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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
215/321

第215話 渚さんと空席の提案

※前話の市長の口調が以前に登場したときと違っていたため修正してあります。会話の内容は同じです。

「あれ、ミランさん?」

「ナギサ。昨日ぶりね」


 市長室の中に入った渚が最初に目に入ったのは先に部屋の中で待っていたミランであった。それからミランが入って来たミーアに頭を下げると、ミーアが渚へと視線を向けて口を開いた。


「ミランはカスカベの町で渚に世話になったそうだし、彼女はこの先の話に必要だ。なので私があらかじめ呼んでおいた」


 その言葉に渚が眉をひそめる。

 アルはミランをハイアイテールジェムの確認役と言っていたし、リンダも排した今後の話にミランが必要となる状況というのが渚にはよく分からない。

 それからミーアは特に続けて話をすることもなく来客用のテーブルの前のソファーに、続いて渚とマーカスも対面に座り、ミランは渚の横に、メイド服の少女はミーアの横に立ち、ミケはテーブルの上に乗って丸くなった。それからミーアが渚に視線を向ける。


「それにしても奪われたハイアイテールジェムをよく取り戻してくれたな。君たちには本当に感謝しているよ」

「ん、どういたしまして。けどさ、それ、できればリンダにも言ってやって欲しかったけどな」


 渚が少しばかり不満そうな顔でそう返す。

 今後の話についてはともかく、父親と母親が奪われたものをリンダはここに持ち帰ってきたのだ。それを渚はアンダーシティに、市長である彼女に評価して欲しいと願っていた。けれどもミーアは首を横に振る。


「悪いね。何事にも段取りってもんがある。彼女の処遇に関しては少々複雑なのさ」

「複雑?」

「内部の情報が漏れたことが原因とはいえ、バーナム家はハイアイテールジェムを預かっていた責任があり、彼女もバーナム家ではある。すでに市民IDを失い、バーナム家と切れているとも言えばそうだがそうした場合、バーナム家は失敗したままということになるんだ。それは彼女の望むところではないだろう」

「んー。つまり、どういうことだよ?」

「怖い顔をするな。まあ、両親の失態を帳消しにし、オオタキ旅団を事実上の半壊にまで追い込んだのだから悪いようにはしないということさ」


 ミーアはそう言いながら、渚の持つアタッシュケースを見た。


「その件についても後で話すつもりだが、それでそろそろその中身を見せてくれるか? 報告には受けているし疑ってはいないがね」

「分かってるっての。そのために来たんだしな。けど、リンダのことは忘れるなよ」


 そう言って渚がケースをテーブルの上に置き、それから手をかざした。するとケースの中からガチャガチャという音がして、まるでマトリョーシカのように次々とケースの内部が開き、何層もの装甲が開いてようやく緑色の結晶体が現れた。それは淡く輝き、中心には核らしきものも存在している。


「なるほど、サイズは以前と対して変わりない。エネルギーもあまり消費されてはいないようだ」


 ミーアが懐から出したカードサイズの計測器をハイアイテールジェムにかざしながらそう口にする。それは首都での攻防において山を吹き飛ばすほどの攻撃を仕掛けたにもかかわらず内蔵された総エネルギー量においては微々たるものであるということであり、ハイアイテールジェムがどれほど規格外なシロモノなのかを物語っていた。


「ザルゴの証言だと首都以外でも重要な局面での戦いでしか使用していなかったって言ってたらしいけどな。それでも随分と派手には使ってたんだぜ」

「地下都市の予備エネルギーとして用意されたものだ。一度や二度の戦闘で尽きるようなら意味はないさ」

『ま、キベルテネス級を運用するくらいなら話は違うんだろうけどね』

「キベルテネス級ね。大陸に傷痕を残すような化け物の運用に使われたら溜まったものではないな。このクキアンダーシティはハイアイテールジェムを生成できる唯一の地下都市だが、それは外部から持ち込んだものでここは軍用施設ですらない」


 ミケの言葉にミーアが憮然とした顔でそう返す。キベルテネス級は渚も以前に聞いたことがあるかつての戦争で使われた兵器の一種だ。もっとも渚にとっては今存在しない兵器よりも気になる言葉があった。


「生成できる唯一のって……なあミーア市長。そんなことをあたしに話していいのかよ?」

「構わない。百年前に地上から運ばれた遺失技術ロストテックだ。調べれば地上の記録にも残っているし、何よりもそちらのマーカスも知っていることだからな」


 その言葉を聞いて渚がマーカスを見ると、マーカスも頷いた。


「そうだな。百年前にコシガヤシーキャピタルが東京砂漠で発見し、クキアンダーシティに売ったと聞いている」

「そういうことだ。これでオオミヤアンダーシティにも面目が保たれるし、バーナム家の名誉回復もできるし、先ほど言ったようにリンダ・バーナムについても同様だ」

「そりゃあ、リンダを市民に戻せるってことか?」


 渚が目を細めて尋ねた。そして、その言葉にミーアが含みのありそうな笑みを浮かべて頷いた。


「そう。とある条件付きではあるけどね。例えば」


 ミーアがミランを見て、それから右手を軽くあげ……


「空きがあれば」


 その言葉と共にメイド少女の手が動き、左手から緑光のレーザーが放たれた。


「きゃっ!?」


 ミランの悲鳴が響き、そしてミランの前には渚のキャットファングがあった。放たれたレーザーは渚がキャットファングの肉球で防いで拡散させていたのである。それから渚がミーアを睨みつける。


「いきなりだな。どういうつもりだよミーア市長」

「まあ、やはり受け止めたか」

「んだよ、それ!? 止めることを前提に戯れたってのか?」


 今のメイド少女の攻撃は動作そのものに遊びがあったために渚もギリギリで受け止めるのには間に合った。けれども当たればミランは確実に死んでいたには違いない。

 そして、怒りの表情の渚にミーアが首を横に振った。

 

「いいや、どちらでも良かっただけだよ。しかし、良かったのかねナギサ?」

「何がだ? あんたの考えていることはサッパリ分かんねえよ!」

「アンダーシティの人口は厳格に定められている。ひとりを増やすならひとりを減らす。死ぬか、追放されるか……すでにリンダ・バーナムの市民IDは別の人間のものとなっている。であれば、彼女を地下都市に戻すには空きを作るしかない」

「市長、だから私を殺すと?」


 青ざめた顔のミランの問いにミーアが酷薄な笑みを浮かべて頷く。


「そうだよ。どうあれ、君は罰せられるべき存在だ。ならば、栄誉を手に入れた者にその席を譲るのは正しい行為だと思わないかな?」

「それはどういう意味でしょう市長? 私が一体何をしたっていうんですか!?」

「君が管理していたクキアンダーシティのアイテール結晶侵食体を『一体』失ったんだよ。そして、当の本人はそのことに気付いてもいない」

「それは、なんの……話です?」


 ミランはそう言ってから、渚の表情が硬いことに気付いた。それから渚がため息をついてからミーアを見て「あんた、気付いていたのかよ」と口にする。それにミーアが何か言葉を返そうとしたところで、唐突に別の人物の声がその場に響いた。


『なるほど。アイテール結晶侵食体そのものは紛失されてはいないが……現時点でアレをクキアンダーシティ保有のものだと言い切るのは難しいだろうね』

『とはいえだ。僕としては『一度損失したマテリアルの再生治療における人権回復の権利』の行使をしたいと考えているし、それが通るならばそちらの女性の過失とは言えなくなるんじゃないのかな?』

「ミケ?」


 渚たちが唐突な同じ人物のふたつの声に反応してテーブルの上に視線を向け、メイド少女も少しばかり構えて攻撃態勢に入った。それからミーアが訝しげな視線を向けながらもミケに対して口を開く。


「ミケ。今の言葉の意味、どういうことかを教えてもらえるかな?」

『良いけれども、それは僕ではなく』

『当事者である僕が話したほうが良いだろうね』


 そう口にしたミケの背から緑色の水晶が生え始め、驚く一同の前でソレは猫の形を取り、それからミケの前に降り立った。


『やあ、はじめましてミーア・バルトア市長。僕の名はミケランジェロ。君たちが管理しているアイテール結晶侵食体ディー・マリアのナビゲーションAIだ』


 その言葉にミーアとミランが驚きの眼差しを向け、ミケランジェロは目を細めて口を開く。


『そして今回僕は君たちに、僕のマスターであるドクトル・マリアの人権回復を提案しに来たんだよ』


【解説】

アイテール結晶侵食体:

 鉱物としての性質を持つ生命体であるアイテール結晶侵食体が動けるのは、元の人間の可動を模した変形を繰り返しているためだ。

 理論上は情報集積体でもあるコアを除いた部分であれば個体差はあるものの変形や分離等が可能であり、元がAIであるミケランジェロは形状そのものへのこだわりは薄いため、さまざまな形状へと任意に変わることができる。

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