第181話 ミケさんと適応進化
魔弾。アイテールライトによって構成されたその光弾はミケが先ほど出した爆弾猫と同質の兵器であり、自律して目標へと確実に着弾することを命じられた判断AIが組み込まれていた。
その性能は先ほど実証されている通りだ。みっつ重ねれば小さな山を穿つほどの威力を持ち、ソレがミケに対して弧を描きながら三方向から突き進んでいく。
対してミケはとっさに後ろへと跳ぼうとしたが光弾は軌道を修正して加速する。
『ミケさん!?』
直後にリンダたちの前で緑光の爆発が起き、周囲は光に包まれて、人の声も雷鳴もかき消えた。もっとも爆発の範囲は極めて限定的なもので周辺への被害も少ない。リンダやマーカスたちは爆風で吹き飛ばされたものの、死ぬほどのダメージではなかった。
とはいえ、威力が低いというわけではない。むしろアイテールの濃度は高く、それはよりエネルギーを圧縮させての高出力の一撃であったのだ。一瞬悲鳴のような鳴き声が聞こえたが、ザルゴは間を置かずに爆発の中心へと突撃していく。
『油断はせん』
普通であれば、終わっているはずだ。ザルゴの常識からして生物でも兵器でもそれで生き残れるはずはない。けれども今の攻撃ですら確実に殺しきれていたとザルゴは考えていない。終わったという確証を得ぬまでは攻撃の手は緩めぬと決め、駆けながらファングの一本のタンクバスターモードを発動させて巨大な緑光の拳を生み出した。そして爆煙へと踏み出したザルゴはすべてを破壊しようと拳を前へと突き伸ばそうとして、
『うん。届いたね』
『なっ!?』
煙の中から巨大な猫パンチが飛び出し、それを喰らったザルゴが弾き飛ばされた。同時に煙が吹き飛んで、周囲に撒き散らされたアイテールの輝きが中心に向かって渦を巻いて吸い込まれていく。ザルゴは吹き飛ばされながらもその様子を目撃し、驚愕の表情を浮かべながら地面に着地した。
『貴様、あの……ファイターバスターモードの光弾を防いだというのか?』
ここまでの状況から生きている可能性があることは想定していた。だが無傷であるなどとは想像もしていなかった。けれども視線の先にいる、先ほどよりも一回り大きくなっている機械猫はザルゴの声を聞いて、まるで何事もなかったような顔をしてコクリと頷いた。
『いや、実に惜しかったね。君が先ほど出してくれたアイテールのナノミストを吸収するための進化が起きていなければ、消化しきれたかどうかは分からなかったよ。ありがとうザルゴ。すべて君のおかげだ』
それは悪夢のような言葉だ。敵は進化する。わずかな間にザルゴですら傷付けられなくなるほどに強固になっていく。それに今のザルゴはカウンターの猫パンチを喰らったことで、発動したタンクバスターモードも不発のまま解除されてしまったし、残弾は二発しかない。そして、もはやそれすらも目の前の化け物に通用するかは分からない。
『それと君にようやく当てられたね。わずかではあるけど一応僕のストレスも若干和らいだかな?』
そう言って前足で顔を洗うミケを、ザルゴは呆気にとられながらも観察する。
その姿はただ大きくなっているというだけではなかった。先ほどの攻撃性を帯びた形状の上に今度は丸みを帯びた装甲が覆っており、さらには全身を緑の放電が走っている。電磁流体装甲と同種か、あるいはアイテールを吸収するためのものなのか。そこまでは分からないが、無意味なものではないだろうと。
『ますますおかしな姿になっているな』
『それも君のおかげだよザルゴ。君というこの埼玉圏の中でも最高クラスの戦闘能力を持つ相手と対峙できたからこそ、僕は君に適応する形で進化ができた。他の誰でもここまでの成長は見込めなかっただろうね』
その言葉にザルゴが苦々しい顔をした。ここまで己が仕掛けた計画がガラガラと崩れ落ちていくのをザルゴは感じていた。もはや勝利の道はないと理解させられた。
『なるほど、俺は貴様という化け物を生み出すための餌だったか』
であれば、ここは退かざるを得ないとわずかに下がりつつもミケに声をかける。
『結果的にはそうなった。まあ、とはいえだ。これ以上の成長はいささかよろしくはない。僕にも今のこの身体が『どこまで行き着く』のかが正直分からないんだ。だから』
『だとすれば、俺は……ぐっ、うぉ!?』
そう言いながらその場から離れるためにザルゴが動きだそうとした次の瞬間である。何者かの見えない手が背後から伸びて、ザルゴの胸部のハイアイテールジェムを掴んだ。その様子を目を細めて見ながら、肩をすくめてミケが笑う。
『とりあえず一発入れたし、僕の手出しもこれで終わりにしようかな。じゃあ『渚』。あとは頼むよ』
「分かってる。そんでザルゴ、これがあんたのパワーの源なんだろう?」
背後から響く声にザルゴが驚きの表情を浮かべた。
『ナギサ? ナギサだと!?』
そう言いながらもザルゴは振り向きざまに一撃を見舞おうとしたがもう遅い。可視化した渚は跳躍してザルゴから一気に距離を取った。そして、その右腕には奪い取ったハイアイテールジェムが握られている。その事実にザルゴが怒りの表情をあらわにしながら『どういうことだ?』とロデムに尋ねる。
『申し訳ありませぬ。シールドが反応しませんでした』
AIロデムは正直にそう返した。すでに仮想人格を解除しているロデムは今、ただ己の主人の命令に従うのみの存在だ。故にその言葉は正しく、自己保身の偽りではなかった。また、これまでもハイアイテールジェムはザルゴの胸部で輝いていたが、それは別に無防備だったわけではなかった。
渚たちがそこまで届かなかっただけでハイアイテールジェムは元々不可視のシールドによってここまでずっと護られていた。けれども、そのシールドは反応せず、ハイアイテールジェムは今渚の手に握られている。
『つくづく常識はずれな。それにナギサ、貴様いつの間に水の中から上がった? その胸を俺は確かに貫いたはずだぞ』
その言葉に渚が頷く。ザルゴの言うことは事実。しかしザルゴは渚がミケの中にいたことを知らなかった。ミケの内部で治療を受け、先ほどファイターバスターモードの光弾をミケが受ける際にすでに排出されていたという事実にも気付いてはいなかった。
「ま、ちょいと治療を受けていたのさ。おかげで今じゃあピンピンしてる」
そう言って巨大な雷光が落ちている前で、渚が両手を広げて己の無事を告げる。
けれどもザルゴから見れば目の前の相手は明らかに異常であった。
『それにナギサ……貴様。その顔は……お前は何だ?』
ザルゴはドクロメット姿の渚しか見たことがないためにその素顔を知らなかった。けれども目の前にいる少女が異常であることは分かる。全身が薄ぼんやりと光り、中でも右腕と髪と瞳はより強い緑の輝きを放ち、猫のような耳が生えていた。そして光に包まれた渚が右の拳をザルゴに向けて口を開く。
「生まれ変わったんだよ、アンタをブッ飛ばすためにさ。ま、そろそろ寝ないと明日も辛いしな。これで決着つけようぜザルゴ!」
【解説】
適応進化:
ミケはザルゴより強くなり、渚は雷に強くなった。




