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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
208/321

第208話 渚さんと地下都市見学

 クキアンダーシティの各階層に通じるエレベーターは第一階層の中央部に存在しており、アルが待ち受けていた都市第一階層エントランスは地上に通じているだけの場所であった。だから市民がその場を訪れる理由もなく、必要があるのはミランやリンダたちの両親のような外部に用がある者たちだけだ。そのためガードロボットこそ多かったが人の姿はほとんどない……という話を聞きながら渚たちはアルが乗って来ていたビークルに乗り、バーナム家の屋敷のある第二階層に通じているエレベーターに向けて移動することとなった。


「思ったよりも普通の街だな。すげー綺麗だし」


 渚がビークルの中から、外の光景をそう呟く。その街には小綺麗な店が立ち並び、身なりの綺麗な人々が歩いてもいる。その上に地上の都市とは違い、歩道にゴミひとつ落ちてはいない。


「常時クリーンロボが巡回しておりますし、ゴミを捨てたのを見つかれば市民ポイントを引かれますからね。地上のお客様が強制退去されることもありますわ」

「引かれる?」


 リンダの説明に渚が首を傾げる。市民ポイントという言葉も初耳だった。


「そうですわ。市民の行動はポイントとログによって管理されておりますから、ゴミをポイ捨てなどしたことも記録されてしまいます。ログは生涯残りますから進んで将来を棒に振る真似をすることはありませんわ」

「……なるほど」

「それと功績によってポイントが増えますし、一定以上のポイントとなれば上級市民に昇格できます。お祖母様の場合は地上での功績を換算して上級市民に届いていましたので市民を飛び越えて上級市民としてアンダーシティに移住したそうです。それと、滅多にないことですがマイナスになれば追放ですの。わたくしは一発でアウトでしたわね」


 リンダが遠い目をしてそう口にする。それがマシンレッグを手に入れたことに関係するのは渚にも想像はついた。


(ヘルメスの持ち込みはそもそも許可されてないってことだし、確かリンダはあのデウスさんに施術してもらったって言ってたよな?)

『そうだね。ヘルメスもトリー・バーナムが地上に保管していたものを孫に譲ったと考えるのが自然だろう』


 ミケの音のない言葉に渚が頷き、上を見上げた。ビークルの外には青い空があったが、もちろんそれは偽物でフィールドホロによるものだ。


(デウスさんは上にいるんだったっけか)

『カスカベの町にいたデウスはこの街に来てはいないかもしれないけど、市場にいるデウスにもヘルメスを通じて情報は伝達されているだろうね』

(なるほど。便利なもんだな)


 機械人とマシンパーツを経由した情報伝達。それ故に機械人はこの埼玉圏内でどの勢力よりも情報に精通している。その事実に渚が感心しているとアルが目を細めて渚を見て、渚も気付いてアルへと視線を向けた。


「ん、なんだよアルさん?」

「いやね、ナギサ。君はここを普通と言ったね。地上にここと同じほどの都市はない。コシガヤシーキャピタルの首都にある内街は栄えているにせよ、やはり地上の都市には変わりないしね」


 その言葉にマーカスが少しだけ眉をひそめた。もっとも今彼らがいるアンダーシティは巨大な遺失技術ロストテックそのものだ。コシガヤシーキャピタルの首都とはいえ、失われた技術で運営されている都市とは大きな開きがあることをマーカスも理解している。


「となれば、どこか別のアンダーシティの出なのかい?」


 アルの問いに渚は少しだけ考え込む。リンダもマーカスも渚の出自は理解しているがアルは違う。リンダ経由で頼りになる相棒としか情報を得ていないのだから渚が旧時代の人間ということは知らないし、また渚もそれをリンダの兄とはいえ、会ったばかりの人間に対して口にするつもりもなく、どう返そうかと頭を悩ませたところ……


「お兄様。色々と事情がございますのよ」


 その場で渚に助け舟を出したのはリンダであった。


「その事情ってのが気になるんだけどね」

「プライベートです。わたくしが把握していますからお兄様が知る必要はありませんわ」


 その言葉にアルが肩をすくめる。


「分かったよ。僕もせっかく再会できたお姫様の機嫌を損ねるつもりはないさ。それで、ナギサ。この場が普通の街に見えるのはね。ここが商業区画で、市民もそうだが地上からの人間もゲストパスで入ることができるような場所だから、そういう風に作ってあるのさ」

「へぇ。アンダーシティってもっとキツキツに管理されてるのかと思ってたんだけどな」


 渚の率直な言葉にアルとリンダが笑う。


「外からみるとそう思えるのかもしれないね。昔は……と言っても地下都市の前身のコロニーと呼ばれていた何百年も前の頃の話だけれどもね。その時代はそうだったらしいよ。洗脳教育を行い、薬物投与で精神を安定させようともしていたらしい。まったく時代にそぐわない話さ」


 そう言いながらアルが胸のポケットから小箱を取り出すと、その中から出した錠剤を口に運んだ。


「アルさん、今食べたのってなんだ? 体の調子でも悪いのか?」

「ああ、これかい。こいつはハーブを凝縮したものさ。オーガニックで体に良いものなんだ。気が高ぶったりしているときに飲むことを推奨されていて、心がスーッと落ち着くんだよ」

「そうですわ。ハーブは体にいいんですのよナギサ。わたくしも地上に出てすぐはこれがなくて情緒不安定になったり、少々体が震えたりもしましたし、慣れるのに時間がかかったほど効果のあるものなのですわ」

「えっと……そうなのか?」


 釈然としないものを感じる渚であったが、ふたりから特に追加の説明はなかった。それから渚がアルに視線を向ける。


「んー、そういえばさ。アルさんは何をしてる人なんだ?」

「公務員だよ。市役所勤めでね」

「お兄様はアイテール管理部門に勤めておりますのよ」


 リンダの補足の言葉にアルが微笑んで頷く。


「そうだね。だから、君たちがハイアイテールジェムを持ち帰ってくれたことは僕の仕事においても非常にありがたいことだし、ようやく父と母の仕事を引き継げることができるのだから感謝もしているんだ」

「お兄様」


 アルの言葉にリンダが目元に涙をにじませる。ふたりの両親はオオミヤアンダーシティにハイアイテールジェムを届ける道中でオオタキ旅団に襲われているた、実のところ両親もアイテール管理部門の人間であった為にその任務についていた。


「僕はリンダを誇りに思うし……ナギサ、君にも感謝している。もちろんマーカス、あなたにもね」

「俺も助けられた口だ。感謝はナギサに纏めておいてくれ」


 マーカスの言葉にアルが笑った。それからアルが目を細めてマーカスを見た。


「もっとも、その感謝の代償は相当に大きなものになるとも聞いているけどね」

「どちらにとっても利益のある話だと俺は考えている」

「だと良いんだけどさ。まあ、そこらへんは市長が判断することで僕が口を出すことでもない。それじゃあここから先は第二階層へのエレベーターだ。それを抜けたらウチまではすぐさ」


 アルがそう口にして、正面の大きなエレベーターへとビークルごと入れると、ガコンと音がしてユックリと降下し第二階層まで降りていく。そして第二階層の住宅街をビークルで十分ほど走らせたところで渚たちはバーナム家の屋敷に到着したのであった。


【解説】

圧縮ハーブ錠:

 大変オーガニックで健康に良い精神安定剤。

 カルフォルニア州でなら合法でクッキング番組も存在している例の草とは別のものである。

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