第247話 渚さんと滅びの都市
「ウルミ、俺はもう団長ではないぞ」
突然現れて部屋に入ってきたウルミにマーカスがそう返す。それにウルミが肩をすくめながら「あーそうだったわね元団長」と言葉を返した。
「今じゃあナギサのアゲオアンダーシティ復興計画委員会とかいうのに再就職したんだったっけ。ガヴァナーが許可したとはいえ、随分と思い切った転職をしたわね」
「それこそが母上の希望、我々の未来……それらを得るために俺はここにいる。騎士団を抜けたことに対して思うところはあるだろうが、そう遠くない内にこの判断が誤りではなかったと証明してみせるさ」
「そう願いたいわね。騎士団には納得出来ていない者も多いのよ。特に現団長様とかね」
ウルミがそう返すと、マーカスが少しだけ苦い顔をした。
ガヴァナー・ウィンドの計画と、それから取りこぼされるであろう人々を救う渚の計画。そのどちらをも成功させるためにマーカスは現在行動している。とはいえ、自分が抜けた穴を埋めざるを得ない騎士団に対して申し訳ないという気持ちはあった。
「分かった。アレとは一度話をしてみる。それで、お前はコエドベースの指揮をとっているはずじゃあなかったのか?」
少なくともマーカスが最後に聞いていた話ではそうだった。
「ジンロに任せたわ。私はあまりそういうのに向かないから」
「ウルミ……」
「怖い顔しないでくれる? 冗談よ。いつもの速度で連絡してたら間に合わないから、私が出ているってわけ」
ウルミが笑ってそう返した。強化装甲機を装備していたとしても機械獣との遭遇に注意を払いながら最速で瘴気の霧の中を移動できる者などそうはいないということである。それから、そのふたりの間を割って入るようにミケがニャーと鳴いた。
『無駄話はいいよ。ウルミ、君も急ぎここに来たのだろう。何かあったのかい?』
「ええ、半分はすでに終わっていたけどね。クキシティでアゲオ村に機械獣の襲撃があったという話を聞いて、急いで来たのよ。けど、まったく問題なく撃退出来たようだし、借りを返す機会はまたにするしかないみたいね」
ウルミがそう言って肩をすくめる。どうやら緊急の用の半分は、増援であったらしい。それからリンダがウルミに口を開く。
「では、残り半分はなんですの?」
「それがね。グリーンドラゴンの状況がまた変化した。それを伝えに来たわ」
それに全員の表情が険しくなり、そしてウルミがグリーンドラゴンと機械獣の戦闘の顛末を話し始めた。またミケたちも襲撃してきた機械獣のことをウルミに伝え、状況の深刻さがより一層共有されることになるのだが……けれども彼らの予想よりも早く、さらに事態は大きく進行しつつあった。
それはアゲオ村より南にあるカワゴエシティですでに起こっていたのである。
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『もう駄目だ。避難民は下がらせろ』
『ここは廃棄する。間に合わない者は置いていけ』
『下がれ下がれ。死んじまうぞお前ら』
カワゴエシティ。そこでは現在叫び声、怒声、悲鳴、あらゆる負の感情の音が鳴り響いていた。今や街の中は戦場だった。今まで見たこともない『蛇型の機械獣』の侵攻によって、住人は襲われ、狩猟者とコエドベースに待機していた騎士団が防衛に当たっていたのである。
『くっ、アンダーシティは?』
『閉鎖しやがった。畜生。連中、地上なんてどうでもいいと思ってやがる』
『そんなのは最初から分かっていたことだ。いまさらだろうが』
口々に告げられる言葉の中に希望はなく、中でもカワゴエアンダーシティが入り口を閉鎖してしまったことは彼らの焦燥をかき立てるには十分過ぎた。
『だが、何故だ。機械獣は地下都市には入らないはずなのに』
『いいから動きやがれ。クソが。ウルミのやつがいない時に』
『あんたが使いっ走りにしたんでしょうが』
『うっせえ。団体行動できねえんだから適材適所だろうが』
そう叫んでいるのは上級騎士ジンロだ。かつて渚とコエドベースで決闘を行なったこともある彼が現在指揮をとり、住人の避難を誘導していた。
ウルミはジンロの言葉の通り伝令として動いているが、とは言ってもジンロとてウルミを軽く見ていたわけではない。現在の刻一刻と状況が変化する中で、なるべく早く機械獣と遭遇したとしても単独で撃破できるような伝令役に一番適していたのがウルミだったというだけのこと。もっとも今となってはその判断を是とすることはジンロにもできない。
『一体どういうことだ? こんな機械獣見たことねえ。いや、本当に機械獣なのか?』
今まで遭遇したことも、報告を受けたこともない機械獣を引きずりながらジンロが唸る。
彼は戦いの最中、地下都市の入り口にいるガードポリスが蛇型の機械獣に襲われたのを目撃していた。そしてその直後に地下都市が閉鎖されたのも。
(機械獣は地下都市には干渉できねえ。それが大前提だったはずだ。けれども、アレを見て地下都市も理解したのかもしれねえな。アレは自分たちをも害する存在なのではないのかと)
だからこそカワゴエアンダーシティは自衛のために入り口を閉鎖したのだろうとジンロは考えていた。そう、ジンロが引きずっている蛇型の機械獣は地下都市を忌避していないのだ。それはこれまでにはない状況だった。
『まさか……アレは地下都市をも対象とした新型なのか?』
そうジンロが考えていると、ガコンと地上から伸びたいくつもの排気口が締まっていく音が聞こえた。
『隊長!?』
『はっは、こりゃあこの都市はもう完全にお終いだな』
ジンロが引きつった笑いを浮かべる。地下都市の排気口が閉まるという事実は大きい。それはすなわちナノミストが排出されなくなるということであり、瘴気の除去機能が消えたことを意味する。もう一時間もすれば、この都市は瘴気に包まれエアクリーナー無しでは生きられない死の都市へと変貌する。それはもう逃れられない現実だった。
『撤退だ、撤退。カワゴエシティを放棄。生き延びた避難民を連れ、コシガヤシーキャピタルに帰還する』
『それではグリーンドラゴンの調査隊は!?』
『運が良ければ生きてるさ。それよりも俺たちの方が不味い。この状況では全滅の可能性もあるぞ』
ジンロが叫び、騎士団全員が迅速に行動を開始する。それは現状からすれば最善に近い判断と行動だっただろう。けれども、それでは足りないのだ。
騎士団の保護が間に合わなかった住人の多くは蛇型の機械獣に虐殺された。
隠れることに成功した者たちも瘴気に蝕まれてもがき苦しみながら死んだ。
撤退した騎士団と避難民たちも蛇型ではない機械獣の襲撃を受け、さらに多くの命が散っていった。
そして渚たちが二度目の襲撃を退けアゲオ村が救われた日、カワゴエシティは壊滅した。
【解説】
蛇型の機械獣:
瀕死の上級騎士ジンロが持ち帰ったその機械獣の残骸を解析した結果、構造は従来の機械獣とはまったく異なるものであることが判明し、また機械種反応も確認できた。
状況からグリンワームと名付けられたソレは機械種グリーンドラゴンのドローンであると断定された。