第024話 渚さんとウキウキの相棒
「またねえ。リンダ、ナギサ、みんなー」
渚が村に辿り着いた翌日。
村の入り口でリミナやミミカたちの見送りを受けながら、ビークルが動き出して狩猟者たちが出立していく。
そのビークルの上には渚とリンダが、ビークルの操縦はミランダが行っている。
またビークルの速度は徒歩に合わせられていて、周囲には狩猟者たちが取り囲んで警戒に当たっている。彼らは、昨日に渚に治療されたメンバーと、街に戻ることを希望した狩猟者たちであった。
『ミランダ、運転は問題ないか?』
『はい。お任せを。私にはドライビングテクニックもインストールされております。重傷者を輸送したまま峠を最高速で走ることも可能です』
『多芸だな』
渚が呆れた顔でそう返す。
この治療用ロボットのミランダだが、確認したところ、家事全般もインストール済みのようで、今の渚にとっては非常にありがたい存在であった。
その便利さぶりには出立の見送りに来たバルザが非常に悔しがっていたが、すでに渚の所有物になってしまったし、マスター登録されているためにもはや渚の命令しか受け付けない。
なお、今のふたりの会話はビークルの屋根を通した接触回線で行われているものだ。村を離れた途端に浄化物質、リンダたちの言葉では瘴気によって無線などの非接触通信は障害が起こるために通常は接触型通信か有線、或いは会話や手振りによっての連絡手段を持つことが狩猟者には求められるとのことであった。
『もう、見えなくなっちまったか。本当にこの瘴気ってのは厄介だな。晴れることがないんだろ?』
アゲオ村の姿はもう霧に覆われて、まったく見えなくなっている。この世界では、ほとんどが霧に覆われ、視界が制限されてしまう。
『ええ。けれども、朝はまだマシなのですわ。霧も明け方は薄れますのよ』
『そういや、昨日に比べると薄いな』
わずかにだが空の青さも確認できている。
『もっとも、視界が明るくなるのは機械獣も同じですし、アイテール反応も察知されやすくなるのですけれどね』
『一長一短ってことか。まあ、警戒しながらの移動が必要なのは分かったよ。こう路面が荒くちゃ、かっ飛ばすってわけにもいかねえしな』
クキシティまでの道のりは比較的平坦ではあるとの話だが、舗装された道路と違って凹凸も多く、ビークルなどの車両が全力で走るのには向いていないのだ。
『それでも徒歩よりは早く移動できるのですが、ただ高速で走らせるとアイテール反応で気付かれる可能性も高くなりますし、同速度で動けるスケイルドッグなどに襲われたときには対処が難しいのですわ』
リンダが渚にそう説明する。それは結局のところ、地道に安全を確認しながらの移動こそが最善なのだという話であった。
渚の所持するビークルの装甲は頑丈だが、機械獣相手にどこまで保つかは分からない。実際リンダたちがシティに戻る際に使用していたビークルもアーマードベアに進路を妨害されて途中で放棄しているとのことだ。今回、その回収についても可能であればする予定であった。
『なるほどなぁ。サンキュー、リンダ。そういう忠告は助かるぜ』
『あ、相棒としては、と……当然ですわよ』
渚の言葉に、リンダが少し顔を赤くしてそう返す。
その様子に渚の横で丸くなっているミケが『なつかれたかな?』と口にした。
(いや、猫みたいに言うなよ。けど、リンダにとってはコンビを組むってのがそんなに嬉しいことだったんだな)
渚がミケをチラ見しながら、心の中でそう返す。
なお、当然のことながらミケの姿は渚以外には見えていない。
『そうだね。君が了承してからずっとあの調子だ。リミナから薦められたとは言っていたけど、彼女にとってはとても嬉しいことだったんだろうね』
ミケの言葉通り、渚はリンダとのコンビを組むことを昨晩に了承していた。
まだ状況もおぼつかず、先がどうなるかは分からないとも口にはしたが、狩猟者としてひとまずはやってみようという気が今の渚にはあった。
リンダの方もリミナに言われてとは口にしたものの、コンビを組めたことを素直に喜んでいるようだった。
『まあ、年相応の反応だと思うよ。周囲の狩猟者たちを見なよ。リンダと気が合いそうな相手がいるように見えるかい?』
(いや、ムサいおっさんばかりだからなぁ)
周囲を取り囲んでいるのは二十代か三十代の男たちばかりだ。尚且つ、渚の言う通りにムサいという言葉が似合う者たちしかいない。女性はもちろん、同年代らしき男性もその場にはおらず、プチセレブじみた雰囲気のあるリンダと比べると相性が合う者がいるとは思えなかった。
『そこに現れた同年代、同性の仲間だ。まあ、そりゃあ嬉しいだろうさ』
(そういうもんか。ま、リンダが嬉しいんなら、あたしも嬉しいけどな)
渚が心の中でそう嘯く。渚にしても悪くない気持ちではあった。
ミケの言う通りにリンダが同年代の同性ということもあるのだろうが、単純に自分がひとりではないということを実感できるのは良いものだと思っていた。
『ナギサ、ボウっとしてないで周囲を警戒してくださいませ。ぱ、パートナーとして恥ずかしくないようにしてくださいましね』
『ああ、悪い。にしても』
渚がそう言って周囲を見回す。
渚の視界は、全天球監視カメラと連動してミケによってフィルタリングされた映像も映し出されている。リンダたちも周囲を警戒しているが、実のところ精度は渚の方が断然上であり、尚且つ同じ視界以上のモノを見ているミケに隙はない。
『岩と変なガラクタばかりだな。岩もそうだけど、あのデッケエ鉄の塊はなんだよ?』
『あれって、天遺物のことですの? ああ、確かに記憶がないのは大変なのかもしれませんわね』
『どういうことだ?』
首を傾げる渚にリンダがスッと手を挙げて、南の空を指差した。
『それは、ここでは常識以前の問題なのですわ。ほら、アレをご覧なさいな。何か見えません?』
『ん、上? お、なんか線が二本……ある?』
渚が見上げると、薄っすらとだが二本の線が南の空に並んでいるのが見えた。霧でほとんど確認できぬし、言われねば気付かぬほどではあったが、確かに空を二本の線がよぎっているのだ。
それは右から左へ、霧で見えぬところまで続いている。その状態から霧さえなければ地平線に沿って見えただろうと予測できた。
『なんだよ、あれ。よく分かんねえけど、恐ろしくでかいんじゃないのか?』
遥か上空を横切る何か。そんなものは渚の記憶にはないものだ。
そして、リンダが渚にこう告げた。
『あれこそは旧文明があったという確かな証なのですわ。天国の円環、かつて存在していた人の楽園の名残だとも』
【解説】
瘴気:
ミケが浄化物質と呼んでいるものの現地人の呼称。
地上に広がる白い霧であり、早朝は若干薄まる性質がある。
人間に害あるものと認識されているが、その本来の役割は……