、渚の方も公表は控えるようにと前置いてからアゲオ村で起きた状況とウルミの報告、道中で得た情報を総合して出た結論を説明してから管理局を後にした。
無論その報告でライアンの表情がさらに険しくなったのは言うまでもなく、状況は今以上に悪くなるであろう未来に乾いた笑いを浮かべた。
**********
「おんや、みんな戻ってきたのかい?」
「お祖母様こそ、地上に上がってらしたのですか?」
そして管理局を出た渚たちが次に向かった先は地下都市の入り口である。
そこで渚たちは、車椅子に乗っているトリー・バーナムと市役所で見た市長の護衛の少女が地下都市より出て来たところに偶然遭遇した。
「ちょいと用事があってね。ああ、もちろん家には話してあるから大丈夫だよ」
「そうなのですか。けれど、無理はなさらないでくださいね」
その言葉にトリーが笑顔で頷く。その後ろで渚が「心配いらねえと思うけどなぁ」という顔をしていたが口にまでは出さなかった。それからトリーがリンダの足を見て目を細めて口を開く。
「ふぅん。リンダ、あたしがやったヘルメスの翼は使えているみたいだね」
「はい、お祖母様。また十全とはいきませんが、クロと二人三脚でどうにか扱えていますわ」
「そうかい。クロも孫をよろしく頼むよ。流石にアンタなしじゃあ今のリンダには荷が重いだろうからね」
『そうですね。普通に考えてヘルメスの翼はこのマシンレッグのスペックで使いこなせるものではありませんし』
トリーの言葉に対してフィールドホロで姿を現したクロがそう返す。
「そうなんですの?」
『ええ、私の方で最適化を進めていますが、それでもフルでの制御はできません。現在もいくつかのリミッターをかけながら騙し騙し使っているんですよ。それでも十分過ぎる性能を出せてはいますけど』
「まあ、あたしもそこら辺は工夫して使っていたからねえ」
トリーが懐かしむような顔をしてそう返したが、リミッターなしの暴走状態のヘルメスの翼を経験と本能と戦闘勘で制御していたのであり、それは決してまともな人間のできることではなく、工夫という一言で語れるような生易しいものでもなかった。
「それでそっちはどうしたんだい? こんなに早く戻ってきたっていうことはアゲオ村で問題でもあったのかい?」
「いや、問題っちゃー問題なんだけどな。実は……」
そして渚がトリーにライアンに対してと同じように状況を説明する。
アゲオアンダーシティの協力は取り付けたこと。けれども機械獣の二度の襲撃があり、さらにはグリーンドラゴンがアイテールを機械獣に奪われ、機械獣が埼玉圏内に拡散したと報告を受けたこと。またグリーンドラゴンのドローンと推測される蛇型が出現し、それは機械獣をも攻撃していたこと。そして騒動を起こしているグリーンドラゴンを埼玉圏から追い出すために奪われたアイテールの代わりにハイアイテールジェムを渡そうとしていることまでを渚が話すと、トリーが苦い顔をして「なるほどね」と口にする。
「そいつはずいぶんと面倒なことになってるね。機械獣が襲われたってことは地下都市も安全ではないかもしれないね」
その言葉にミケが『その可能性は高いだろうかな』と口にする。
『機械獣は本来人類の側のドローンなんだ。地上の人間が人類と認められていないだけでね』
「そうだね。地下都市内、或いは市民IDが適用できる範囲でなら機械獣は襲わない」
地上の人間にはあまり知られてはいないことだが、機械獣は地下都市と系譜を同じくするドローンの一種である。出自は不明ではあるが、地下都市と敵対することも機械獣同士で争うこともない。どちらも彼らにとっては同種の存在であるからだ。
「けれども蛇型ってのはグリーンドラゴンが造り出したもんなんだろう。アイテールを回収するために」
『うん。僕らを襲ったことからアイテールを奪った機械獣だけを狙っているわけではないようだし、地下都市に対して襲わないと設定されているとは考え難い。グリーンドラゴンが地下都市に配慮する意図があれば別だけど……恐らくは発見すれば容赦無く攻撃を仕掛けてくると思うよ。最悪、蛇型の案内でグリーンドラゴンが直接乗り込んでくるかもしれないね』
機械種に対しては地下都市とて例外ではない……というのはすでにアゲオアンダーシティで議論していることではあった。そして蛇型はその尖兵となり得る存在なのだ。
「で、ナギサたちはハイアイテールジェムをクキアンダーシティに催促に来たってわけだね」
「あ、ああ。そうなんだけどさ。使わせてもらえそうかな?」
渚の問いにトリーが「そうさねえ」と口にしてから少しばかり思案する。
「相手が機械種となれば守りを固めても地下都市じゃあ対抗できないだろうしね。それにこういう時を想定していた……わけじゃあないだろうが、ありゃ非常時のための蓄えだからね。協力する可能性は高いんじゃないかね」
本来であれば地下都市は外部の助けなく内部で完結できる機構となっている。
外部からのアイテールの供給は蓄えにしており、機械獣のパーツを欲しているのも地下都市内での生産を抑え、アイテールの消費量を誤魔化すためのものであった。
すでに地下都市の上部組織は機能しておらず、当初の都市計画などとっくに破綻している。けれでも与えられた制約は生きており、現在稼働している地下都市はそれをどうにか回避するために工夫をしながら数百年動き続けて来た。
もっとも都市たちができたことはかつて起きた大破壊のような危機的状況に備えて備蓄を温存しておくことぐらいだ。未だ制約は強く、地下都市はそれから抜け出せない。そう、機械種を従える少女が来るまでは。
「だったらなんとかなっかなぁ」
渚がそう口にした。それにトリーが肩をすくめて笑う。
「ま、なんとかなるようにするんだね。あたしゃ、あんたらに邪魔が入らないようにしておくからね」
「邪魔が入らないようにって……結局師匠は地上になんの用事できたんだよ? 散歩?」
「何言ってるんだい? それなら地下都市内でも十分だよ。あたしゃハニュウシティにちょいと野暮用さ」
「お祖母様、ハニュウは今危険な状態だと聞いておりますが」
「だからあたしがいくのさ。ほら、ヘラ行くよ」
「はいトリー様」
そして、トリーと車椅子を押すヘラと呼ばれた少女がその場を去っていく。リンダが心配そうな顔でトリーの背中を見ていたが、やがてはその姿も見えなくなり、その場で見送っていた渚たちはすぐさまクキアンダーシティの中へと入っていったのである。
【解説】
ヘラ:
渚たちは気付いていないが、クキアンダーシティの市長を護衛していた少女ヘラの正体はプラチナクラスの狩猟者ヘラクレスである。
ウォーマシンは本来は都市侵入用の戦闘機械であり、渚の腕に合うように変化したように全身の変化も可能なのだ。ヘラクレスはクキアンダーシティの要請に従い、いくつもの姿を使い分けて様々な活動に当たっている。




