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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
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第186話 渚さんと子犬連れのチンチクリン

「ここ、湖底だよな?」

『うん、そうだよ』


 病室を出た渚が目にしたのは青空と太陽の光だった。

 勿論、埼玉圏内で実際の青空が観れる場所などないし、本物の太陽の光が射すのは渚の知る限りアースシップの真下の湖底ドームだけであった。


「ザルゴとの戦闘後にあなたとミケさんをここに搬送したんですよ」


 後ろから付いてきた山田の言葉に渚が「わざわざなんで?」と口にして首を傾げた。戦闘後の処理もあるだろうしクレーターを貫通もされたのだ。普通に考えればザルゴとの戦闘後の後始末は相当なものになるだろうから、渚たちをわざわざここまで運ぶ労力を使う意味はないと渚には思えたのだが、その問いに答えたのは山田ではなくミケだった。


『ま、そこは僕の問題があってね。こうしなければならない事情があるんだよ。まったく、話を聞いた時には肝が冷えたね』

「ミケ、お前あんのか肝?」

『一応、この身体のベースは猫そのままだからね。機能はしていない偽物だけど配置は同じだから該当するものはあるよ』


 ユッコネエに寄り添われながらのミケがそう返した。


「ふーん、そうなのか。そんで事情って何だよ?」

『監視の目から逃れる必要があったのさ。黒雨がいつ止むかもわからなかったし、朝になれば浄化物質が薄まり、天国の円環ヘブンスハイローが顔を出す。絶対に見つからない場所に僕はいなければならなかったんだ』

「は、なんで?」


 天国の円環ヘブンスハイローとはかつての文明の痕跡であり、地球を囲んで浮かんでいる巨大建造物メガストラクチャーだ。その機能は停止しておらず、今も早朝に限定はされているが、埼玉圏人にRNSリングナビゲーションシステムの恩恵を与えてもいる。ミケがそれを名指ししたと言うことは天国の円環ヘブンスハイローがミケを探していると言うことになるのだが、渚にはその理由の見当がつかない。


『今の僕は機械種だからね。地上に機械種がいるということは、かつての文明では禁忌とされていたんだ。ましてやグリーンドラゴンを含めた複数体の機械種が確認できた時点で彼らは強硬策に出る可能性が高いらしい』

「機械種? それって確か昔の戦争で使われた兵器だったよな? あとグリーンドラゴンや黒雨もそうだって聞いたけど」


 それらはドクの受け売りであったが、山田は渚の言葉に感心した顔をする。


「よくご存知ですね。もっとも黒雨に関してはコアが別にあるので、問題はないのですが……ただ、そうですね。その機械種にミケさんはなったんです。だから我々は早急にミケさんを隠す必要があった」

「意味が分かんねえ。天国の円環ヘブンスハイローが探してるってこともそうだけど、ミケが機械種になったってどういうことだよ?」

『チップが覚醒したんだ』

「覚醒するとチップが機械種に? って、おい。まさか!?」


 渚が自分の頭を掴んだ。チップといえば渚の脳と癒着している遺失技術ロストテックだ。それが覚醒したという言葉に渚は目を丸くしたが、ミケは前足を渚の右腕に向けた。


『頭の方じゃない。ドクから手に入れた右腕の方さ。頭も危なかったんだけどね。僕が覚醒する前に右腕のチップに移動したから今は問題ない。君が死に瀕しなければ、とりあえずは大丈夫だから』

「そ、そうか。問題ないならいいんだけど。それに死に瀕するってなんだよ?」

『それがチップの覚醒条件なんだよ。現に昨晩、君がザルゴに殺されたことでチップは覚醒を開始したんだ』

「いや、生きてるぜ?」


 渚がそう口にする。実際、渚は今この場に立って歩いている。けれどもそれには「チップはそう判定したようです」と山田が補足した。


『そういうことだね。脳死には至らなかったけど、状況からチップの判定は渚という個人の生存確率がゼロであると診断し、サブシステムとして用意された僕にチップの権限が映った……はずだった』

「ミケがサブシステム?」

「そうです。そのことに関しては我々も情報は掴んでいました。チップ所有者が死亡した場合のチップの保全を目的としたサブシステムとしてナビゲーションAIが用意されていたのだと我々は推察していたのですが……チップは現代では遺失技術ロストテックとしても最上位のものですので」

「まあ、便利なのは分かるけどさ。つまりはあたしのナビだけではなく、あたしが死んだ後のことも考えてミケは用意されてたってわけか」


 渚が軍事基地で目を覚ましたときからミケはナビゲーションAIを名乗っていたし、実際にそういう形で渚に接してきていた。けれども、その役割自体は偽りではなかったにせよ、それだけではなかったという事実に渚が眉をひそめる。


「そうです。その意味だけならばおおよそ正しい。ただ、我々の方の認識は間違いだった。目的はチップの保全ではなく、メインであるあなたが死んだ場合、ミケさんは代わりにチップの主となるために用意されていた……ようです」

「それってどういう?」

『要するにその肉体のパイロットの交代だよ。君にとって分かりやすく言うなら憑依、或いはゾンビ化というところかな?』

「マジか!? けど、死んだ後か……ならいいのか?」

『君は良くても僕は嫌だよ。ナビゲーションAIである僕は君が死んでも、君を守るという命令には逆らえない。となれば君の意志を尊重しながら、肉体の保全……ひいてはチップの保全にその後を費やすことになるんだ』

 

 ミケの非難の言葉に渚がうっという顔をして「ごめん」と謝った。


『分かってくれたかい。まあ、けれども安心してほしい。僕が離れたことでそれも回避はされたんだから』

「そ、そうなのか?」


 渚がそう口にした直後に、進んでいた道の先にある建物から子犬が飛び出してきた。


「ウォン、ウォン」

「え? あの犬、確かユミカだったか?」

『おや、また来たよ』


 それはシベリアンハスキーの子供だ。昨日アースシップに入ったときにも姿を現したユミカが渚たちの元へと近付き、それからミケと山田を睨みつけた。


「ウォン、グルルル」

「ミケ、なんかお前睨んでいるぞ。あと山田さんも」

『ユッコネエを盗られたと思っているのかな。その子は僕を敵視していてね』

「僕も好かれてないんです。理由はよく分かりませんが噛むんですよ、その子」


 そう口にしたふたりの前でユッコネエが飛び出して「にゃあああ!」と鳴いて猫パンチを喰らわせた。そしてユミカが「クゥウン」と悲しそうな声をあげてUターンして建物の中へと去っていく。


「あーあ、行っちゃったよ……って、ウィンドさん?」

「はーい。まったく何をしてるのかな、ユミカは」


 ユミカが建物に入ってすぐに、ユミカを抱えたウィンドが中から姿を現した。なお、ユミカはバサバサ尻尾を振っていた。一瞬でご機嫌になったようである。


「やあ渚。つい今報告は受けたけどさ。うん、元気そうで良かったよ」

「え、お、おう? 元気だけどさ。ええと、ウィンドさんが出てきたってことはミケの本体はこの中にいるのか?」


 渚が目の前の建物を指差して尋ねる。そこにあったのは見るからに頑丈そうなドーム状の建物であった。そして、その問いにはミケとウィンドが同時に頷いて返した。


『うん。そうだね。航宙艦隊戦クラスの攻撃でも耐えられる代物らしいよ。そんなものを喰らったら関東一帯が消し飛ぶけどね』

「そうそう。うちでは一番頑丈でね。最悪の状況ではここに避難することになっていたんだよ」


 その両者の言葉を聞いて渚が眉をひそめた。


「なんで、そんなところにミケがいるんだ? いや、守ってるのか?」


 先ほどの話ではミケは天国の円環ヘブンスハイローに狙われているということだった。だから渚はそう尋ね、その言葉にミケは頷いた。ただし渚の認識する『守る相手』とミケの認識する『守る相手』では大きく齟齬がある。そして、それを正すべくミケが渚にこう告げた。


『そうだね。これは守っているんだよ。僕から……この埼玉圏のすべての人間をね』

【解説】

ミケ・ドローン:

 現在、渚と接しているミケのボディは精巧に造られた猫型ドローンである。

 内部には本人の模擬人格が組み込まれており、本体と同期することで記憶を共有する形を取っている。

 なお、このドローンにはマトリクスは宿っていない。

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