第178話 ウィンドさんと謎のアラート
『ナギサ……うぅ、待っていてください。わたくしが今……くぅ……行きますわ』
リンダが呻きながら地面を這いずって進んでいく。
現在リンダのマシンレッグは片方が破損し、衝撃でもう片方も動作不良を起こしている。そのため彼女の移動手段は己の腕のみとなっていた。もっとも今のリンダでは湖に沈んだ渚を救う手段はなく、また渚も自力で浮上して来る様子もない。
『しかし、妙な反応だったな』
一方で渚の心臓を貫き、クレーター湖に沈めたザルゴは意外そうな顔をして、渚の沈んだ湖面を見ていた。確かに確実に殺す意志を込めて攻撃を仕掛けはしたのだが、それにしても手応えがなかったと感じたのだ。
『再び浮かぶ気配もなし。あの場面で喰らったというのは……狙いがあったというよりは何かに引っかかったという感じか。それが何かしらの不具合によるものであったのであれば運がなかったな。どの道、仕留めるつもりではあったにせよ』
そう言ってザルゴがアースシップへと視線を向ける。
マーカスや騎士団、それにウォーマシンたちも動けない状況で彼を阻む存在はもはやひとりしか存在しない。そして、その対抗できるただひとりの人物がザルゴに対して周辺のスピーカーから声を発した。
『よくもやってくれたねザルゴ。うちの庭を荒らして渚まで殺してくれた。本当によくもやってくれたよ』
それは激情を抑え込んでいる気配に満ちた怒りの声だった。
対してザルゴは少しだけ笑う。
『ナギサか。アレは貴様にとっても何かしら意味のある存在だったのかウィンド? しかし、油断できる相手じゃない。お前と同時にかかられてはさすがに厄介だから排除するのは当然のことだ』
『あっそう。悪いけど、こうなれば私もちょっと穏やかではいられないよ』
ウィンドの言葉にザルゴがさらに笑った。
『構わん。元より穏やかに終わらせるつもりもない。そちらの切り札であるウォーマシンはすべて稼働不能にしたし、騎士団もマーカスももう戦えぬ。この場以外は俺の配下と機械獣の群れの対処でどこも動けないはずだ』
ザルゴの口から自信に満ちた言葉が紡がれる。ここまでの状況はすべてザルゴの想定通りのものであった。機械獣の群れは現状の戦力でも対処は厳しく、ザルゴの配下たちはモランこそ倒されたが、今も完全に鎮圧はされていない。この場に辿り着いた渚やリンダたちは想定外ではあったがイレギュラー足り得なかった。もはやザルゴを阻む者は彼が狙っている張本人のみだ。
『それでは向かうぞウィンド。それともお前から来るか? これから俺の牙城となる場所だ。壊したくはないからな。それにアースシップは戦闘艦ではないし、攻撃手段はない。防御フィールドを張れば、俺の攻撃によって都市全体を巻き込む被害を生み出すことにもなろう。降参するならば、住人たちを逃がす時間ぐらいはくれてやっても良いがどうする?』
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「言ッわせておけば!?」
アースシップ内で指揮をしていたウィンドがその場でガバッと立ち上がる。だが、そのウィンドの肩を横にいた山田が押さえた。
「ガヴァナー、熱くならないでください。ただでさえちっこいから頭に血がのぼりやすいんですよアナタ」
「ちっこいのは関係ないよ。それにそうは言ってもね山田くん。あの子があんな気持ちで私を見ていて、それで死んだんだ。そんなことをしたヤツが今踏ん反り返ってあそこに立っている。許せるものじゃあないよ」
モニターに映っているザルゴを指差してのウィンドの言葉に山田が首を横に振る。
「少しは頭を冷やしてください。あなたはあの、会ったこともない妹のコピーだけの責任を負っているわけではないでしょう。その肩には僕を含めたこの都市、いや埼玉圏そのものの運命がかかっている。忘れてませんよね?」
その言葉は誇張ではない。ここまでのザルゴの言葉から彼が都市部の人間の命をまるで考えていないことは明白だ。アースシップを操作できる一部を除いて殺されるか、この場から排除されるかの可能性は高く、またこのクレーター湖で生産している藻粥の配給が止まれば埼玉圏内の生活は一気に追い詰められる。
もはやコシガヤシーキャピタルの食料供給なしで埼玉圏内は現在の人口を維持できない。またアンダーシティに維持する気もないのだから、その先に人々を待つのは飢餓という地獄である。
「分かってる。だから私が行くしかないんだよ。準備はできてるんでしょ山田くん?」
「ええ。今回はウォードール『イダテンくん』を用意してあります」
その言葉にウィンドが眉をひそめた。
「『ビシャモンくん』ではなく?」
「攻撃型は今回は駄目です。アースシップからのレーザー供給があるとしてもあのハイアイテールジェムの出力には勝てないし、複数のタンクやファイターバスターモードとは火力でやり合えない」
ウォードール。それは一時的に魂を生身を切り離して機械の身体に移し、人を超えた動きで戦う戦闘兵器である。もっとも魂の移動は調整が難しく、現時点においては専用にチューニングされているウィンド以外では使用不可能であった。
「分かった。超加速で仕留めてくる。大丈夫だよ」
そう言って立ち上がるウィンドに「気を付けてください」と山田が言う。
「長命種に調整されたとはいえ、あなたの限界はそう遠くない。無理のし過ぎは寿命を縮めますからね」
「別にここまでが長く生き過ぎたんだよ。いつ死んだって私は満足さ」
「あなたのために言ってるんじゃないんですよ。最低でも瘴気の問題が落ち着くまでは頑張ってください。そうでなければこっちが困る」
山田がやれやれと言う顔をして眼鏡をクイっと上げ直し、ウィンドが頷いて動き出そうとした次の瞬間である。彼らの前にあるモニターが赤く染まり、アラートが次々と表示されていった。その様子にその場の全員が目を見開き、確認していたスタッフがウィンドに報告の声をあげる。
「ガヴァナー・ウィンド。埼玉海に異常が発生しています」
「え、埼玉海? ザルゴではなく?」
ウィンドの返した言葉はこの場の全員が思ったことの代弁だ。アラートの原因はザルゴが再びファイターバスターモードを発動させたためではないか……と誰もが思ったのだが、そうではなかったのである。
そして、アラートの原因は埼玉海と彼らが呼んでいるクレーター湖の中にあった。
「水温が上昇? だけではなく減っている?」
「どういうことなのさ? これ以上のイレギュラーは困るんだけど、ほら解析急いで」
指示をするウィンドに、スタッフが困惑しながら言葉を返す。
「状況は不明。ですが……中心の熱源らしきものが上昇して……あ、水面を出た」
「カメラ捉えました。モニター映します」
その報告とともに彼らの前にある巨大なモニターに湖面から飛び出してきた『何か』が映し出された。それは彼らが今まで見たことのない存在だった。
「なんだ、あれは?」
「……人間か?」
「いや、猫だ。猫型の……」
「おい、まさか。資料にあったアレと同じじゃないか!?」
「アレ? 確かにグリーンドラゴンに似ているが」
その場のスタッフがその正体の予測を口にしていくが、結論はデータベースのマッチングをしていたスタッフの口から発せられた悲鳴のような声によって告げられた。
「データ照合完了。マッチング100パーセント。間違いありません。あれは機械種です!?」
【解説】
ウォーアーマー:
かつて搭乗型の高機動兵器には乗っている人間の肉体限界というものが存在していた。大型化した兵器には重力制御を含む各種対策がコクピットに施されることで問題を解決したが、人と変わらぬ程度のサイズの兵器ではそうもいかず、そこで生み出された解決策のひとつが魂を肉体より移動し、魂による操縦を可能としたウォーアーマーである。
肉体という限界がなくなったことでウォーマシンの搭乗者はリミッターのないセンスブーストを使用した超高速の世界での戦闘が可能となり、またウォーアーマーの多くはウォーマシン以上の戦闘能力を持っているため、単機でウォーマシン部隊を制圧することすらも不可能ではなかったという。




