第022話 渚さんと就職難
砂漠と岩、そしてゴミ溜めのような地上に暮らす人々にとって、市民となって地下都市で生活することは生きる目的、希望のようなものとなっている……とのことであった。
市民とはアンダーシティと呼ばれる地下都市の住人と認められた者だ。つまりリンダは、そうした身分をサイバネストとなることと引き替えに奪われたようである。
「マシンを移植されたサイバネストは兵器も同然の存在ですの。それは個人の武力を良しとせぬアンダーシティの生活では認められない。わたくしの家、バーナム家の力でも例外は許されませんでしたわ」
そう口にした後、リンダが寂しそうに笑った。
それはここに至るまでに様々な苦労があったのだろうと察するに十分な笑みであった。
「アンダーシティの住人にサイバネストはなれないってことか?」
「いいえ。功績を上げた狩猟者には、市長の許可が下りることがあります。それこそ英雄と称えられるほどの名を上げた狩猟者の中には上級市民となった者もおりますのよ」
そこまでのリンダの説明を聞いたミケが眼を細めて『なるほどねぇ』と口にした。
『実例があるのか。君の今後を考えれば、そうした道も考慮すべきかもしれないね』
(かなぁ。その地下都市ってのがどういうのかもまだ分かんねえけどさ)
未だ情報が足りなく、渚は己がこれからどうするべきかを決めかねている。今や天涯孤独の身の上。記憶を取り戻したいという思いもあるが、思い出したからといってこの世界で何かの役に立つわけでもないとも理解している。故にこの世界で己が何をするべきなのか、それが今の渚の悩みでもあった。
そして、そんなやり取りを渚とミケがしている間にも、リンダの話は続いていく。
「ですが、実績なき者にはなんの権利も存在しないのが現実ですわ。アイテールの供給の有無が人の命に直結する以上、戦力は常に求められます。だからサイバネストは狩猟者であることを求められますし、他の仕事につくというのはとても難しいのですわ」
そう言われて渚が難しい顔をする。
(やっぱり狩猟者になるのは確定かな、こりゃ)
『狩猟者になるのは、嫌かい?』
ミケの問いに渚は(分かんねえなあ)と返す。
ここに来るまでの機械獣との戦闘だけを考えても、狩猟者というのは己にあってはいるのだろうとは感じていた。だが未だ踏み切れないといった渚の顔を見て、ミミカが「大丈夫だよ」と口にする。
「ナギサ、スゴいから。お母さんも倒せなかった相手をこうバンバンって撃って、それに殴って倒したんでしょ。だからきっとできるよ!」
「殴って倒したって……それ、本当ですの?」
リンダがミミカの言葉に驚きの顔をすると、渚が頷く。
「ああ。ネズミの機械獣が目の前で分裂して、しゃーなくな。けど、マシンアームで一発だったし、そっちだってマシンレッグなんだから蹴りでもえいやって戦うんだろ?」
「いえいえ。アホですかアナタは!?」
「え、なんでアホなんだよ?」
リンダの返しに、渚が困惑する。サイバネストが兵器だと言ったのはリンダだし、実際にマシンアームは機械獣に通用する性能を持っているのだ。しかし、リンダは首を横に振る。
「確かにわたくしのヘルメスも近接攻撃は可能ですし、銃よりも強力な攻撃手段もあります。けれど、こちらも機械化した部分以外は生身。近接戦は最後の手段であって、普通は取るべき選択ではありませんわ」
「そうなのか?」
首を傾げる渚に、ミケがやれやれという顔をした。
『渚。マシンレッグを持っていてもリンダは普通の反射神経の人間だ。センスブーストなしで機械獣を対処するのは難しいと思うよ』
「そうだねえ。お母さんも新米にはまず距離を取れって教えてるよ」
驚きの渚に、ミケとミミカの双方から言葉がかけられる。機械獣との近接戦はどうやら、一般的なものではないようだった。
「もちろん例外的なサイバネストはいます。ゴールドランクの狩猟者なら拳だけで機械獣を相手取る方もおりますし」
「ほら、やっぱりいるんじゃん」
そう返す渚にリンダが「それはあくまで例外ですわ」と言って眉をひそめた。
「それにわたくしは逃げ専門。先日のアーマードベア相手でも……囮にぐらいしかなれませんでしたから」
そう言いながら顔を伏せるリンダに対し「そんなことないよリンダお姉ちゃん」とミミカがグッと拳を握って力説する。
「リンダお姉ちゃんのおかげでみんな助かったってお母さん言ってたもん。お母さんの言うことは間違いないんだからリンダお姉ちゃんはよくやったんだよ」
「ええ、ありがとうございますわミミカ。そうですわね。助けることができた……と、思うべきですわよね」
先日アーマードベアと戦ったリンダたちは、仲間の半数を失ってここまで逃げ戻ってきている。その後悔は彼女の心に傷を作っていたが、けれども半数を助けられたこともまた事実なのだ。
「まあ、わたくしのことは良いですわ。ナギサ、リミナさんから聞いたあなたの戦闘能力を考慮いたしますと、早々に危険な場所に送られかねないかもしれません」
「そういうのやっぱりあるのか?」
眉をひそめる渚にリンダが頷く。
「東京砂漠などは慢性的に戦力不足ですしね。後ろ盾のない強い狩猟者というのは、使い潰されることも多いんですのよ」
『必要だけど手が足りない状況であれば、あり得る話だ。使い勝手の良い駒扱いだね』
「ブラックだなぁ」
顔をしかめて考え込む渚にリンダが、さらに質問をする。
「ねえ渚。その、あなたのマシンアームは……ええと、名前とかはあるんですの?」
その問いに、渚が首を傾げて「あったっけ?」という顔でミケを見るとミケは忘れたの? という顔をして口を開いた。
『以前に言ったと思うけど、ハンズオブグローリーシリーズAT532、通称『ファング』だよ。牙を穿つ……タンクバスターモードを見た人の感想が由来らしいね』
(あーそういや、そんなこと言ってたっけか)
マシンアームを装着した辺りで、その名をミケから聞いた覚えが渚にはあった。それから「牙を穿つねえ」と呟きながら渚はリンダに顔を向ける。
「ああ、こいつはファングって言うらしい」
「ファング、牙。メディスン系統のマシンアームとしては物々しい名前ですわね」
リンダは渚のマシンアーム『ファング』をメディスン系統と決め付けているようだが、それはマシンアームの種類も知らぬ渚には分からぬことなので特に何も返さずに頷いた。
「となると……ですわね。ええと、よろしくない事態を回避できる方法がありまして。その、ファングのあなたとヘルメスのわたくしとで、ですわね」
そう口にしたリンダが少しばかり躊躇したそぶりを見せ、それから決意した顔になって渚を見た。
「ナギサ!」
「お、おう。なんだよ?」
構える渚に「提案なのですが」とリンダは口にしてズイッと身を乗り出し、そしてこう告白したのだ。
「わたくしとコンビを組みませんか?」
【解説】
マシンレッグ:
マシンアームと同じ系統の機械の義足である。
この他にもマシンアイやマシンハートなどといったヴァリエーションが存在し、それぞれに特化された能力が付与されている。




