第021話 渚さんと女子トーク
「あら、聞いた通りに中は綺麗ですわね」
「ね、リンダお姉ちゃん。言った通りでしょう?」
渚が扉を開けると、リンダとその横でなぜかドヤ顔をしているミミカがビークルの中へと入ってきた。
「ふたりとも、いらっしゃい」
「へへー。ナギサ、来たよー」
出迎えた渚に、ミミカが笑顔で挨拶する。
その来訪は村長の家を出た際にリミナに告げられていたものだ。ともかく渚はここでの常識が足りぬのだからと、リンダとミミカと話して色々と教えてもらえとリミナが勧めてきたのである。
ただ話すだけでも齟齬の修正には役に立つとミケも賛成のようで、渚としてもありがたい話であったのでその場で頼んで今に至っている。
もっともリンダとミミカはビークルの中に入ってすぐに目を丸くして、その場に立っていたメディカロイドのミランダを眺めていた。
「うわあ、なんかいる!?」
「そのメディカロイド、もう直してしまったのですか?」
「まあな。なんか直った」
渚はそう返しながら曖昧に笑う。
実際にどうして再起動したのか渚も詳しくは分からない。スリープモードに入っていたミランダのロックを特殊な権限でミケが解除した……らしいのだが、そのことを話して良いものかと渚がミケをチラ見して、渚の意図を理解したミケは首を横に振った。
『これは知られない方がいいと思うよ。ミリタリークラス、つまりは軍事関連でもなければかなりのレベルまでロック解除が可能なんだ。泥棒扱いや、それこそ泥棒の片棒を担ごうって相手が出てきてもおかしくないし、下手な腹は探られない方がいいんじゃないかな』
(まあ……確かになぁ)
ミケの忠告には渚も素直に頷く。
少なくとも必要がない間は話すのは控えるということでふたりの意見は一致したようである。一方でミミカが「ナギサはすごいねえ」と言いながらミランダをジロジロと見ていると、対してミランダが『おや、いい匂いですね』とミミカに言葉を返した。
「うわ、しゃべった!?」
『メディカロイドは介護が専門のロボットです。会話も当然の機能のひとつですよミミカ。それに、そちらはスープですね。お預かりいたしましょうか?』
「うん。私が作ったの。お願いするね」
ミミカがそう言ってミランダに持っていた容器を手渡す。
その様子に渚が首を傾げた。ミランダの言葉に引っかかるものがあったのだ。
「なあ、ミランダ。良い匂いって……お前、匂いとか分かんの?」
『はい。メディカロイドは救護活動の一環として家事全般も可能ですし、そうしたものを扱うのには嗅覚も味覚も必要です。味を確認もせずに料理など出せませんし』
「ハァ。すげーんだな」
感心する渚を、リンダが呆れるように見ている。
「すごいというか、市民でもないのに個人でメディカロイドを所有するとか、あなたの方がおかしいのですけれどね。本当に記憶喪失なのですの?」
「おう。そりゃあ、確かだぜ。ここ数日より以前のことは全く分かんねえ」
「ハァ、これは本当にリミナさんの追放者説を信じたくもなりますわね」
リンダが眉をひそめながら、そう口にする。
なお、現時点でリンダも渚が記憶喪失だということを知っている。
明日に街に向かう渚のことを考え、リミナは渚の許可を取った上でリンダに事情を話して、渚のことを頼んでいたのだ。
「追放者説ねえ。にしても、リミナさんには何から何まで世話になっちまってるな。リンダにも感謝してるけどさ」
「わたくしに関しましては明日は共に戦う仲間となるわけですから、持ちつ持たれつといったところですわね。リミナさんには、わたくしやノックスたちもお世話になっておりますのよ」
「お母さん、新米狩猟者の教官もしてるの。すごいの」
母親が褒められて得意そうな顔のミミカが笑う。それに渚も「へぇ」と微笑み返すと、リンダが口を開いた。
「それとナギサ。そのリミナさんから伝言ですわ。強行隊は明日7:00に出立し、クキシティに向かうとのことです。わたくしたちはそれまでに出立の準備をしておかないといけません」
「了解。ま、準備って言っても大してすることもないし、前金を貰った分はちゃんと働くさ」
渚がミランダを見ながらそう返す。その渚にリンダが少し悔しそうな顔で「申し訳ないとは思いますが」と口にした。
「リミナさんの評価通りでしたら、主力はあなたということになりますわ。まったく先輩狩猟者としては口惜しい話ではありますし、本来であればこの村にはあの方を慕った狩猟者も多くいたのですけれどね。今はちょっと地下に入れないので出払っていますの」
その説明に渚が眉をひそめる。
この村が廃地下都市の遺失技術の採掘で生計を立てていることは渚も理解していたが、現在その採掘ができないことへの説明をまだ聞いていなかったのだ。
「なあ、リンダ。地下ってアンダーシティのことだよな。入れないってのはさっきも聞いたけど、なんでなんだ?」
「それはですわね。今は地下都市にちょっと厄介な相手が彷徨いておりますのよ」
リンダが少しだけ苦い顔をして言葉を返す。
「厄介? なんでそんなのが地下都市に?」
「本当に記憶がないんですのね。廃地下都市といえど、ガードマシンは量産され続けて徘徊しているのは常識ですわよ」
「常識なのか?」
渚が首を傾げ、リンダとミミカが頷く。
それからリンダは、アンダーシティでは常に一定数のガードマシンが製造され続け、その都市で市民IDを登録された者以外を排除してくるのだと説明を続けていく。だからこそ、高い戦闘能力を持つ狩猟者が廃地下都市の探索を行っているのだとも。
「半月ほど前のことですわ。廃地下都市の重要エリアに誰かが立ち入ったことでミリタリークラスのガードマシンが起動したんですのよ。それが一般エリアにまでやってきて、人的被害が増大して探索どころではなくなってしまったのです」
「お母さん、商売あがったりだって言ってた」
ミミカの言葉にリンダが「そうですわね」と頷いた。
「ですから今、大半の狩猟者はクキシティに戻っていて、そのガードマシンを倒すための討伐隊の編成を狩猟者管理局が行っているところなのです」
「へぇ、狩猟者管理局ってのもあるんだな。狩猟者ってのは、ただ機械獣を狩るだけじゃあないってことか」
その渚の言葉にはリンダも「そうですわね」と頷いた。
「機械獣を狩ってアイテールを回収するのが狩猟者の主な役割ですけれど、キャラバンの護衛や、探索者と組んで廃地下都市などを探索する仕事もあります。何でも屋とも揶揄されることもありますけどね」
その言葉に渚が「なるほどなぁ」と口にし、興味深そうに頷いた。
「特にトーキョー砂漠では今も有用な遺失技術が発見されることが多くありますし、一攫千金を目指して長期そちらに滞在している狩猟者も少なくはありませんの」
「トーキョーさば……そんなのもあるのか。すげえな」
そこまで聞いてから渚は少し考え、それからリンダを見た。
「なあ、リンダ」
「なんですの?」
「やっぱりさ。あたし、狩猟者になるしかないと思うか?」
その問いに対して、リンダは難しい顔をして口を開く。
「それは……ほかの仕事に就きたいということですの? わたくしも同じ境遇ですけれども難しいですわよ」
「同じ?」
渚の問いにリンダが己の足を見せた。
装甲板付きのズボンを履いているようにも見えたソレは、よく見れば中に足が入っているにしては細過ぎる造形をしていた。つまり、それは機械の足だったのだ。
「お前、もしかして両足とも機械? あたしの腕と同じ?」
「ええ、これはわたくしのマシンレッグ『ヘルメス』。ちょっとした理由で足を無くしてしまいまして。まあ、それで色々とありまして、こうして狩猟者になりましたの」
「リンダお姉ちゃん、元々は市民だったんだよ」
「市民って確かアレだよな。さっきも話してた、アンダーシティの住人ってヤツ」
渚の言葉にリンダが頷く。
現存しているアンダーシティの住人は『市民』と呼ばれている。
それは市民IDが登録され、都市内で生きることを許された者たちのことだ。
「ええ、わたくしは元々アンダーシティの育ちです。こうして地上で暮らし始めたのもまだ三ヶ月ほど。市民IDもすでに剥奪されておりますわ」
【解説】
市民:
各アンダーシティで、市民IDを登録された人間を指している。基本的にアンダーシティでは、この市民IDを登録されていない人間は住むことは許されていない。