第203話 渚さんと通りすがりの熊
「それにしても随分と変わったものねナギサ」
「あーまあな。イメチェン? ってヤツ?」
クキシティに向かう武装ビークル内部ではミランが渚を見て難しい顔をしていた。昨日に会ったときにも同じような反応をされていたのだが、その場はコシガヤシーキャピタルとクキアンダーシティとの交渉の場であったため、自由に話せるようになった今ミランはようやくそのことを渚に尋ねたのである。
そして、現在の渚の姿は以前にミランが見ていた姿とは相当変貌している。マシンアームの形状が変わっているだけならばともかく、髪と目が緑色になり、肌の質感も若干変化していた。
「髪の染色だけならまだしも、その目もカラーコンタクトじゃないわね。肌も……生体変換? コシガヤシーキャピタルはそんなことをやっているわけ?」
「渚のソレはコシガヤシーキャピタルで施術したものではないですわよミランさん」
リンダの言葉にミランが首を傾げて「では機械人が?」と尋ねた。技術的に可能であるかはともかく、機械人はそうしたファッションの類の人体改造には手を出してはいないとミランは理解していた。
「まあ、いろいろあってさ。見た目だけじゃねえし以前よりも動きやすくなってんだぜ?」
「生体強化の類はメンテナンスが受けられないと耐久年数も寿命も本当に短くなるのよ。確かにあなたは年の割に異常な強さを持っているけれども、生き急ぎ過ぎてないかしら。本当に大丈夫なの?」
「まあ、そこら辺はなんとかな。けど、気を付けるよ。あんがとなミランさん」
そう返す渚にミランは納得した顔ではないが頷いた。どう言ったところで、すでに体に手を加えている以上戻すことはできない。あとはその身体とどう向き合っていくかでしかないのだ。
(ミランさん、なんか親身になって心配してくれてるぜ?)
(そうだね。やっぱり彼女は昨晩の件には関わってはいないと思うよ)
渚からの心話にミケが同意の言葉を返す。もっともミケにしてみれば襲撃自体はアンダーシティが仕組んだものだろうと想定しているし、そこにミランが関わっていようが否かろうがどちらでも良くはあったのだが。
それから少し進んだ先で武装ビークルの上で見張りをしていたマーカスが『機械獣の反応だ』と車内に報告し、ミランダがその場で武装ビークルを止めた。
「ここら辺でか。どこだよ?」
『少し待て。クロ、フィールドホロを出してもらえるか。投影させる』
『はい。接続完了しました。これですね』
マーカスが送った情報をクロがフィールドホロを使って映し出していく。なおクロとミケについては、コシガヤシーキャピタル経由で手に入れたナビAIであるとミランにはすでに説明していた。
そしてフィールドホロの空中モニターにフィルターで瘴気が取り払われた映像が映し出され、そこにはノイズ混じりではあるが熊型の機械獣らしき姿が確認できた。
『アーマードベアだ。まだこちらには気付いていないようだが』
「この辺りに出るなんて話聞いてねえんだけど。ここってクキシティと首都の直通ルートだよなマーカスさん?」
『そうだな。本来、狩猟者たちも優先してこのルートの安全は確保しているはずだ。であれば、移動して間もない個体なのだろうな』
「どうしますのナギサ? 倒しますか。それとも迂回します?」
「うーん、そうだな。あたしが出るよ」
『お前ひとりでか?』
マーカスの問いに渚が「まあな」と返す。
「まあ、駄目だったら助けを頼むよ。ちょっとこの体も慣らしておきたい。なんかあったときに動きませんでしたじゃ洒落んなんないしな」
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『で、ミケもついて来るんだな?』
『僕は君のナビゲーションAIだから当然そうだね。光学迷彩も使えるし足手纏いにはならないよ』
武装ビークルから降り、マーカスにその場を任せた渚はミケと共にアーマードベアの元へと向かった。そして渚もミケも全身を光学迷彩で覆い、景色と同化しながら移動していく。
ただでさえ瘴気で周囲が見えぬ状況で姿を完全に消したのだ。よほど精度の高いセンサーを持つ機械獣でなければ現在の渚を察知することはできず、アーマードベアは当然気付くことができない。
(やっぱり以前とは違うな)
アーマードベアのいる地点を迂回してまわり込みながら渚は心の中でそう呟いた。どういう理屈なのかは分からないが渚の中で循環されたアイテールが彼女の性能を引き上げている。そこにアストロクロウズの簡易補助外装機能も合わさったことで、渚は人間を超えた身体能力を有するに至っていた。
(あの天遺物を越えて裏手に回り込めるか)
猫耳を動かし周囲を把握しながら渚はキャットファングの手首から先を飛ばして天遺物の上部を掴み、ワイヤーを一気に引き上げて乗り上げた。わずかに天遺物が軋んだ音がしたがアーマードベアたちは気付かない。
『こっから全部狙い撃ちゃあ倒しきれるかもしれないけど……どうしようか?』
元よりチップでセンスブーストや弾道予測できていたため、現在の機械種化した後と前でも渚の射撃精度はあまり変わっていない。だから今の身体性能を確かめるためには近接戦を……と思ったのだが、ミケが『渚、あれを見て』と口にした。そしてその先にあったものは、天遺物に隠れて武装ビークルからでは見えなかったが、荷車や散乱した荷物、それに人間らしき物体であった。
『襲われた後か。生きてるヤツは……いるな』
『この場にいるのは五体。その場に留まっているのは、荷物を運ぶために仲間を待っているのかもしれないね』
『街の近くに巣があるってことか。こりゃあライアン局長に報告が必要だけど……まずは生きてる人の救出だな』
渚がそう口にして、ライフル銃を握った。
『どうする?』
『こっちに意識を向ける。人質なんて手は使わないだろうけど、近くで暴れられると踏み潰すかもしれないしな。よっと』
渚がライフル銃を撃つ。カンッと装甲が弾いた音がして、気付いたアーマードベアは銃弾の飛んできた方へと向いた直後に渚が次弾でコアを撃ち抜いた。
『一丁上がり』
『みんな気付いたよ。五体全員、君の方に向かって動き出した』
『だったらいい。二体目、おし当てた』
次弾を放つと、二体目のアーマードベアが崩れ落ちた。ソレを見て他のアーマードベアたちがコアを守るように両腕をクロスして渚の方へと向かい始める。
『残り四体か。ミケ、有線のメテオファングを試してみる』
『そうかい。まあ、今の君なら問題ないだろう』
ミケの言葉に渚が頷くと右のキャットファングから伸びた四本の爪がワイヤーを引きながら飛び出し、迫るアーマードベアに向かっていく。
『GUMAAAAAAAA!?』
『残り三、二!』
名前通りの流星の如く宙を飛ぶメテオファングが的確にアーマードベアのコアを貫いていった。もっともその動きも完全ではない。
『あ、弾かれたよ』
『並行操作はやっぱり苦手だなあ』
渚がそう言いながらも、地面に落ちそうになったメテオファングを再び操作し、そのまま真下からコアを貫いた。
『残り一……なんだ? あいつ、なんかおかしい』
渚が少しばかり眉をひそめたとき、突如としてアーマードベアが炎を上げて突撃してきた。その様子に渚が目を丸くする。
『あれってアーマードベアアンサー?』
以前に遭遇した機械獣の上位種を渚は頭に思い浮かべたが、ミケは『違う』と口にした。
『あれは確かアンサーになる前のアーマードベアネクストとかいう個体だよ』
『速いな。ファングを戻す時間はないし切り離す』
『パンチがっ』
『問題ねえ。センスブースト!』
その瞳が緑に光り、渚は飛びかかったアーマードベアネクストの鋼鉄の拳をわずかに身をかわすことで避け、踏み込んで懐へと入り込む。そして次の瞬間にキャットファングから空になったカートリッジが飛び出し、そのまま緑光の巨大な猫パンチがアーマードベアネクストの上半身を破壊していく。
『GUUUUUUMAAAAAA!?』
アーマードベアネクストが咆哮しながら上半身を削り取られて機能停止し、残されたブースターと下半身がその場に崩れ落ちた。それから渚は周囲を見渡し、その場にいた機械獣の全てを破壊できたことを再確認する。
『おし、これで全滅だな』
そう言って渚がアーマードベアネクストの残骸へと視線を向けた。
『なあ、ミケ。このブースターってミランダに付けられねえかな?』
『ふぅむ。君はミランダをこれ以上物騒にするつもりなのかい。まあ、それでいいなら僕も覚悟を決めるけどさ』
『いや、なんとなく思っただけなんだよ。けど、ほら。メディカロイドだって速度重視してもいいと思うんだよ。最速で患者の元にって感じでさ』
『確かにブースターなら用途は戦闘に限らないか。じゃあそちらのことも考えてはおくけどさ。それよりも今は』
『ああ、あっちをどうにかしないとな』
渚とミケが視線を先ほどまでアーマードベアたちがいた場所へと向ける。そこにはアイテールの材料として捕まっていた人間の姿があった。
【解説】
アーマードベアネクスト:
アーマードベアとアーマードベアアンサーの中間に位置する機械獣。ブースターが単発であるため速度はアンサーに劣るが、見た目は通常のアーマードベアと変わらず、群れの中での護衛役のようなポジションにあると推測されている。