第018話 渚さんと事後報告
「クキシティ? えーと、そこまで続く道が通れないのはマズいのか?」
状況が分からぬ渚の問いに、リミナが頷く。
「ここは採掘村としてクキシティに保護されてる区画だからね。この周辺じゃあ、食物だってアサクサノリとサイタマトカゲくらいしか収穫できないし、村のみんなの腹を満たすことだって当然無理だ。まあ備蓄はあるからしばらくは食いつなげるけど、補給なしじゃ村が成り立たない」
「採掘村?」
一体なんの話だか分からぬという顔の渚に、リミナが「ああ、そうだったね」と呟いた。ルミナは渚が記憶喪失であることを失念していたのだ。
「実は、この地下にはさ。廃都市になったアゲオアンダーシティが眠っているんだよ」
リミナのその言葉を聞いたミケが興味を惹かれたのか、ヒゲを揺らしながらクイッと顔を上げた。
『アンダーシティ、地下都市か。ジオニックフロントかアンダーグラウンドシティではないんだね』
(ん、なんだ? どういうことだ?)
その呟きに渚が眉をひそめたが、ミケは『いや、別に』と返す。それからミケは前足でトントンと床を叩いた。
『恐らくだけど、この地下には僕が製造された辺りの時代の街が眠っているんだろうね。そして、彼らはこの村を拠点に地下都市へと潜って、今じゃ造れない技術や物品を採掘して、それを売って生活をしているんだろう』
(おお、なるほど)
「つまり、この地下には金になるものがいっぱいあるってことか」
ミケの言葉を聞いて状況が掴めた渚に、リミナが笑って頷く。
「察しがいいねナギサ。そういうことさ。私らは地下都市の遺失技術を集めて、金に替えて生活してる。今はちょっと問題があって閉鎖してるけどね」
その言葉を聞いた渚がどういうことかと眉をひそめたが、その続きをリミナが話す前にバルザが口を挟んできた。
「そうだ。地下都市を閉鎖している関係で、今は狩猟者と探索者が出払っている時期だ。だからこそ、なおさら戦力不足でタイミングが悪い」
地下都市の探索は現在行われておらず、今は村に戦える人も少ない。その上にアーマードベアが出没してライフラインを寸断されているとなれば、それが相当に悪い状況なのは渚にも理解できた。
「それで村長、原因てのはやっぱりアレかい? 百鬼夜行が出たって聞いたが」
「百鬼夜行?」
再び聞き慣れぬ単語に渚が首を傾げる。
百鬼夜行といえば妖怪が行列を作って移動している様ぐらいしか渚には思いつかない。横では『日本のモンスターが集まって移動することだね』とミケが口にしているが、認識としては同じようなものだ。
「ああ、機械獣ってのはさ。何かしらの原因で生息域に全体で移動することがあるんだよ。その移動を百鬼夜行って言ってね。それが起こると生息域が変わって、今まで安全だった場所も安全じゃあなくなるシャッフルって状態になるんだよ」
その言葉に渚が「なるほど。百鬼夜行……もしかしてあれのことかな?」と呟いた。基地近くで見た機械獣の群れを思い出し、あれが百鬼夜行なのだろうと見当が付いたのだ。一方でバルザもリミナの説明が終わると話を続けていく。
「機械獣の群れらしい影を見たっていう狩猟者がいてな。その直後に帰還組がやられたん……ん、あれだと?」
「ちょっとナギサ。あんた、まさか見たのかい?」
「え、なんの話だ?」
リミナとバルザが急に己を見たことに渚が目を丸くした。
「何のって百鬼夜行だよ。あんた今あれかって言ったよね?」
「あ、ああ。そういうことか。いや、なんか遠くから見ただけだぜ。数百だか何千だかっていう機械獣が移動しててさ。多分あれが百鬼夜行だったんじゃないかなって思う……んだけど?」
渚がそう返すとリミナとバルザがより一層深刻な顔になっていた。
「となると確定か。こりゃあ、荒れるな」
「荒れるだろうけど……ねえナギサ。あんた一体どこで百鬼夜行を見たんだい?」
その問いに渚は少し考えてから、首を横に振った。
「いや、悪いけど場所は分かんねえよ。何しろ、ヤベエって思って慌てて逃げたからな。その上に迷子になっちまって、そこらさまよってたんだし」
「ああ、そういうことかい。それであんな場所にビークルでいたんだね」
あまり人の寄り付かぬ岩場を渚がビークルで移動していた理由を察したリミナが納得した顔をする。もっともその表情はまったく穏やかなものではなくなっていた。渚の報告によって懸念事項がより確実なものとなってしまったのだ。
その様子に戸惑いながらも、渚は自分が見た状況を思い出しながら口を開く。
「なんかさ。いろんな機械獣がいて、それが一直線に移動してたんだよ。でっかいクジラみたいのも空に浮いてたんだけど、多分それのことだよな?」
「フォートレスホエールか。随分と大物だな」
「参ったね。本格的に問題だ」
基地についてはあらかじめミケに口止めされていたので話せなかったが、ここまでの話だけでもリミナとバルザが目を合わせながら苦い顔をしている。
「マズイことはマズイけど……ともあれ、私らにできることなんてないし、百鬼夜行は狩猟者管理局に報告するしかないね。もっともすでに連絡ぐらいは入ってるだろうけど。で、村長。昨日来た狩猟者連中の姿が街中になかったけどそっちはどうしてるんだい?」
「今はクキシティに戻るための準備をさせている。すぐにというわけにもいかん。戻って来た連中の回復を待って、明日にでも強行隊を編成して街に向かってもらう予定だ」
「となると、私も行った方がいいかね?」
そのリミナの問いに、バルザは首を横に振った。
「狩猟者のほとんどが出払うんだぞ? シャッフルが起きているかもしれないことを考えれば、なおさらお前を行かせるわけにもいかん。そっちのナギサとか言ったか。あんたにはお願いしたいものだがな」
「あたしがか?」
ナギサが自分を指差すとバルザが頷く。
もっともそれにはリミナが眉をひそめた。
「村長。その子はあたしの恩人だ。やるかどうかも本人の意思次第。無理強いするなら私が出た方がマシだ」
「そうか。まあ、できれば前向きに検討してもらいたいものだが……ふむ」
そこまで話したところでバルザの視線が入り口に向けられた。
「リンダか。どうした?」
渚がバルザの声をかけた方へと視線を向けると、そこには長髪の、気の強そうな少女が部屋の入り口に立っていた。
その格好は渚ほどトゲトゲしくはないが動きやすそうな防護服を纏っていて、顔立ちも美人の類ではあったけれども、その表情には焦燥感が滲み出ていた。
「リミナさん、戻っていらしたのですのね」
「リンダかい。その様子じゃあアンタは無事だったようだね」
「ええ、それだけが取り柄ですから。あの、そちらの子は……いえ、村長さん。ノックスがもう限界だそうです」
一瞬、渚の存在を気にしたリンダであったが、今はそれどころではないようで、すぐさまバルザに口を開いた。そして、バルザが「そうか」と口にして頷くとリミナを見た。
「ノックスはお前の教え子だったな。看取ってやれリミナ」
バルザの言葉にリミナが頷く。それから眉をひそめ、顔を上げて天井を見ながら口を開く。
「あの馬鹿が……そりゃあ狩猟者はそういう仕事だけどさ。こんなんじゃあ教えた甲斐がないだろうが」
その言葉には、リンダも顔を伏せて肩を震わせる。一方でそのそばにいた渚も、何も言うことができない。ノックスという人物のことは分からぬし、リミナのこともろくに知らぬ渚にはここで言うべき言葉は見つからなかった。そして……
『ふむ。この状況は使えるかもしれないね』
ミケが髭を揺らしながら、ポツリとそう呟いていた。
【解説】
機械獣の生息域:
機械獣は個体ごとに一定のテリトリーを保持し行動しており、狩猟者はそれらを記録していくことで比較的安全なルートを確立してきた。しかし、今回起きた事態によりこれまでのルートの安全性は消失した可能性が高く、狩猟者管理局は新たな対応を迫られることとなる。