第230話 渚さんとひとまずの勝利
『リンダ、やるなぁ』
渚がリンダとアーマードベアアンサーの戦闘を自身も戦いながら観察していた。箱庭の世界の影響圏内ならば、離れていても状況は逐一分かるし、何かあれば駆けつけるつもりでもいた。
もっとも渚は『ヘルメスの翼』がなくともリンダはアーマードベアアンサーを倒せていただろうと予測していたが、攻撃手段の乏しさから多少は長引くとも考えていた。その間にアーマードベアが駆けつけた場合が心配ではあったが、終わってみれば瞬殺であった。
(あれがトリー師匠が使っていた装備か。ワイヤーの集合体。しかも動きにダミーが仕込んであるから行動予測でも正確にはシミュレーションしきれない。本人があれだけ強いのに……当時のあの人って一体どんだけだったんだ?)
渚がそんなことを心の内で呟いたが、トリー・バーナムの実力は今なお成長中であることを渚もさすがに把握はしていない。クキアンダーシティの懐刀、それこそがトリー・バーナムであり、バーナム家をアンダーシティ内に根付かせたのも彼女を必要としている故であった。
(ま、こうなると後はそう手間取らないか)
渚はアーマードベアの攻撃を避けながらその頭をメテオファングで斬り飛ばし、そのままバク転しながら周囲の機械獣を補助腕に持たせた無数のライフル銃で蜂の巣にしていく。
ブルドベア率いるショベルボアの群れとアーマードベアの群れを前にしてなお、渚は臆することなく戦闘に興じていた。何しろ数こそ多いが、速度も動きも渚の予測を越えてはいないのだ。渚にしてみればブレードマンティス一体の方がまだ緊張感を保てるだろう。
『おっと、この先は行かせねえっての』
渚はショベルボアの突進をかわしながら、アーマードベアアンサーの元に向かおうとするアーマードベアをライフル銃で撃って頭部を破壊した。さらにはジャカジャカと渚の右肩から伸びた八本の補助腕が持つライフル銃が周囲を牽制しながら、立ち回っている。そして、敵を惹きつけている渚に背後から声が響いた。
『ナギサ、右に避けろ』
『あいよマーカスさん』
渚が言葉を返しながらキャットファングのブースターでその場を離脱すると、その動きを追って動く機械獣の群れにアイテールライトレーザーの雨が降り注いでいく。
その攻撃は戦場に合流したマーカスの強化装甲機のガトリングレーザーによるものだ。一発一発の威力はライフル銃に使う対装甲弾と同程度だが、発射される数が違う。次々と機械獣たちは穴だらけになり、内部のアイテールに誘爆して爆発が起き、周囲の無傷のショベルボアもアーマードベアも吹き飛んでいた。
『BUMOOOOOOO!!』
その攻撃に危機感を覚えたショベルボアの上位種ブルドボアが狙いを渚からマーカスへと方向転換し突撃しようとしたが、
『肉球!』
回り込んだ渚が、ブルドボア正面の緑光に包まれた分厚い装甲にキャットファングの肉球をぶつける。その攻撃に装甲に宿っていた緑の光が一瞬強く光ってから消失し、直後にブルドボアの装甲がバキリとひび割れる。
『BUMO!?』
その状況にブルドボアは慌てて跳び下がり、渚と距離をとろうとした。ブルドボアの中にある目の前にいる相手に対する危険度がさらに上昇していく。
『つれねえなイノシシ野郎』
だが渚は踏み込んでブルドボアとの距離を詰めた。当然、マーカスの元へと行かせるつもりはない。
(へっ、お前は防御には自信がありそうだったけどな。肉球はアイテールライトのコントロールを奪って任意にその方向性を変更できるんだ。悪いけど、その盾はあたしには通用しないんだよ!)
実際にブルドボアを守る盾に張られていたアイテールライトのシールドは反転して装甲を押し潰していた。それを観測データから理解したブルドボアはなおさら渚とは距離を取ろうとする。接触型の攻撃ならば触らせなければ問題はないとの判断だったが、それが可能か否かはまた別の話だ。
『リンダがあっちのボスを倒したんだ。だったらこっちはお前を仕留めないとな』
『BUMOOOOOO!』
逃げきれぬと判断したブルドボアが回避から一転して渚へと突撃する。アイテールによるシールドはなくとも、例えばひび割れていようともブルドボアの装甲による体当たりを喰らえば、人間など簡単に破壊可能なのだ。同時に周囲のショベルボアたちも一斉に動き出す。ブルドボアは己の群れの力も結集させて渚へと仕掛けていく。
『ナギサ、あの数を全部は抑えきれないぞ』
『問題ねえよマーカスさん。あいつらが来る前にブルドボアを潰すさ。二発目のバーストモード!』
再びガコンと渚の右腕からカートリッジが飛び出て、緑光でできた拳が肥大化していく。それを確認してもブルドボアは止まらない。ブルドボアは己が身が破壊されようとも渚を押し潰すつもりで挑んでいた。けれども渚は避けない。それどころか己もブースターを噴かして加速し、
『斬り裂く!』
巨大な剣と化したチョップがブルドボアを真っ二つに裂いて、左右に真っ二つに分かれたブルドボアは渚の真横を通り過ぎ、ゴロゴロと転がっていく過程で爆散していった。
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『ホッホォ、こいつはたまげたわい』
そして渚がブルドベアを仕留めたのを見た老人がそう口にした。
斥候として機械獣の監視をしていたガン爺は当然のように渚たちの戦闘を見ていたのである。
また、機械獣二種の群れはそれぞれの司令塔が潰されたことで動きは乱れ始め、ガン爺からの報告と直接接触したルークからの情報によりリミナは狩猟者たちと共に戦場へと向かっていた。先ほどまでの悲壮感はなんのその。もはや勝ちが見えているのであれば狩猟者にとっては『稼ぎどき』なのだ。それが渚のおこぼれであろうと、この世界ではそれこそが正常であった。
もはや勝ちは見えた。であれば……と老人はその場は野次馬に徹することに決めていた。スナイパーとしても実力は高いが、ガン爺は今回の斥候でそれなりの報酬が転がり込んでくることが決まっているし、今回は若い狩猟者に手柄を譲るつもりであった。
『ふむ、それにしてもリンダはトリーの装備を持ち出しおったか。あのババアがそれを許すとはな。それに騎士団らしき強化装甲機に、ナギサも随分と腕を上げたようじゃ』
しかしとガン爺は思う。今回の襲撃の対処のために渚たちが来たと考えるにはあまりにも到着が早過ぎる。であれば何が目的で来たのだろうか……と。
アゲオ村に訪れた危機はひとまずは回避できたのだろう。けれども、ガン爺にはそれが嵐の前触れなのでは……と、思えてならなかった。
そして、それから一時間とかからずに機械獣の殲滅を完了した渚たちはリミナと久方ぶりの再会を迎えることになるのであった。
【解説】
タンクバスターモード・スーパーチョップ・エクスカリバーエディション:
より密度を高め、鋭さを増したチョップ。敵は死ぬ。




