第233話 村長さんと酒呑み仲間
渚たちとバルザ、リミナとの情報のすり合わせも終了し、村の状況も一通り落ち着いたところで渚とリンダはミミカと再会した。そしてふたりはリミナとミミカの家に泊まることになっていた。
また武装ビークルにはミケ、ミランダ、マーカス、ミランが泊まることになっているため、以前のように何かをされるという心配もない。
そして夜もふけた頃、村長の家ではバルザ、リミナ、ルークの三人が集まり酒を酌み交わしあっていた。
「ふぅ、なんとか乗り切ったな。昼間はもう駄目かと思ったが……全く世の中何が起こるか分からんな」
バルザがため息混じりにそう口にして、酒の入ったグラスを飲み干した。
「しっかし、こいつは久方ぶりの上ものだな」
「アンダーシティ産。あのミランって人の、贈り物だからなぁ」
「いつもの酒が飲めなくなりそうだね」
ルークとリミナがそれぞれそんなことを言いながらチビチビと酒を飲んでいる。地上では嗜好品の類は原則として制限されており、それらはVRシアターでの疑似体験で補うようになっているんだが、VRシアターでは酔いまでは再現してはくれないのだ。そのため、上等な酒というのは非常に価値のあるものとして闇市場などに出回っていた。
「それで、実際のところどうなんだよルーク。テメェはこっちよりなんだろ?」
「そっちよりっつーか、俺は狩猟者管理局よりですかね。ま、最終的には渚とリンダよりってことにはなりますが」
「ふん。コシガヤシーキャピタルとアンダーシティよりじゃあなけりゃあ問題ねえんだがな」
「ははは、そりゃ難しい話だ。ナギサはコシガヤシーキャピタルより、リンダはアンダーシティよりではあるんでしょうしね。だからライアン局長が慌てて俺をねじ込もうとしたってわけだ。俺はもう少し様子見たかったんですが」
ルークがそうぼやく。実際、このアゲオアンダーシティ復興計画委員会の話を聞いた後にルークが参加を保留にしたのはまずは外から何が起きているのかを調べようとしたからだ。渚とリンダが大きな流れに飲まれているのは間違いなく、その見極めを彼はしたかったのだが、焦ったライアンに無理やり組み込まれたのが現状であった。
もっとも想像以上に大掛かりな話ではあったし、のちにどの程度食い込めるかも不明であったため、ライアンの判断が間違いだったとはルークも今は思っていなかったが、準備不足は否めなかった。
「用心深いお前のことだ。ギリギリまで動かねえとみたんだろうよ。ワシはそんなお前の現状の認識を聞きたいんだがよ」
その言葉にルークの目が細められる。
「マジでやれると思うか?」
「さて……ね」
廃棄されたアンダーシティの修理など今までできた者は存在しない。だからルークにしても今は判断できる段階にはなかった。
「ただ、少なくともマジってことで動いてるのは間違い無いかな。現状、都市修復の鍵となる遺失技術はコシガヤシーキャピタルの首都で保管されていて、実証実験にはナギサも立ち会ってるらしいんですがね。まあ参加しているメンツを考えれば伊達や酔狂とは思えんでしょう。コシガヤシーキャピタルはちょい前にオオタキ旅団の襲撃をしのいだばかりな上にグリーンドラゴンでゴタゴタしているって話だ。そんな状況で与太話にマーカス・ウィンドを付き合わせるわけはないでしょう」
マーカス・ウィンド。コシガタシーキャピタルのガヴァナーたるウィンド・コールが育てた騎士団の頂点。ウィンドの子供であることを名に刻まれた彼のコシガヤシーキャピタル内での重要度はウィンドに次ぐ。
「それにクキアンダーシティの代理人のミランさんもカスカベアンダーテンプルの管理人だったらしいですしねえ。そっちも遊びで放逐するには重要人物過ぎる」
一方で無限にアイテールを生み出すカスカベ地下神殿の話は事情通の一部の地上人にとって関心の的だ。その情報の価値はこの埼玉圏内でも黄金に等しい価値を持ち、そこで管理を行っていたミランの価値も当然高い。
「担保は揃ってるってわけかい」
「もちろん、そいつが大きな釣りのための餌って可能性を否定はしないさ。だとすれば釣り上げる魚はなんだってことにもなるが」
「埼玉圏全土……か。或いは埼玉圏外に向けて? どのみち、こんな村の村長程度にゃ荷が重い話か」
「だとすればバルザ、あんたはどうするんだい?」
「どうするも何も、どう考えても参加した方が旨みがある上に、協力しないと排除するって脅された身だ。協力するしかなかろうさ」
バルザがリミナに対して素直にそう返した。
「それにだ。グリーンドラゴンの件を考えれば、正直にいってナギサたちにいてもらわねえと次があった時に持たねえ。だろ?」
マーカス経由で伝えられた埼玉圏中心でのグリーンドラゴンと機械獣の対立、その影響によって中心部に集まっていた機械獣が群れとなって周辺へ散り始めているという情報はリミナとバルザの心胆を寒からしめるには十分なものだった。
それは今後も今日のような襲撃の可能性があり、現状のアゲオ村の戦力だけではもう対処できないことはバルザも理解していた。
「まあねえ。弾も人も有限だ。備蓄は今回でほとんど尽きた。ナギサがライフル銃と弾丸をアイテールから生成できるっていうから、今回の機械獣から入手したアイテールで作ってもらうつもりではあるけどね」
「ふん。そいつもナギサがいなきゃあどうにもならんというわけだ。そう考えれば、お前があいつを拾ったのは回り回ってワシらに幸運となって返ってきたのかもな」
「善行はそうやって自分にも返ってくるもんさ。ミミカも喜んでいるしね」
今頃、渚たちはミミカとお泊まり会のはずであった。
「機械獣の対処も含めてクキアンダーシティとコシガヤシーキャピタルが村をバックアップしてくれるってんだ。そっちにとっちゃあいい話だろ。それにだ。知らせに送った狩猟者ももうクキシティに到着してるだろうから、ライアン局長が補充の狩猟者を送ってくれてるだろうしな」
「なるほど。至れり尽くせりだな。それで、お前たちは今後アゲオダンジョンに潜るのか?」
「補充の狩猟者と備蓄を渚に揃えてもらったら、そのつもりだよ。潜っている間に地上が全滅ってのは避けたいからなぁ」
ルークがそう返しながら酒を飲み干した。
「そうかい。ま、こっちとしては助かる。それに今後もお前らに乗った方が村のためにもなるだろう。けどな」
バルザがグラスに酒を注ぎながら、目を細めた。
「動きがちょいと早過ぎやしねえか?」
「バルザ……まあ、それはそうだけどね」
「アンダーシティの復活。それはまあいい。コシガヤシーキャピタルが遺失技術を手に入れて、クキアンダーシティが介入するのも分からん話じゃない。けど、なぜナギサなんだ? なぜあいつが中心にいる? コシガヤシーキャピタルが主導じゃない?」
バルザの懸念はソレだ。アンダーシティという巨大な利が絡む話だというのに、状況の流れが早過ぎるし、ナギサを中心に動いている理由が分からない。しかし、実際にそうなのであれば、そうせざるを得ない事情が存在するはずなのだ。
「何かが起きている……それは間違いねえ。それもとてつもないな。ワシにはそれが怖えのよ」
バルザの言葉にはリミナもルークも何も返せない。漠然とした不安。何かが後ろから迫ってきているような……そんな予感が彼らの胸中にはあり、そしてその予感は実際正しく、破滅は確かに未来に待ち受けていた。
けれども抗うための流れにもまた彼らは知らず乗っていた。タイムリミットは残り10年。抗うための戦いはすでに始まっていたのである。
解説】
VRシアター:
酔えないのは制限がかけられているためであり、解除した場合には非合法麻薬の合法体験なども可能であった。もっとも制限解除にはいくつもの権限が必要とされており、現時点で地上の人間が解除することは不可能とされている。