第244話 渚さんとクロスファイア
『来ましたね。ええ、来ました。我が世の春が来ましたよ。なんと本日撃ち放題。マスター公認。今日という日を私は永遠のメモリーとして記録に残し、外部装置にもバックアップを取って保存しておくことでしょう』
『ハァ……なんで、私がこんなことを……村人はみんな地下都市に行ったというのに……ハァ』
村の西門前。そこには狩猟者たちに混ざって強化装甲機を装着して意気揚々とガトリングレーザーを振り回すミランダと、顔を青ざめさせながら搭乗型多脚戦車のスパイダーロードに乗っているミランがいた。無論どちらも渚たちの要請によりこの場にいるのである。
すでにメディカロイドとしての本質を見失いトリガーハッピーに目覚めつつあるミランダが参加するのは当然としても、地下都市からの派遣員であるミランが戦闘に参加したのは彼女しかスパイダーロードを操縦できる人間がいなかったためだ。
着込むというのが正しい仕様で多少扱う程度ならば直感的に操作ができる強化装甲機に比べて、スパイダーロードの操作には専門的な操縦技術が必要であった。そしてミランはスパイダーロードではないが同系統のワーカーマシンの操作の研修をカスカベ町の管理官となった際に受けていたのだ。
『いえいえ、メディカロイドとして皆様の身体を考えれば害となるものの排除が必要だとの判断ですから。まったく、仕方がありません。ええ、仕方がありませんとも』
『あー、誰か代わってくれませんかねえ。私、戦闘とかできる人じゃないんですけどねえ。ハァ』
ミランダとミラン。名前の似ているふたりは対照的な反応を見せながら待機し続けていた。一方で離れた場所では、ミランダと同じように強化装甲機を来ているリミナがいた。
『こいつを着るのも久しぶりだねえ。以前は役に立つ前にぶっ壊しちまったけど』
かつてメンテナンス不備により強化装甲機を壊したことがあるリミナが機械に覆われた己の腕を見る。操作のレクチャーも調整もミランダから受けているので使用にも支障はない。他にもふたりの狩猟者が強化装甲機を装備しており、ミランダとリミナにそれぞれ付けられていた。それらは当然、地下都市より提供されたものだ。
『ま、これと渚の指示通りに動けりゃあ確かになんとかはなるだろうね。それでミケ、バリケードはちゃんと設置できたのかい?』
リミナがそばにいる二体目のスパイダーロードに問いかけると『大丈夫だよ』というミケの声が返って来た。実のところ、つい今までミケとミランのスパイダーロードは正面の平地に仕掛けを施していたのである。もっともバリケードはまだ起動していないためにリミナの目では本当に設置が完了したのかが分からない。
『問題なく終わっている。ミランは泣き言が多かったけどログを見る限りではキチンと仕事をしてくれている。彼女は優秀だね』
『そうかい。ならいいけど。しっかし地下都市から武器を提供させるとはね。交渉はうまくいったんだね?』
『多分ね』
『多分?』
首を傾げるリミナにミケが頷いた。
『うん。僕はバックアップ用だからね。地下都市からAIの情報の送受信は規制されてるから地下で何が起きたのかは知らないし、こいつを動かせる人手がいないから起動しただけなんだよ』
黒雨対策もあるが、魂という楔を得た知性型AIのコピーは精神の崩壊を招くことがあると知られている。便利だからと自身のコピーを遠隔操作代わりに使い続けることはアイデンティティの喪失を招き、廃AIと化すこともあるのだ。これはAIの精神構造が人間を模倣したためであり、弱点もそのまま受け継いだ結果であった。
ともあれ、今のミケには特にそういう心配もなく自身を管理することが可能で、複数のコピーを同時に操作もできる。そして地下に降りた生体ドローンのミケは今も渚と共に地上に向かっており、このスパイダーロードに乗っているミケは武装ビークル内に待機していたバックアップAIだった。
『しっかし、そっちのスパイダーロードの旦那といい姉さんといい余裕っすねえ。本当に大丈夫なんですかい?』
『ビビってんじゃないよ。ナギサがお膳立てしてくれたんだ。勝てる戦いさ』
強化装甲機に乗った狩猟者の声にリミナがそう返す。なお彼女たちが乗っている強化装甲機は渚たちが手に入れたものと同じ兵装であり、手持ちのガトリングレーザーとバックパックウェポンにレールガンを装備されていた。
そのほかの戦闘準備も進んでいる。村人の避難もすでに行われていて機械獣が来る頃には収容は完了しているだろう。何よりも地下都市がバックアップしているというのは大きい。最悪、戦っている彼らもガードマシンを気にせずに地下都市に退避することができるのだ。そして機械獣は地下都市へは侵入しない。確実なセーフゾーンが存在しているという事実は何よりも大きかった。
『うぬ、ヤツらが来たようじゃな』
そして、バックアップミケの乗るスパイダーロードの上に陣取っている眼爺がそう声をあげた。正面を漂う瘴気の霧は普通に視認した限りではまったく分からないが、眼爺のマシンアイは迫る機械獣の群れを的確に捉えていた。またその情報を有線で与えられたバックアップミケも武装ビークルから持って来たセンサーヘッドを介してすぐさま周囲の狩猟者たちへと送信し始める。
『お、見えてきた』
『こいつが眼爺の見ている世界かよ』
『クソッ、安物のメットじゃ映んねえか』
それは渚の箱庭の世界の下位版であり、眼爺が得た機械獣のデータをバイザーに表示させたものだ。無論接続可能なメットに限るが、半数以上の狩猟者のバイザーには簡易計測された機械獣の姿が映し出され始めていた。
『視界良好。これならタイミングも合わせて撃ち始められるってもんさ。そんじゃ』
リミナがガトリングレーザーを構え、その場にいる強化装甲機乗りの狩猟者と、離れた位置にいるミランダたちもガトリングレーザーを構えていく。
そして瘴気の霧が揺らぎ、機械獣の影がわずかに視界に入ったと同時に
『ってぇええ!』
リミナのかけ声で左右に陣取られた強化装甲機から一斉にガトリングレーザーが放たれ、十字砲火によって迫るランドスモールオッターたちが次々と破壊されていったのである。
【解説】
ワーカーマシン:
作業用ロボットのこと。カスカベの町での作業は基本オートメーションであるためにミランも実際に使用することはなかったが、管理官はイレギュラーが発生した際にマニュアル操作で作業が可能なように教育されていた。今回、初めて役に立ったようだ。