第241話 渚さんと眠る資源
「って、わけだ」
全員が集まった後、渚がミケの補足を交えつつ、この場に来た目的をプロミスに説明した。
つまりパトリオット教団の竜卵計画よりイレギュラー的な形で生まれた機械種ミケの自己進化能力を利用して廃棄された地下都市を復活させるためにこの場に来たのだということ、すでにコシガヤシーキャピタルとクキアンダーシティの協力も取り付け、他の地下都市や狩猟者管理局もそこに参加するであろうこともプロミスに説明していく。
一方で尻尾を介した有線通信により、ミケは浄化物質のタイムリミットについてもプロミスには説明していた。この場においてはまだルークだけはそのことを知らせていない。信頼の有無に関わらず、必要がなければ触れ回らぬ方が良いという判断がそこにはあり、この場で直接口にするわけにはいかなかったのである。
『アゲオアンダーシティ復興計画委員会。機械種様の都市。なるほど』
プロミスがうんうんと頷いている。どうやら渚たちの提案に好意的であるようだった。
『ニキータ嫌い。けど、計画には賛同する。アゲオコアも了承した』
「アゲオコア?」
『アゲオアンダーシティのマザーAIだよ渚。プロミスの上司みたいなものだね』
首を傾げる渚にミケがそう補足した。
「マザーAIはプロテクトが強力でリアルタイムでの応答はないと聞いているが」
『確かにマザーAIは引きこもり。今もリアルタイムではない。ただプロテクトレベルを落として、通話レベルでの情報のやり取りをしている』
マーカスとミケのやり取りにプロミスがうんうんと頷いている。
(どういうことだミケ?)
『マザーAIは物理、電子の双方から侵入を及ぼす黒雨対策のためにほぼ完全に密閉された場所の装置に宿っているAIなんだよ渚。情報のやり取りにも相当のフィルターを通すからね。今は彼らがそれだけちゃんと話しを聞いているってことだね』
(なるほど)
『まあその代行であるのが彼女、支配者AIだ。おおよその指示は彼女が行う。ただマザーAIの許可が得られない場合、黒雨に属していると判断されれば最悪、この階層まで破棄される可能性があったわけだから悪い状況ではないよ』
ミケがヒゲを揺らしながら、そう返した。
「じゃあ、ここを直すために協力して……いや、あたしらが協力させてもらうってのは問題ないんだな?」
『いくつか問題はある』
プロミスの返しに渚たちが眉をひそめた。
『まず資源。こちらはある程度の解消は可能』
「どういうこと?」
『貯めているんだねアイテール』
ミケの指摘にプロミスがコクリと頷く。
『回収もし続けているし、アイテールの鉱脈もある。推定総量から概算。おおよそ地下都市としての機能の58パーセントを回復できると予測されている』
廃地下都市となってから五百年。修理と年間維持費、またアイテールの採掘についても他の都市ほど対応できているわけではないため、これまでの全ての時間で手に入れたアイテールを貯めているわけではないが、それでも膨大な量のアイテールがこの地下都市には存在している。
『年間予算にも回されないものがある。現時点でも57パーセントの復旧は可能』
『それは君たちの計算の範囲での話だね。僕の本体なら二桁台での復旧率は見込めると思うけど……』
「じゃあ、そいつを使えば修復できる?」
渚の言葉に、リンダたちが期待を込めた目をミケとプロミスに向ける。
『肯定。けれども、今は無理』
「なんでだよ?」
『機械種様の命令のプライオリティは高い。けれどもゲスト。コアAIを完全に制御下には置けない』
『つまりは僕の機械種としての本体によってここを制圧しないとダメってことかな』
『肯定。必要』
「制圧……いいのかよ、それ」
渚が難しい顔をする。渚にもいかなる困難があろうともそれを打ち破ろうという覚悟はあったが、横暴にことを進めたいわけではない。けれどもプロミスが『肯定』と返した。
『この地下都市は死んでいる』
「いや、生きてはいるだろ?」
現にプロミスはいて、ガードマシンも動いている。けれどもプロミスは首を横に振った。
『ただ動いているだけ。いつか朽ちゆくまでただ息をしているだけ。生きているとは言わない。それは我々も望んではいない』
『我々? つまりはアゲオアンダーシティの総意と受け取っていいのかな?』
目を細めて尋ねたミケの問いにプロミスは『消極的肯定』と返した。
『アゲオコアは制圧を望むことを口にはしない。軍による接収を良しとは言わない。けれども閉塞し、窒息し死ぬのを受け入れるつもりもない』
それからプロミスがこう告げた。
『私たちは生きたい』
その言葉に渚も、リンダやルークたちも何も言い返せない。それは長きに渡り、この朽ちていく地下都市の中で存在し続けた彼女らの意志であると感じられた。そして、ミケが頷いた。
『では、結論は出た。君たちもアゲオアンダーシティ復興計画委員会の一員だ。もっとも』
ミケが天井を見る。
『まあ、君たちの協力を得たとしても大きな問題はあるんだけどね』
ミケの視線は天井の先、地下都市の先、地上よりはるか上空に存在する天国の円環へと向けられていた。
『プロミス、グリーンドラゴンと呼ばれる機械種のことは?』
『存在自体は。今外にいる?』
「埼玉圏の真ん中にいて機械獣と睨み合いしてますわ」
『なるほど。それは厄介』
「確か、機械種同士が接触すると……天国の円環から攻撃が飛んでくるっていうヤツだったか」
一応の概要は聞いているルークの問いにミケが『そうだね』と返す。
『地上での機械種同士の接触は僕も反対だ。どうなるかの予想がつかないからね』
「そこら辺イマイチ分からないんだけどな。機械種ってのは大昔の兵器なんだろ。接触すると何が問題なんだ?」
『機械種は自己進化をする新しい生命体だ。単体でも進化はできるが、グリーンドラゴン規模が関の山だろう』
「充分過ぎるだろ、それ」
『その通りだ。だから問題なのさ』
その言葉にルークが眉をひそめる。
『機械種は互いを観測し合うことで多様性を生み、爆発的な進化を遂げる。これは生殖行為……いや繁殖行為に近い。人間の目にはパンデミックに近いものに映るだろうね』
「そうなるとこの埼玉圏も危ないってことか?」
『規模が違うよ。かつてキベルテネス級と呼ばれる兵器があったが、それは最大規模では大陸を切り裂くほどの威力があった。いや大陸では分かり辛いか。この埼玉圏を蒸発させるほどの規模の攻撃を行える兵器だったと考えればいい』
「昔そういうものがあったのは聞いたことはある。超文明時代のものだな」
ルークがそう返す。かつて人類がエイリアン・ウォーと呼ばれる外宇宙の生命体との戦争で用いた兵器は想像をはるかに超えるシロモノであったことはルークたちも知ってはいた。そして天国の円環という巨大建造物の存在がただの空想と断じることを許さなかった。
『それすらもまったく意味をなさないものに変えたのが機械種という存在だ。機械種が全力を出せば惑星を破壊することは困難だとしても表層を削り取ることなど造作もない』
大陸が消し飛ぶぞ……という話であるが、今の時代にそれを多少なりとて把握できるのはこの場では渚、そしてAIであるクロ、プロミスぐらいであった。
「そんなもの、兵器と言えるのか?」
『そもそもが地球圏内で使うことを想定していないからね。まあ、それでも無秩序の暴走ではないけれど……そんなことは象を前にした蟻よりも小さい存在の君たちには意味のない話だ。どうあれ埼玉圏は終わる』
「それを防ぐために天国の円環は監視をしているんだったか」
渚の言葉にミケが頷いた。
『そういうことだね。だから天国の円環による監視自体は正しくはあるし、僕の本体も相手との接触でどうなってしまうか予想がつかないから、近付けるつもりもない』
「だけど、グリーンドラゴンがいる限りはミケの本体はここに持ち込めないって話だったよな。つまりはグリーンドラゴンをどうにかせにゃならんってわけだろ。できるのか、それ?」
「それについては騎士団で調査しているところだ。我々の戦力では勝てないにせよ、あれを追い出すのなら」
『問題が発生』
突然プロミスがマーカスの言葉を遮り声をあげた。それにマーカスも少しだけ不満そうな顔をしたが、問題が発生したと聞いてはひとまずは聞かねばと耳を傾ける。
「問題ってなんだよプロミスさん?」
『地上にアイテール回収型ドローンが多数接近している』
「なんだ、それ?」
首を傾げる渚にプロミスが『地上では機械獣と呼ばれている』と返した。
そして、その言葉を聞けばこの場の誰もが状況を即座に理解できた。多数の機械獣がアゲオ村に近付いてきている。無論挨拶に来たわけでも、偶然近付いたわけでもないだろう。
『個体数は昨日の五倍。推定される戦闘評価は八倍以上。このままなら地上の集落は壊滅する』
【解説】
アゲオコア:
アゲオアンダーシティの中枢AI。地下都市内では最大の権限を所有している。とはいえ、基本時にコアAIが何かしらの対応することはなく、通常は支配者級AIに任せて、自分はバックアップシステムに近い役割を担っている。
過度ともいえるほどのプロテクトがされているが、それは物理的、電子的にも侵入を行う黒雨への対策のため。