表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
189/321

第189話 渚さんと救いの道

「いいや、あたしはここに住むつもりはねえよ」


 危険な生活に戻る必要はない……そう告げたウィンドに対して渚は即座にそう返した。その言葉にウィンドが少しだけ目を細めながら「なぜ?」と問い返す。


「君はここで安全に暮らせる。無論、かつての時代の君の生活と同等の……とまで言えるかは難しいところだけど、外よりは快適な生活を保障しよう。特に食事に関してここではアンダーシティからの制限はないからレパートリーは比べ物にならない」


 その言葉に渚がゴクリと喉を鳴らしたが、すぐさま首を横に振った。


「いやいや、そういうことじゃねえっての」


 そう言ってから渚がウィンドに鋭い視線を向けた。


「あんたはあたしとドクとの会話を聞いてたんだろ。十年後に瘴気は晴れる。だからあんたはこのコシガヤシーキャピタルの人間を選別しなきゃいけないって言ってたよな?」


 渚の言葉にウィンドが頷いた。瘴気、或いは浄化物質と呼ばれている、黒雨を防いでくれているナノミストの耐久年数は残り十年だという。そしてアースシップは黒雨を防ぐ手段となり得るが周囲のクレーターに住んでいる人間までは守れない。

 ウィンドはその終わる日に向けて生き残らせる民を選別しなければならない……というむねの言葉を渚に口にしていた。


「あたしがここに入れば、きっとその分誰かが押し出されるんじゃないのか?」

「確かにね。それでもさらに多くを犠牲にする可能性を考えれば、私たちに君を手放すという選択肢はない」


 ウィンドはそう言い切った。


「あたしは嫌だぜ。そんなの」

「悪いけど、素直に従ってもらいたいところだね。埼玉圏に留まっているグリーンドラゴンがいずれ去ったとしても、第二のグリーンドラゴンとなり得る存在を放置するということもできない。君はもうその枠組みの中にいるんだ」

「それがガヴァナーとしての判断か、ウィンドさん?」


 睨みつけながらの渚の問いにウィンドが頷く。


「そうだよ。私は万能じゃあない。できることは限られているし、救える人間も有限だ。だけど、これ以上を取りこぼす気もない。絶対に」

「取りこぼす……選別から外れた連中はどうなる? 地上の都市の人間は?」

「そうだね。方法はそう多くない。東北方面にも人里はあるけど、集団で移住することを考えれば関西圏を騎士団と狩猟者ハンターで手に入れるしかないと思う」

「手に入れる?」

『それはつまり、君たちは侵略者になるということかい?』


 ミケの問いに渚が目を見開き、ウィンドと山田は静かに頷いた。


「たかだか十年で新規に環境を整えるのは無理です。であればインフラが整っている環境を奪うしかない」


 山田の言葉は冷たいが真理でもあった。それはかつての人間の歴史からも明らかで、集団移民とはすなわち先住民との土地と資源の奪い合いであり、殺し合いだ。


「幸いというべきか、関西を現在支配しているのは悪質な連中でね。排除するのに心はあまり痛まない。そいつらを倒し、黒雨対策のノウハウを手に入れ、関西を第二の埼玉にする。それで関西も今よりはまともな生活にはなるんじゃないかな?」


 楽観的なウィンドの言葉にミケが『そう上手くいくかな?』と口にした。


「ミケ?」


 その疑問の言葉に渚が首を傾げた。


「渚、あまり間に受けない方がいい。僕が聞いた限りでも関西圏は確かに余裕がないところだとは思うけどね。けど、だからこそあの地は成立しているようにも感じられた」

「どういうことだよ?」

『暴力による支配が恐らく人口の調整として上手く機能しているのだと僕は考える。でなければ、数百年昔に破綻し消滅しているはずだ。ねえガヴァナー・ウィンド。勝ち目は本当にあるのかい? こう言っちゃあなんだけどね。関西の人間っていうのは、この瘴気というシェルターの中で生きている者たちよりもずっとしたたかなんじゃないかな?』


 ミケの言葉にはウィンドも山田も少し眉を動かすだけで、すぐの返答はなかった。そして、その沈黙こそがミケの推論が間違ってはいないのだろうと渚は理解していた。それからウィンドが少しだけ溜息を吐いてから話を続けていく。


「それでも方法が他にないんだよ」

「あるだろう? 例えば別の宇宙船を見つけてアースシップのように使うとか、廃棄されたアンダーシティに移住をするとかさ」

「そのどちらも私たちには難しい。関西に攻め込むよりもね」


 瘴気の寿命を知った後、ミケは生き残るための手段がふたつあると言っていた。それを聞いた渚はここに残るつもりはなかった。ウィンドが取りこぼす人々を助ける道を選ぼうとしていたのだ。けれども渚が口にしたミケの提案のどちらをもウィンドは即座に否定した。


『ウィンド、別の宇宙船を僕らはすでに発見している』

「それはグリーンドラゴンが抱えている宇宙船だよね?」


 ウィンドの指摘にミケが頷いた。渚が造られた軍事基地には大量の機械獣に包囲されながらも、グリーンドラゴンが宇宙船と共にいる。現在コシガタシーキャピタルから騎士団の半数が出払っているのも、その対策のためだ。


『アースシップほどかは分からないが、あれも気密性は高いはずだ。黒雨の影響にも対処できるだろう。グリーンドラゴンさえいなくなればだけど』

「それは恐らく無理でしょう。グリーンドラゴンは……今、あの宇宙船と融合しようとしているんですから」

「は? なんだよそれ?」

「渚、山田くんの言う通りなんだよ。多分あれはあの宇宙船を使って宇宙に飛ぼうとしているんだ。今は機械獣に攻め込まれて上手く融合し切れてはいないみたいだけどね。ただ、あれを手に入れるのはもう無理だ」

「そりゃ、どういうことだ?」


 グリーンドラゴンが宇宙に向かおうとしている。その意味するところが渚には分からない。


「グリーンドラゴンは機械種だよ。記録によると以前に天国の円環ヘブンスハイローから落ちてきた実験体だったらしい」

『ふぅむ、それは何か根拠のある話なのかい?』


 目を細めて考えながら尋ねたミケにウィンドが頷いた。


「うん。天国の円環ヘブンスハイローから天上人たちが一度アレを捕獲しに来たことがあるんだよね。そのときに彼らはグリーンドラゴンに対してそう主張し、キベルテネス級というかつての大型兵器を使ってグリーンドラゴンを捕らえようとして……結局全滅した。結果、北海道の一部が消滅したらしいね。私も実際に見たわけじゃないけど」


 その言葉に渚が首を傾げた。北海道の一部が消滅? 残念ながら渚にはそのスケールを推し測れない。何が起きたのかすらも分からない。その疑問が口に射出される前に山田が「ともあれ」と話を続けた。


「グリーンドラゴンはずっと宇宙船を探していたのでしょう。そして今回見つけた。調査に行かせた騎士団からの報告を総合するに、長い間ひとつどころにいなかったグリーンドラゴンがこの地に残っているのはそれが理由だと判断できます。機械獣をどうにかできれば、アレは飛んで宇宙に向かうでしょう」

「!? じゃあさ。宇宙船が駄目ならアンダーシティは?」


 続けての渚の問いにウィンドが首を横に振る。


「そっちも無理なんだよ。通常のアンダーシティの戦力は一都市分でも恐ろしく強力だよ。総力で挑めば倒せないとは言わないけど、結局は支配しているのはAIで、彼らを従わせる手段が私たちにはない。占拠してもコントロールできないし、まごついてる間に他の地下都市に包囲されて壊滅させられるのが落ちだ。いや渚が言っているのは廃棄されたアンダーシティの方だったっけ?」

「そうだよ。アゲオ村のアンダーシティ……あれは使えないのか?」


 渚の問いにもウィンドは首を横に振る。


「黒雨は狡猾なんだ。あれは本当にただ人を殺すためだけの兵器なんだよ。機械種としての能力が制限されているからあまり大掛かりなことはできないけど隙間があればどこにだって入り込んで繁殖するし、情報だけを送って内部でゼロから増えていくことだって可能なのさ。結局廃地下都市ってのは侵入を防げないと判断されたから廃棄され……」

「ん、ウィンドさん?」


 話している途中で唐突に言葉が止まったウィンドに渚が訝しげな顔をする。それにはミケも山田も同様に何事かという顔をしたが、ウィンドは少しだけ虚空に視線を向けながら何かを考え込み、それからミケを見て「いや、できるかも?」と口にした。


「ガヴァナー、何か思いついたのですか?」

「ああ、そうだ。そうだった。今の私たちにはミケがいるじゃんか」

『僕かい?』


 首を傾げたミケの問いにウィンドが満面の笑みで頷く。


「うん、そうだよ。そう。いや、勿論ミケ、君の意思も尊重するけど多分悪い提案にはならないと思うし、これならいろんなことが解決できてくれるかもしれない。あのシェルタードームだって取り込めたんだ。できないはずがない!」

『シェルタードーム? ああ、ウィンド。そういうことかい。君の言いたいことがなんとなく分かったよ』


 ウィンドの言葉にミケが頷き、その様子を山田は慎重な顔で、渚はあっけにとられた顔で見ている。それから渚がウィンドに口を開いた。


「ちょっと、どういうことだよミケ、ウィンドさん。何か解決策が見つかったのか?」


 その問いにウィンドとミケが頷き、それからウィンドが渚に視線を向けた。そして、


「ねえ渚。君、アンダーシティの市長になってみない?」


 と尋ねてきたのであった。

【解説】

天上人:

 一般的には知られていないが、今もまだ天国の円環ヘブンスハイローに人間は住んでおり、それは天上人と呼ばれているとされている。もっとも埼玉圏では天上人と直接接触した記録は存在していないため、真偽のほどは定かではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ