第202話 渚さんと不可視の兵士
「デウスさんたち、いっちまったな」
『ようやく落ち着いたね。まったく、夜中に迷惑なことだよ』
窓の外の機械人たちが去って行く姿を見ながら、渚とミケがそんなことを言い合っていた。
なお、デウスからの提案について渚はひとまず保留という返答をしている。機械人自体の信頼性はともあれ、今後の渚たちの行動はアンダーシティの動向も意識して進めなければならない。現状で確約できるものがない以上、不用意な約束はできないというのが渚の判断であった。
「ハァ。そんで、機械人にこっちの事情は大体ばれたってのはまあいいとして……良かないけど。とりあえず返答は待ってもらうってことで問題ないよな?」
『まあね。君の決断を僕は支持するよ。アンダーシティと彼らは敵対していないようだけれども、それは今まで互いが不可侵であったからだろう。そもそも彼らの出自はおそらく『根が違う』。だから現段階では機械人に対してアンダーシティがどう判断するのかが読めない。それはマーカス、君から見てもそうなんだろう?』
ミケの問いにマーカスが頷く。
「そうだな。我々も機械人はアイテールと交換で武器を用意してくれる使い勝手の良い商人……という程度の認識しかないからな。拠点は群馬にあるらしいが、それも確実な話ではないしな」
「群馬……か。パトリオット教団がいるところだったよな」
「そうですわね。けれど群馬圏についてはわたくしたちもほとんど実態を知らないんですのよナギサ」
「グンマエンパイアやパトリオット教団の拠点もあるが、黒雨の影響や関西方面よりも機械獣が凶暴なこともあって調査も満足には行えない。群馬とはまさしく人外の秘境なのだ」
リンダとマーカスの言葉に渚が息を飲み、その様子にマーカスが苦笑する。マーカスといえどもかつて群馬圏に挑み、半死半生で帰ってきた経験がある。あの地は人が入るにはまだ早すぎる……そう口にした母の言葉をマーカスは若かりし頃にその身に刻んでいた。
「話が逸れたな。ともあれ機械人はアンダーシティ、コシガヤシーキャピタル、狩猟者、野盗に並ぶ第五の勢力だ。それだけに協力してもらえるなら心強くはあるが、判断は慎重にせねばならないだろうな。最悪、ヤツらにアゲオアンダーシティを乗っ取られかねない」
「分かってる。失敗はできねえ。デウスさんはいつでもいいよって言ってたし、まずはアンダーシティの方から片付けるさ」
「そうですわね。それに機械種のことがバレたのはわたくしのヘルメスが原因だとして、ハイアイテールジェムの情報がどこから漏れたのかも気になりますわね。もしかしてこちらもヘルメスだったりしないですわよね?」
リンダが己の鋼鉄の足を見ながらそう口にすると、クロが『恐らくはアンダーシティによるものでしょう』と口にした。
「どういうことですの?」
眉をひそめたリンダの前でクロが前足をチョイチョイと動かし、空中に四角いウィンドウを出現させていく。それはフィールドホロによる空中投影であった。
『これです。見てください。先ほど、光学迷彩の機械兵を捉えました』
そしてウィンドウに映し出されたのは武装ビークルの外にある建物の屋根の上であり、リンダたちが視線を向けるとチリっと何かが光ったのが一瞬見えた。
「今、なんか動いたな?」
『はい。そうです。フィルターを通していますし可視光ではありませんが、妙な反応があったんですよ。それで先ほどミケに頼んで解析をかけてもらいました。で、こちらがその映像です』
クロの言葉と共に映像内にノイズが広がり、それは人の形となって、やがては機械の兵士の姿へと変わっていった。それを見て渚が目を丸くする。
「おいおい、こんなのがいたのかよ。まったく気付かなかったぜ」
『もう少し接近していれば察知できたと思うけどね。まあ相手の性能も高かったからすぐに気付けないのも仕方がないよ』
「しかし、これは……ウォーマシンではないのか?」
神妙な顔でマーカスがそう告げる。その言葉を聞いて渚が改めて映った機械兵を見ると両腕の形状がハンズオブグローリーシリーズに酷似していることに気が付いた。
「うーん、マジだわ。確かにそれっぽいなぁ。そんな大物があの場にいたってわけか」
『マーカス。ウォーマシンを所持している組織について心当たりはあるかい?』
「そうだな。コシガヤシーキャピタル、クキアンダーシティ、機械人……それにパトリオット教団ぐらいか。メンテナンスの問題があるし個人で持つのは難しいだろうな」
「パトリオット教団……」
渚がその名を口にする。何しろそれは渚がこの世界に生まれる以前より縁のある相手だ。気にならないはずがなかったが、マーカスは渚の呟きに首を横に振った。
「ナギサ、お前とは因縁浅からぬ相手だろうが、パトリオット教団は今述べた中では一番可能性が低い相手だぞ」
「ん、そうなのか?」
「ああ、何しろ連中はかつてはともかく、現在の埼玉圏内でのパイプが細い。北部で姿を見せることはあるがこの付近には滅多に来ない。技術力があるのは確かだがな」
『まあ、僕らも街では野菜を売っている姿しか見たことがないしねえ』
ミケの言葉に渚も「そういや、そうだったな」と口にして頷く。
渚が目覚めてからパトリオット教団の関係者と遭遇した回数は片手で収まる程度だ。確かにパトリオット教団はこの埼玉圏内で馴染んではいないようだった。
「それでコシガヤシーキャピタルは言うまでもないが、騎士団を辞めたとはいえ母上の息子である俺がいる。母上に反発している派閥もあるにはあるが……ウォーマシンの管理自体は母上が受け持っているし除外して問題ないだろう」
『まあ、そうだろうね。何かあれば君が連絡するだろうし。機械人はそもそも直接話したわけだしね』
「機械人はアイテール以外に遺失技術も取引の材料にするからウォーマシンを所持はしているのだろうがな。だから可能性が一番高いのはクキアンダーシティだろうな」
その言葉にリンダがなんとも言えない顔をしたが反論はなかった。
故郷のこととはいえ、リンダ自身もその可能性が一番高いとは思っていたのだ。
「そもそも我々がハイアイテールジェムを所持していることを知っているのはコシガヤシーキャピタルとクキアンダーシティだけだ。その上でこの場に我々を留めたのはクキアンダーシティだからな」
「そうするとマーカスさん。ミランさんが騙したって考えてるのか?」
渚の問いにマーカスが「さてな」と返した。
「それは分からん。正直に言えば事務専門に見える彼女にそうした演技は難しいだろうし、俺ならばあの女性には知らせず、適当に言い含めて今晩はこの場に足止めさせるよう誘導するに留めるだろう。その方がアラが出ないからな」
『うーん、僕もそんなところだと思うね。それに先ほどの野盗の戦力、一般的な狩猟者ではやられていたかもしれないけど、ミランなら僕たちが対処できるだろうというのは把握しているはずだ』
ミケの言葉に渚も納得した顔で頷く。
ミランは渚の戦闘能力を知っている。渚もミランがハイアイテールジェムを奪うつもりならばあの程度の野盗たちを使うとは思えなかった。
こちらの戦力を見るための様子見だったのか、もしくはクキアンダーシティも一枚岩ではないのかもしれない……と、ミケがそう口にしたところで真夜中の会合はお開きとなった。そして翌朝まで監視は続けられたが再度の襲撃はなく、渚たちは合流したミランと共にカスカベの町を後にしたのである。
【解説】
ウォーマシン:
渚の腕に合わせて形状を変化させたように、ウォーマシンはメインフレーム以外を構成し直して己のサイズを変更させることができ、子供ほどの大きさまで小さくなることも可能。これは都市部の潜入などに使用された機能の一種であり、ウォーマシンはその他スニーキング用の各種能力も有している。