第194話 渚さんと新たなる旅立ち
『見てくださいナギサ。補助外装に戦闘用ガードマシンの射撃管制装置も騎士団の方よりいただきました。これで今後は単独でも十分に活躍ができますよ』
「お前、また看護用ロボットから遠のいたな」
それは渚が一週間ぶりに湖底ドームを出て、駐車してある武装ビークル内に入ってすぐのことであった。渚の視界に映るミランダがとても物騒なことになっていたのだ。
『僕たちが検査で動けない間にウィンドが色々としでかしたようだね』
ミケが少しばかり呆れた声でそう口にする。
実のところ、何度か通信でのやり取りこそしていたものの渚がミランダと直に会ったのは一週間ぶりであった。リンダやミランダは特に制限はなく、この一週間は首都の内街で暮らしていたのだが、渚は湖底ドームに隔離されて様々な検査を受けていた。実験体扱いのようなことはなかったが機械種に改造された身だ。危険性を考慮して全身くまなく調べられたのだが、結果として判明したのは猫耳や脳内のチップ、右腕のキャットファングについてはコシガヤシーキャピタルの技術では解析が不可能だということと、原理は不明だが全身にアイテールが循環して身体能力が強化されているらしいということぐらいであった。
『それでミランダ、その身体はどうしたんだい?』
『ガヴァナー・ウィンドからの贈り物です。オオタキ旅団撃退の報酬とおっしゃっていましたが』
『なるほど。確かにログを見る限り、君も結構な活躍をしていたようだしね。それにしても少しゴツい姿になったものだ』
今のミランダの全身は騎士団やリンダが使用している補助外装で補強されており、なおかつよく分からない装置も頭に付いていた。また以前に渚が渡した小型ガトリングレーザーが収まっている腹部のハッチも新調されて開け閉めがしやすいようになっているようである。
『基本的には外部パーツで補う形にしてもらいましたから、外せば大体は元のままのミランダですよミケ』
「接続用の拡張アタッチメントは追加するしかありませんでしたけれどもね」
『とはいえ、花の形をしたものにしていただけましたので、私は満足です』
クロ、リンダ、ミランダがそれぞれそう口にした。
確かに補助外装を外したアタッチメントは見た目だけならば花の飾りをつけたように見えるものだった。そのことに渚が感心した顔をしながらもミランダの全身を見回す。
「ハァ……まあ、ミランダがいいんならいいけどさ。けど一週間でこれなら一ヶ月騎士団に預けてたら巨大ロボットにでもなっちまうんじゃねえの?」
『それはそれで良いですね』
ミランダの返しに渚が肩をすくめた。
それからリンダが渚の方を見て「それでナギサ、そちらはどうでしたの?」と尋ねた。その問いに渚は自分のお尻の部分から伸びているものを揺らしてリンダたちに見せる。
「こんなん、付けられた」
『尻尾が生えたんだよね』
「別に尻から直接出てるわけじゃねえぞ。ウィンドさんが付けろって言って、着てるアストロクロウズを改造しちまったんだよ」
ミケの指摘に渚が眉をひそめて、そう返す。
「補助腕もあるしあたしは十分だって言ったんだけどな。相当に頑丈みたいだしパワーもあるから悪くはねえって言われてさ。あとウィンドさん、猫耳があるのに尻尾がないってのもバランスが悪いしね……とか言ってたな。意味は分かんなかったけど」
その渚の言葉には、リンダもミケもミランダもクロも首を傾げるばかりであった。ガヴァナー・ウィンドの視点は時代の違う人間らしい、渚たちの常識では図りきれない部分が見え隠れすることがある。
『その尻尾は思考制御で動かすものみたいでね。今の渚なら補助腕と同時に操作しても十全に操れるんじゃないかな?』
「まあな」
渚が強く頷く。今の渚は強化され増幅された知覚と猫耳センサーなどを用いてチップと連動し、センスブーストなどを単独で使用することすらもできるようになっていた。当然、補助腕の操作もお手の物である。
『尻尾はともかく、体の方は大丈夫なのですか?』
テーブルの上に座っていたクロがそう口を挟むと、渚が頷いた。
「調べてもらった限りじゃ色々と変化はあって分かんねえ部分も多いらしいんだけど、とりあえずは人間として普通に生きていけるって言われたぜ」
そう言いながらも渚の表情からはあまり深刻な色は浮かんでいなかった。マシンアームや全身機械化、それにミケやクロ、ミランダといったAIたち。自身の変化についての拒絶感がない土壌が彼女の周囲にはあったのである。
「ともかく、検査した限りはあたしの方は問題ないってさ。それでクロの方はそれ、普通の人にも見えてる状態なのか?」
『はい。ウィンドが用意してくれたフィールドホロを使っています』
クロがそう返して頷いた。
現在のクロは、ミケに使われていたものと同じ遺失技術のフィールドホロをヘルメスに組み込み、実世界に干渉できる仮想体を得ていた。
ついでにミケは擬似生体ドローンで武装ビークルに乗り込んでクロと並んでいるため、外見上は三毛猫と黒猫がテーブルの上で寄り添っているようにしか見えなかったりする。
「ハァ。みなさんは良いですわね。わたくしの足は応急処置だけの壊れたままで、お祖母様にお伺いを立てないといけませんのに。気が重いですわ」
「ああ、リンダの婆ちゃんか。話だけ聞く限りは凄そうな人みたいだな」
「そうですわね。お祖母様は凄い人ですわ。多分ナギサとは気が合いますわよ」
リンダが誇らしげな顔でそう返した。
リンダのマシンレッグ『ヘルメス』は彼女の祖母トリー・バーナムが現役時代に使っていたものであり、極端なカスタマイズが施されたものだ。そのため、多少の修理やメンテナンスならいざ知らず、前回の戦闘で大きく破壊されてしまったため、この首都内でもまともに修理することができなかったのである。
今はヘルメスの上に補助外装を装着させて動かすことで日常に支障のないレベルにまでは動作できるようにしてあるが、当然戦闘機動は不可能であった。
「お優しい方ですが、今回に限っては違うかもしれませんわね」
結局ヘルメスの修理についてはクキアンダーシティにいるトリー・バーナムに相談するしかないという結論となっている。元々アンダーシティに向かう予定ではあったのだが、リンダは実家にも帰らなければならなかったのである。もっとも渚はリンダに「どうだろうな」と返した。
「何しろあたしらはこいつを届けに行くんだ。確かに足は壊れたけどさ。きっと、リンダの婆ちゃんなら喜んでくれるさ」
そう言って渚が持っていたケースをビークル内のテーブルに置く。
頑丈そうなそのケースは十万枚を超える多重装甲でできている。そして渚がケースに手を掲げると生体認証に反応してケースが開き、中からハイアイテールジェムの姿が現れたのである。
【解説】
ミランダ・ジ・アームド:
射撃管制装置を増設したことでミランダ自身の処理能力に頼ることなく準戦闘機械兵クラスの戦闘能力を有するのに成功した。これは強化装甲機装備時も同様となる。
なお装着している補助外装は肉体限界を超えた動きを制限していたリミッターが解除されており、通常よりも出力が高めに設定されている。