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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
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第188話 リンダさんと復讐の連鎖

「許可できるのは十分だけだ。会話は問題ないが接触は禁止されている。まあ、触ること自体が不可能だがね」

「承知しましたわ。ありがとうございます」


 監視官の言葉に頷いたリンダが扉をくぐり、部屋の中へと入っていった。

 渚が目覚めてミケの本体と出会ったのと同じ頃、壊れたマシンレッグを引きずりながらのリンダはとある場所を訪ねていたのだ。そして、部屋の中に入ったリンダが分厚いガラス窓の前に置かれた椅子に座るとガラス窓の先にいた男が首を傾げた。


「オオタキ旅団団長ザルゴ。起きておりますの?」

「ふぅむ、お前か。リンダ……リンダ・バーナム」


 リンダの声に反応した男は、昨晩に捕縛されたオオタキ旅団の団長ザルゴであった。

 この場はアースシップ内部にある隔離室であり、戦いが終わった後にザルゴは拘束され、この場に閉じ込められていたのである。ファングとドラグーンという遺失技術ロストテックのマシンアームはすでになく、ハイアイテールジェムも渚が戦闘中に回収し、ロデムが変形したアーマーは渚の猫パンチで破壊されていて、さらには機械化していた腹部以下の部分や、同様に機械化されていた眼球もロックされている状態だ。動けるのも胸部より上のみ。実質的にザルゴの自由が利くのは首と口ぐらいだろう。リンダが倒したモランほどではないにせよ、ザルゴの身体もそのほとんどが機械化していたのである。

 もっともザルゴはそんなことを気にもめずにリンダの声を頼りに顔を向けて笑う。


「外部の人間だろう。よく来れたな」

「わたくしはあの場に参加していただけですけど、一応あなたを捕らえた立役者の一人扱いになっておりますので。特例で許可をしていただきましたわ」


 努めて平静を保ってのリンダの言葉に、ザルゴが少しばかり「ほぅ」という顔をして頷く。


「先日にいきなり襲いかかった娘とは思えんな。落ち着いた。敵討ちでもできたのか」

「モランは殺しましたわ。ロデムは破壊された。人間ですらなかった。あなたの部下、地獄耳のザイカも仲間を逃がしている途中で死んだ」


 ザルゴが少しばかり沈黙した後に「そうか」と呟いた。


「ラッガ……の率いていた部隊はどうした?」

「逃げましたわ。というよりもわざと逃したというところでしょうか。旅団をコントロールできる統率者が誰もいないのでは暴走されかねないので……とうかがっていますわ」

「なるほど。良い判断だな。ところで、それを俺に教えていいのか?」

「そこは許可も下りていますから、ご心配なく」


 実際、その言葉が間違いではないのは会話を記録している外の監視官が部屋に入ってきていないことからも明らかであった。


「なら、結構。一応教えておくぞ。ラッガはお前とお前の両親を襲ったメンバーとは別口で、襲撃後に幹部となった男だ。そしてリンダ、生き残っているお前の仇はもはや俺だけだ」


 ザルゴの言葉にリンダの顔がわずかに硬直する。


「もっといたはずですが?」

「くっくっ、調べて貰えば分かるがな。この一年、こちらも随分と無茶をしてきた。その間にほとんどが死んだよ。今日という日を勝利の日とするために色々と手を尽くしてきたからな。お前のパートナーのおかげで何もかもが水泡に帰したが」

「それは、ザマアミロというべきところでしょうか?」


 その返しにザルゴが「はっはっ」と笑う。


「敗者はその言葉を甘んじて受けねばなるまいよ。それでリンダ・バーナム。何をしにここに来た? 昨晩の英雄であってもこの状況で俺を殺すことはできんだろうが……それとも何か聞きたいことでもあるのか? 両親の最後なら知らない方がいいと思うぞ」

「!?」


 その言葉にリンダがガタリと立ち上がった。


「怒りの視線を感じるなリンダ。だが、お前はモランを殺した。もうこちら側の人間だ」

「わたくしはあなた方のようにはならない」


 吐き捨てるように言うリンダにザルゴが笑う。


「もうなっているさ。お前、モランを殺したと言ったな。お前はアレが我が本拠であるオオタキ村の中でどれほど慕われているのか知らぬだろう」

「あんな男が慕われている?」

「不思議か? 実際、あの男は身内には優しいし、何しろ俺と同じで下半身がない。性欲も抑制されているから女にはモテる。ま、安全だからという理由だがね。肝心な深い関係にはなれないのだからいいように使われていただけ……とも言えるわけだが」


 その言葉にリンダの顔が歪む。


「まあ、そういうことをしているとな。弱者が寄ってくる。女、子供がアレのコミュニティに寄り添い、父と慕う者も少なくはなかった。モランという男はそれらを守るために無茶をし続けて、あのような身体になってしまった。分かるなリンダ?」


 分からないわけがない。だが、その言葉はリンダの口から出せない。


「お前はそれら全員の仇だ。憎むべき、恨むべき、父親の仇というわけだ。何よりもモランがいなくなったことで奴の下の人間はもはやたちいかず、遠からぬうちに飢えて死ぬだろう。或いはいたぶられてオモチャのように殺されることになるかもしれんな」

「だから、わたくしのッ、お父様とお母様を殺したことは……許されるとでも?」


 反射的に吐き出された言葉にザルゴは首を横に振る。


「そんなわけはない。だがそれが怨みというものだ。そこにお前は踏み込んだ。だからこそこちら側なのだ」


 そのザルゴの言葉にリンダは何かを返そうとして返せなかった。


「もっとも、お前が気付いていないだけで、元々お前も、お前の両親も、アンダーシティの住人はそれだけで我々の恨みの矛先ではあったんだがね。ただ生まれの差だけで……誰もがそう思っているのさ」

「逆恨みですわね」

「その通り。けれども俺たちが奪われ、犯され、飢えて死ぬ瞬間も、お前たちは温かいメシを食い、暖かい布団で寝ている。お前らにとっては俺たちの怒りは理不尽でしかないだろうが、アンダーシティという存在は俺たちの怨みの象徴なんだ。生きる原動力といってもいい。それがあったから生き続けられた」


 そこまで言ってから、ザルゴは少しだけハッとなった顔をしてリンダへと顔を向けた。


「すまないな。少し興奮してしまったようだ。それで、話というのはなんだ?」

「仇の残りを……と思ったのですが、もういいです」


 答えは知れたのだ。それが事実か否かはともあれ、ザルゴの話を聞く前から以前のような熱はリンダの中から消えていた。モランを殺したとき、やり遂げたという感慨は起こらず、何か虚しさだけが残っていたが、それはザルゴの言葉によって重苦しさへと書き換えられてしまった。


「そうか。ではこちらも聞きたいことがあったのだが……」

「なんですの?」

「ナギサはどうしている?」


 その言葉にリンダが眉をひそめる。それは一体、何を考えての言葉なのか。


「先ほど目を覚ましたと聞いていますわ。それがどうかしましたの?」

「そうか。お前はあの娘のことをどの程度知っているんだ?」

「どの程度とは?」


 訝しげな顔をするリンダに、ザルゴは「アレはおそらくドクと同類だ」と返した。


「ドク……確かカスカベの町で死んだというあなたのお仲間ですわよね」


 その問いにザルゴが頷いた。


「そうだ。聞けリンダ。ナギサがドクと接触していたのならば、或いは何かを掴んでいるかもしれない。もはや俺にその問題を解決できる手段はないが、これから話すのは未来に起こり得る現実の話だ」

「ザルゴ?」


 眉をひそめるリンダの前でザルゴは言葉を紡ぎ続ける。その声からはある種の必死さが込められていた。


「憎しみの連鎖……断ち切れるとは言わないが……それでもお前に慈悲の心があるならば聞き、ナギサに尋ねろ。そして俺の仲間にも伝えてくれ。この世界はもう間も無く終わろうとしている。それを回避するために俺は……」

【解説】

モラン:

 ザルゴの語るモランの話は見方によっては……という程度のものであり、死んで同然の男かと問われれば、オオタキ旅団の団員の多くが頷く程度にはロクデナシであった。ともあれザルゴの語るモラン亡き後の未来はリンダの同情を引くためのものではあったが間違いではない。庇護する者が消えた弱者が生き残れる余地はこの埼玉圏には存在しないのである。

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