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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
221/321

第221話 リンダさんと市長の話

「戻って来ましたわね」

「みんなご苦労様」


 ミーアとニキータとの話し合いも終わった渚たちは待合室へと向かい、リンダ、アルと合流していた。


「それで話の方は……微妙な顔をしているところを見ますとうまくいかなかったんですの?」

「いいや。ハイアイテールジェムは渡して協力は取り付けたよ」

「それは良かったと思うのですが、なんで素直に喜んでおりませんの?」

「ちょっと問題がなぁ」


 渚がそう口にして、マーカスも苦笑する。その様子にリンダが首を傾げたが、渚は「あとで説明するさ」と口にしてから、一緒に来たメイド少女を見た。


「あら、そちらは確か市長と一緒にいた?」

「ああ、彼女がリンダを案内するんだと。市長さんが話があるってんでな」

「わたくしにですの?」


 リンダが自分を指差しながら眉をひそめた。

 先ほどは話から外されたにも関わらず……と考えたのだが、ひとまずは言われるままにリンダはひとり市長室へと向かい、中で待っていた市長のミーアと顔を合わせたのであった。




  **********




「よく来てくれたなリンダ・バーナム」


 リンダが部屋に入り、端末から手を離したミーアがそう口にした。

 ミーア・バルトア。彼女はリンダが地下都市に住んでいた時から市長を務めていた才媛である。地下都市内における市長の選出は上級市民の候補から市民投票によって選ばれるものだが、候補に上がるのは個人の能力が高いことが前提であり、AIがいる以上コネも不正も存在できない。故に若くして上級市民になり、さらには市長にまでなったミーアはこの地下都市内において市民たちに尊敬されている人間ではあった。

 もっとも、だからこそ今のリンダにとって彼女は警戒すべき存在だ。渚もミケもクロもいない。たったひとりで問題のないやりとりが行えるのか……その不安を飲み込みながらもリンダはミーアに口を開く。


「はい、ミーア市長。わたくしにお話があるとうかがいましたが?」

「そうだ。君の今後について話をしたくてな」

「わたくしの?」


 ミーアの返答を聞いてリンダが眉をひそめる。渚について聞かれることはあるだろうと考えてはいたのだが、ここでリンダ個人についての話が出るとは思わなかったのだ。


「ああ、かつて君は自らの失った足にマシンレッグを装着することと引き換えに市民IDを失い、このクキアンダーシティを出ていった。そうだな?」

「はい」

「理由はご両親の仇討ち。文明人として到底認められるものではないが……地上で地下都市の法は及ばない。またハイアイテールジェムを持ち帰ったという実績が君という人間の評価を大きく上げたのも事実だ。そして地上に登った目的は完遂した。であれば、君の次の目的はこのクキアンダーシティに戻ること……で良いのかな?」

「そうですわ」


 リンダが頷く。仇討ちについてはリンダの心の中での決着はついている。父親が運び、奪われたハイアイテールジェムも取り戻した。当初のことを考えれば、あとはこの地下都市へと、家族の元へと戻ることが彼女の目的のはずだった。


「ナギサのしようとしていることは知っているのか?」

「アゲオアンダーシティを修理し、使えるようにする……という話のことでしょうか?」

「そうだ。では、瘴気のタイムリミットについては?」


 その問いにリンダは答えず、けれども顔を強張らせた。それからミーアが「なるほど」と口にする。その反応にリンダはさらに顔を硬直させたが、後の祭りである。


「ああ、隠さなくていい。知っているという前提でこちらは話す。知らないなら知らないで聞き流してくれればいいさ」

「どういうことでしょうか?」

「最初に言った通り、君の今後について話がしたかっただけなんだよ私は。それにナギサとは協力関係を結ぶことになっている。君に害を加えるようなことはしないさ。それにだ。家族の敵討ちのために外に出て、実際にそれを成した君の評価は私の中でも高い。だから君にはふたつの道を用意した」

「ふたつ……ですの?」


 リンダが警戒心をあらわにしながら尋ねる。


「そうだ。まずひとつめ、君をクキアンダーシティの市民として再度迎え入れよう」


 その言葉にリンダの目が見開かれた。


「条件は特にない。ただし外に出ることは許されない。まあ、このアンダーシティでは地下都市運営に必要ではない地上への外出は元々禁止されているからな。問題ではないはずだ」

「わたくしは……」


 リンダはミーアの言葉に返答を躊躇したがそれから少しばかり間を開けて首を横に振った。


「今はお受けできませんわ。いずれは……と思いたいですが、今のわたくしはナギサのコンビですから」

「チャンスはこれきりかもしれないとしても?」


 その言葉にリンダは肩を震わせる。わずかな希望は地下都市に移住をした祖母の血を引いていることのみだった。あの祖母と同じ強さを手に入れて、地下都市に戻ることをリンダは渚と出会うまでずっと夢想していた。それは文字通り夢のようなものだとも心のどこかで考えていた。それほどに地上で知った地下都市への道は狭き門だった。

 それが今手の届くところにあったが、それでもリンダは首を横に振った。


「わたくしの望みをあの子が叶えてくれた。だから、わたくしはあの子の望みを叶える手伝いがしたいのですミーア市長」


 その言葉にミーアが笑うと、リンダが眉間にしわを寄せた。重大な決意を笑われたように感じたのだが、ミーアはただ目の前の少女が微笑ましく思えただけだった。


「なんですの?」

「いや、であればいい。君の意思が固いのであれば何も言うまい。では、もうひとつの道を示そう」


 そう言ってミーアがリンダを改めて見る。


「君にはナギサが行うアゲオアンダーシティの修理を共に行ってもらいたい」

「元よりそのつもりですけれども?」


 首を傾げて言葉を返すリンダに、ミーアも理解していると言う顔で頷く。


「一時的にバーナム家が持つ権限を君に貸し与える。簡単に言えば、バーナム家を通してクキアンダーシティに協力を要請できると言うことだ」

「それはクキアンダーシティが……ナギサを監視しろとでもいうんですの?」

「監視というと印象が悪いが、そちらは確保してある。簡単な話、お前を通してクキアンダーシティが協力する形をとりたいのさ。コンビである以上は今後の彼女の活動において君の権限も大きくなるだろう。それと働き如何ではクキアンダーシティの市民権も与えよう」


 それはミランに与えられた選択と片方は真逆、片方似通っていたのだが、当然リンダが知る由もない。


「至れり尽くせりですわね。ミーア市長、少々話が美味すぎると思いますけど」

「それだけのことをしてもらうからな。それと当然リスクはある」

「リスク?」

「ナギサたちにはすでに話したが、瘴気のタイムリミットの件が漏れ、地上の人間が地下都市の乗っ取りなどを目論んだことが確認できた場合……我々は地上との関係の一切を放棄し、門を閉ざすことになるだろう」


 その言葉にリンダが息を飲んだが、それはあらかじめ予想できていたことだった。


「やはり、そうなりますのね」

「アンダーシティは市民を守るための存在だ。地上に生きている者は我々の庇護の外にあり、害をなすのであれば我々が救いの手を差し伸べる理由はない。それは現状の君に対しても同じこと」


 それは当然と言えば当然の返答。地下都市のすべては市民のためにある。外敵と判断してなお積極的に排除に動かない分まだ最悪ではないかもしれないが、過程はともあれ結果は同じだ。

 リンダの中にルークやライアン局長、アゲオ村のリミナやミミカ、渚の顔が思い浮かんだ。そして表情の引き締まったリンダを見てミーアが頷く。


「君の選択は理解した。けれども慎重になリンダ。その肩に乗せられているものは決して軽くはない。お前自身の言動のみならず、すべてに注意して行動した方がいい。結果的にそれがお前たちを生かすはずだから……な」

【解説】

ミーア・バルトア:

 クキアンダーシティの現市長。その役割は都市の運営ではあるが、浄化物質の機能停止が迫っていることを予測して以来、地上からのアイテールの引き上げを早めようと動いている。

 現段階において地上と隔絶しても問題のない段階にまで地下都市の準備は進められており、リンダに話した内容も脅しではなく事実ではあった。

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