第214話 渚さんと市役所訪問
クキアンダーシティの中央部、そこには地下都市を支えている巨大な支柱が存在していた。そして、それは渚たちが向かう先でもあった。
つまりは第四階層の支柱そのものが久喜市役所なのである。
渚は移動するビークルの中で通り過ぎる街並みをほー、へーなどと口にしながら物珍しそうに見渡していた。第一階層と第二階層は人の暮す街として体をなしていたが、第四階層は違う。そこは機能のみを優先した、無機質な世界だった。そして、その中を渚も以前に見たことがあるものが動き回っていた。
「ガードマシンもだけどスパイダーってここにもいるんだな」
『まあ規格が同じなのだから警備するマシンが同一なのも当然だろうね』
それは渚たちがアゲオダンジョンで戦ったガードマシンたちであった。それらが第四階層内を巡回しており、街のいたるところに配置されているのが見えたのである。それから渚たちの乗るビークルは市役所の門を抜け、左折してその先にある駐車場で停車した。
(なんていうか……人間が最低限活動できるように取り繕ってる感じだな)
それが渚の感じた第四階層の印象だった。そこは人が動き回れるスペースこそあるものの人間が使用することを想定した場所ではないと思えた。あえていうなら階層自体が一種の電子回路のようであり、その印象は恐らく間違ってはいないだろうと渚は感じていた。
「着いたよ。それじゃあ受付で連絡をしようか」
「いや、その必要はない」
そしてアルが降りたビークルの前から動き出そうとしたのとほぼ同時に、入り口より声がかかった。その声に渚が視線を向けると、そこにはビジネススースのような服装で身なりを整えた二十代後半くらいの女性と、その横にはメイド服の少女がひとり立っていた。
「ミーア市長?」
ポツリと口にしたリンダの言葉に渚はその場にいる女性の正体を知る。つまりはその人物こそ、これから渚が取引をしようとしていたクキアンダーシティ市長『ミーア・バルトア』であった。
「市長のミーア・バルトアだ。よく来てくれた」
「あ、どうも。渚です」
『僕はミケだ。よろしくミーア市長』
渚と、すでに喋ることも知られているだろうと考えて自ら口を開いたミケ、それからそれぞれがミーアに挨拶を告げる。なお、アルは元よりマーカスやリンダも市長とは以前に面識があるようで、初対面なのは渚とミケだけだった。
そしてミケはわずかにヒゲを揺らしながら目を細めてメイド服の少女を見た。
『ふぅん。なるほど、護衛としては随分と強力なものを用意してるね』
(ああ、やっぱりそうなのか?)
渚だけに告げられたミケの言葉に、渚が少女には目を向けずにそう返した。一見した限りでは目の前のメイド服の少女に不審なところは見当たらないが、渚の内部のチップが遭遇した時から警鐘を鳴らし続けている。
『うん。見たままの通りと考えるのは止した方が良さそうだ。どんな兵装かまでは分からないけど、どうもご同類……いや、君とは違って多分全身がそうなんだろう』
その言葉に渚がわずかに顔を強張らせる。ミケの言葉が正しいとするのであれば、恐らくミーア市長の真横にいる少女はこの都市内でも最大戦力のひとつであるはずだった。
(警戒されてるんだなぁ)
『まあ、そもそも市長は普段から彼女を護衛にしているだけなのかもしれないけどね』
ミケの返しに渚が頷きつつも、その少女が目下の最大の警戒対象である事実は変わらない。状況次第では相手が力尽くでカタをつけようとする可能性もあり、少なくとも油断できる相手ではなかった。そんな風に渚が視線を少女に安易に向けぬようにしつつも警戒を強めている横で、アルが一歩前に出た。
「ミーア市長。まさか、あなた自らここまでお越しになられるとは」
「まあ、彼女たちは私にきたわけだからな。市民ナンバー1089663、アル・バーナム。お前の案内はここまでだ。ここより先は私が案内する。そちらの妹さんと一緒に控え室に用意させているから待っていてくれるかな?」
その言葉にアルが眉をひそめつつも、リンダへと視線を向ける。
「そうですか。しかし、僕はともかくリンダもですか? 彼女はナギサの相棒で今回の会談のメンバーでもあったはずですが」
「それは承知している。けれどもゲストナンバー239、リンダ・バーナムはこの会談には立ち会わぬほうが良いだろうと私が判断した。素直に聞き分けてくれると嬉しいんだがね」
「それは、どういうことですの?」
当然、渚と共に……と考えていたリンダは市長の言葉を快く思わなかった。彼女もここに、ただ家族と会いにきたわけではないのだ。
「これから私とナギサ、マーカス・ウィンドの間で行われる対話にはこの地下都市内では機密事項に抵触するものが含まれる可能性が高いんだよ。そしてリンダ、お前はこのクキアンダーシティの市民に戻ることを希望していると聞いている。しかし、お前が参加し機密事項に触れた場合、それが叶わなくなる可能性があるんだよ」
その言葉にリンダが目を丸くする。
そしてその意味を把握し、なんとも言えない顔になったリンダの肩を渚がポンっと叩いた。
「ナギサ?」
「まあ、問題ないって。リンダは残っててくれよ」
『そうだね。今後のことを考えれば、今は従ったほうがいいと思う』
渚とミケの言葉にリンダが眉間にしわを寄せて何かを言おうとしたが、それから首を横に振ってから頷いた。場合によっては家族と永久に別れる可能性だってあるのだ。この場の意地でリンダがアルやトリーと会えなくなることを渚も許容できなかった。
それからその場でリンダたちと分かれた渚はミーアの案内でミケ、マーカスと共に区役所に入っていく。そして渚は市役所内が軍事基地やコシガヤシーキャピタルの首都にあったアースシップの内部にもよく似た構造をしているようだと考えながら先へと進んでいき、いくつかのエレベーターを乗り継ぎ、通路を越えてようやく市長室へと辿り着いたのだった。
【解説】
メイド服の少女:
渚の腕に合わせて形状を変化させたように、ウォーマシンはメインフレーム以外を構成し直して己のサイズを変更させることができ、子供ほどの大きさまで小さくなることも可能。これは都市部の潜入などに使用された機能の一種であり、ウォーマシンはその他スニーキング用の各種能力も有している。




