第198話 渚さんと迫る影
「お前さぁ。どこ行ってたんだよミケ。心配したんだけど」
ミランやノックスとの挨拶も終えて武装ビークルに戻ってきた渚は、いつの間にか消えて車内で待っていたミケに対して不機嫌そうにそう質問をした。
『ちょっと、ミケランジェロに呼ばれて会ってきたんだよ。ノックスたちとの会話を邪魔するのもって思ってたのだけれど……ごめんね。僕もまだ単独行動への理解が学習し切れてないみたいだ』
その言葉に渚が納得したという顔で「ああ」と口にして頷く。
「けど、連絡ぐらい欲しかったぜ。そんで、あいつら元気なのか?」
『問題はないみたいだけど、ドクが退屈していて暴れそうだってさ。最悪、どこかのタイミングでバレるかもね』
「ああ、あの人。堪え性なさそうだもんな」
渚がそう言って苦笑いをする。その様子にリンダが口を開いた。
「ドクさん。まだ会ったことはないですけど、どういう方なんですの?」
「基本ダルそうで自分本位な人って感じだなぁ。ウィンドさんみたい……ではないけど、マイペースってことじゃあ同類かもな」
「ほぉ、母上のご同類。それは仲良くなれそうだな」
「んー、どうだろ?」
微笑むマーカスに渚は首を傾げる。ウィンドとドクでは同じマイペースにしてもベクトルが違う気がしたのだが、上手く言葉にはできなかったのでそれ以上口にはしなかった。
『それで、そっちの方はどうだったんだい。すぐにでも出立するのかな?』
「いや、今日はカスカベの町に泊まりだ。ミランさんの方で戻るための準備があるらしいし」
『そうかい』
ミランはこのカスカベアンダーテンプルの管理者であるため、代理に出かけている間の引き継ぎなどを今夜中に行うとのことだった。それからマーカスが口を開く。
「ところで、ミケランジェロというのは誰だ? ドクについては知っているのだが」
『そっか。マーカスにはそこまでは伝えてなかったね。ドクがアイテール侵食結晶体として生きているのは知っているね?』
「ああ」
『そのドクのナビゲーションAIがミケランジェロさ。もっとも僕と同じように今の彼はスタンドアロンではあるのだけれど』
「ふむ」
ドクのチップは現在機械種となったミケのコアとなり、埼玉海の湖底で眠りについている。そのためドクとミケランジェロのチップを介しての繋がりは絶たれているのだが、ミケランジェロもミケと同様に自身の存在目的が主人に対してのナビゲーションやサポートであるという認識は変わってはいなかった。
「ミケさんのお仲間ですわよね。わたくしも会いたいですわ」
『私もです。ミケだけずるいですね』
『まあ、機会があれば話すこともできるんじゃないかな。ところでクロ、君は君の古巣についての記憶は今も消失したままかい?』
『パトリオット教団のことですか? そもそも私のはデータ容量を抑えるために記憶領域を切り捨てた結果ですので……情報を隠蔽する目的があったかもしれませんが、ともあれ以前に話した以上の情報はありませんよ』
「パトリオット教団がどうかしたんですの?」
訝しげな顔でリンダがミケを見た。
『ミケランジェロの話だと昔機械種をコアとした都市が実際にあったらしくてね。パトリオット教団の祖先はその都市の住人だったという話なんだよ』
「住人? それっていつの話だよ?」
『千年ぐらい昔かな。僕のシリーズが生産されるよりも前の時代だ』
「いくら子孫だからって、そんな昔の情報なんて残ってんのか?」
渚が眉をひそめてそう尋ねた。
『チップがその都市の機械種由来のものらしいとも聞いたからね。実物がある以上、情報が残っている可能性は低くないと思うよ。で、ミケランジェロはパトリオット教団に協力を仰ぐべきだと言ってきたんだ』
「あの、渚を身勝手に生み出した連中とですの!?」
ミケの言葉にリンダが激昂して立ち上がった。リンダも渚がこの時代に生み出された経緯を知っている。運良く渚はこうして元気に過ごしているが、一歩間違えばどうなっていたかは分からない。だからリンダはパトリオット教団との協力などあり得ないと考えたのだが、渚の方は少しばかり苦い顔をしたもののすぐさま「分かった」と言葉を返した。
「ナギサ、よろしいんですの?」
「必要なんだろ。だったら避けて通るつもりはねえよ。あたしはアンダーシティを直すって決めた。回り道をするつもりもない。最短を突っ切る」
渚がそう言い切った。十年というタイムリミットが長いのか短いのか。けれども最善を尽くすという意志を持って挑まねば達成はできないだろうと渚は理解していたのである。
「それにさ。ミケ、今のあたしなら連中に遅れを取りはしねえと思うんだけど、どうかな?」
『確かにね。基地にいた者たちや、あのアゲオアンダーシティで対峙した者も今なら単独で打破することはできるだろう。『チップに付随していたおかしなもの』もすでに取っている。油断は禁物だけどね』
「じゃあ、決まりだ。アンダーシティのあとはパトリオット教団に接触してみる」
「あっさりしてますわね」
リンダのぼやきのような言葉に渚が肩をすくめた。
「連中についてはミケに随分と脅されたけどさ。正直、個人的にどうこうってのはねえんだよ。何しろ直接あたしを造った相手はもう死んでるし、どうあれ今のあたしはこうして元気なんだしな」
『別に脅したつもりはないけどね。それとマーカス、ひとつうかがっておきたいんだけどいいかな』
「答えられることならな」
話を黙って聞いていたマーカスがそう返した。コシガヤシーキャピタルの騎士団を辞めたとはいえ、騎士団内で得た情報を無作為に垂れ流すようなことをするつもりはマーカスには当然ない。そして、それにはミケも頷きつつ口を開いた。
『大したことじゃないよ。コシガヤシーキャピタルとパトリオット教団が現在どういう関係なのかを聞きたかっただけさ。敵対しているなら別のアプローチも考えなきゃいけないしね』
「そうだな。基本的には不干渉だ。ただノーミンたちが時折接触して農業についての情報交換をしているな。その件については山田が詳しいと思うが、連絡しておくかミケ?」
基本的に瘴気の中で通信は使えないが、埼玉圏内では代わりに人の手による手紙の郵送などが行われている。もちろん、機械獣や野盗などのリスクもあるので輸送費にかかる金額はそれなりのものとなるのだが。
『じゃあ、お願いするよ。何にせよまずはクキアンダーシティだけどね』
ミケがそう口にして、渚たちも頷いた。
それから渚たちはミランの準備を待つためにカスカベの町の中で泊まることとなったのだが、その日の真夜中に異変は発生した。渚たちが眠っている武装ビークルの周囲を無数の影が取り囲んでいたのである。
【解説】
クロエシリーズ:
ミケと同タイプのAIのシリーズで、クロもその一体。
なお、ミケランジェロシリーズもクロエシリーズもオリジナルとして存在している旧文明のAIの複製データであり、基本的には万能型であるオリジナルから不要な機能をオミットし用途に合わせてシリーズが生み出されていた。




