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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第5章 首都攻防
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第176話 渚さんと竜の目覚め

『おらよ。行くぜっ』


 渚が声をあげながら一輪バイクを走らせる。デッドウェイトとなっているライオットシールドや不要な銃器などをパージし、アクセルを踏み込んでザルゴへと突撃していく。


『速い。が、動きが単調だ。であれば、すぐに捉えてくれようさ』

『捉えられるか、あんたにさ!』


 渚が叫びながら補助腕サブアームを地面に接触させてバイクを跳ね上げさせるとザルゴのファングの一撃をかわした。同時に渚は伸ばされたファングをアイテールチェーンソーで斬りつける。


『ぬぅうっ』

『硬ってぇ!?』


 接触した箇所で緑色の火花が散り、渚はバイクの勢いに乗せてその場を離れたが、アイテールチェンソーの一撃はザルゴのファングを切り裂くには至っていない。表面に傷こそ付いているものの中まで到達していないのだ。その様子に渚が眉をひそめる。


『くっそぉ。いざ敵に使われるとなると厄介な腕だな』

『君と戦った相手もそう感じていたんじゃないかな。とはいえザルゴは補助腕サブアームは外しているようだし、その分はまだマシだよ。それに渚、ファングの装甲だけどね。君位が最初に目覚めたときのこと、メテオライオスと戦ったときのことを振り返ってみなよ』


 ミケの言葉で渚はかつての状況を思い出した。


『!? ……メテオファングか』


 そう。メテオファング……メテオライオスの牙は確かにマシンアームのファングに突き刺さっていたのだ。


『そういうこと。あれならダメージを与えられる』

『ああ、そうだったな』


 渚が頷き、一輪バイクをUターンさせてザルゴに再度突撃していく。


『ちょこまかと』


 直線的な動きからザルゴの攻撃が近付いた途端に渚の動きが一変した。曲芸のごとき動きを見せて、わずかな差でかわして狙い澄ましながらザルゴへと飛びかかった。


『おらぁっ』


 そしてメテオファングのついた二本の補助腕サブアームがザルゴを掠めた。


『避けやがったか』

『追いつけないだと。箱庭の世界ミニチュアガーデンの性能差……それにこのタイミングでか!?』


 ザルゴがとっさに上空を見る。直後に天より緑光の流星が落下し、それをザルゴがファングのブースターを使って避けた。


『外しましたわね』

『リンダ!』


 渚が声をあげる。緑光の流星の正体、それはザルゴへと飛びかかったリンダであった。モランとの戦闘を終えたリンダは渚との連絡後に合流するべく動いていたのである。


『サンキュー。絶好のタイミングだぜリンダ。クロとミランダは?』

『ふたりは展望台の鎮圧をしています。まだ予断を許しませんが、あの子らなら大丈夫でしょう。それでわたくしは……その、コンビですから!』

『だな!』


 リンダの言葉に渚が親指を立てて笑う。また、この場で行われていたもう一方の戦闘もこの時点で決着がついたようであった。


『も、申し訳ございませんザルゴ団長』

『百目……それにドグウが倒されたか』


 ザルゴが忌ま忌ましそうにそう口にして、傷ついた身体で飛び跳ねながら己に近付いてくるロデムを見た。その姿は敗残者そのもの。当然、色よい結果など残せてはいないだろうとはザルゴもすぐに理解できた。


『どうだ。ザルゴ……これでお前も終わりだ』


 そして、破壊されたドグウとロデムの乗っていた機械兵の残骸を背にしたマーカスがザルゴへと近付いていく。マーカスの強化装甲機アームドワーカーも傷付き、いくつかの箇所で緑光の放電や火花が散っているが、未だ動きは鈍ってはいないようである。


『ふん、なるほど。よくやってくれたものだな』


 状況は二対三。もっともロデム自身には戦闘力がないため、実質一対三だ。その事実を前にザルゴが目を細めて思案する。対して渚がアイテールチェーンソーをザルゴに向けて声をあげた。


『そんで、どうするよザルゴ。これで形勢逆転だ。あんたにも仲間だっていんだろ。ここらで白旗あげた方がいいんじゃないか?』


 渚のその言葉にザルゴが笑う。終わる気などさらさらないという態度に渚たちはすぐさま戦闘の構えに入るが、ザルゴが次におこなったのは近付いたロデムの頭部を掴むことだった。


『さて、どうかな。頃合いだ。ロデム、『戻って』もらうぞ』

『し、仕方ありませんな。お任せいたします! グッゲェエ!?』


 次の瞬間、ザルゴがロデムの頭部をもぎ取り、驚きの顔をする渚たちの前で胸部に輝くハイアイテールジェムへ近付けた。


『こいつ、仲間を殺した?』

『いや、ちょっと待って。何かおかしい。あの老人、ボディが機械だ』


 ミケの言葉は正しく、千切られたロデムの首の断面からは金属フレームやコードが飛び出して緑色の放電を放っている。また、ロデムの頭部であったものが変形し、それは鎧のようになってザルゴの胸部を覆っていった。


『どういうことだ。マズいぞ。撃てッ』


 マーカスの声とともに一斉に渚たちが銃を撃ち始めるが、ザルゴに届く前に緑光の壁によって弾かれる。それは三本のファングから発生したものだった。


『シールドだと?』

『ファングからそれぞれ緑光の壁が?』

『ミケ、なんだよあれ?』

『先ほどのドグウやモランのものに近いが……さっきまでは使えてなかったのに。これはどういうことだろう?』


 それぞれが驚きの声をあげる中、ザルゴの左腕が動き始め、緑色の光を放っていく。それは先ほどまで死んでいたものが復活したことを示していた。


『嘘だろ。さっき、ファイターバスターモードでクレーターを吹っ飛ばしたばかりじゃないのかよ?』

『ははは。ナギサ、お前は知っていただろうがファイターバスターモードやタンクバスターモードは内部のナノマシンの暴走の負荷を修理するため、使用後にセーフモードが発動する』


 それは渚も理解している。だからこそ不可解なのだ。けれどもミケは『そうか』と口にした。


『ロデム、あの老人が人間じゃないとすれば……それにハイアイテールジェムの出力があれば……ああ、そういうことか。これはやられたよ』


 ミケの言葉に渚が『どういうことだよ?』と叫び、ザルゴが『こういうことだ』と声を張り上げると左腕の拳が緑の光に包まれた。それはバスターモード。ファングと対になるドラグーンが戦闘モードに入った証拠であった。


『ナギサ、お前がライフル銃を高速変換できるように、ハイアイテールジェムの出力に戦略型AIロデムの演算能力が追加されたことでこちらの回復もすぐさま終えた……というわけだ』


 計六本の腕が自由自在に動く様を見て渚が眉間にしわを寄せる。それはどう見てもハッタリではない……ザルゴの真の力が戻ったことを物語っていた。


『阿修羅か。やっばいなぁ』

『気をつけて渚。今のあの男は』


 ミケの言葉に渚が頷く。ザルゴの危険度がつい数分前とは桁違いに上がっているという事実を渚も正しく理解していた。また、それはその場で対峙しているマーカスやリンダにしても同じだ。


『分かってる。タンクもファイターも使わせねえ。一気に畳むぞふたりとも!』

『承知ですわ。お覚悟!』

『ここで決着をつけてくれようザルゴ!』


 もはや猶予はないと全員が同時にザルゴに向かって走り出す。対してザルゴの表情には先ほどまでの焦りはない。


『無駄だ』


 そう一言漏らすと左の三本の腕からアイテールライトの砲弾を射出し、それはこの場で一番動きの鈍いマーカスの強化装甲機アームドワーカーを破壊し、リンダも空中回避して一発は避けたものの二発目はヘルメスへと被弾し転がっていった。


『キャァアアッ』


 落下時の衝撃はアストロクロウズの防弾性能の高さに助けられた形だがヘルメスがひしゃげて破壊されているのは一目で理解できた。そして渚だが……


『おぉぉおおおおっ!』


 ザルゴの右のファング二本から伸びた有線パンチの回避に集中して、バイクを走らせている。


(クッソ。読みきれねえ)


 センスブーストを発動してどうにか避けるが、目の前の鉄壁の防御を抜けることができない。


『渚、このままじゃ駄目だ。バイクを囮にする』

(しゃーねえなぁ)


 攻める分にはまだしも、わずかな動きでもアウトな状況では一輪バイクは不利。即座にそう判断したミケと渚は一輪バイクをリモート操作にして二本のファングへとぶつけると、渚自身はブースターで加速してザルゴへと飛びかかった。だがそれもザルゴは読んでいた。そして直進する渚に向かってタンクバスターモードの巨大な拳が迫る。


(チィイッ)


 対して渚は己のタンクバスターモードを発動させて攻撃を防ぐが、とっさの行動だったため出力差で負けてその身は弾かれ、クレーター湖の前に設置されている柵まで飛ばされて激突した。


『グッ、ハァ!?』


 渚が呻いて転がる。


『タンクバスターモード同士で衝突させて防いだか。あのタイミングでそこまでの動きを見せたことは賞賛に値するが……これで終いだな』

『渚。不味いよ。これは無理だ』

『チッ、んなことは』


 渚がミケの忠告を無視して立ち上がろうとしたとき『逃げなさい渚』という声がその場に響いた。


『……ウィンドさん?』


 それはアースシップから届いたウィンドの声だった。


『君の勝負はついたよ。マーカス、お前もだからね』

『母上?』

『バイタルはこちらでモニターしている。お前の左腕、今の一撃で潰されてるよ。痛覚遮断をしていようとこれ以上は駄目だ。息子を無駄死にさせるつもりはない』


 ウィンドの言葉にマーカスが呻く。騎士にとって死は常に隣にあるもの。義理の親子の関係であろうとも、それはふたりにとっては理解しあっているものだった。

 けれどもそれは決して名誉を重んじて無駄に死ぬことを指しはしない。為すべきことを成せ……それがマーカスが母より教えられた騎士道だ。

 この過酷な世界では泥を啜ってでもやらねばならぬことがある。正しき騎士道ではないかもしれぬが、それこそがウィンド・コールの望む騎士団の形であった。だからこそ、それを己が身に刻まれたマーカスは動けない。


『ウィンドか。それは降伏を宣言するということか?』


 一方でウィンドの声はザルゴにも届いていた。

 もっともザルゴの問いかけには『まさか』とウィンドが返した。


『ここは私たちのホームさ。お前のしようとしていることを考えれば降伏はあり得ないよ。だから私が『叩き潰す』』

『……母上、あなたのお身体はもう』

『マーカス、こう見えて私はもうババアだからね。身体が追いつかないのは仕方ないんだよ。そして渚、私は君に協力の依頼はしたけど、それでも結果の見えてる無謀な真似をする必要はない。君が命をかける意味はない。君の命は君のものだ。私に委ねるものじゃない。せっかく生まれた命だ。君はこれからを』

『悪いけど、聞けねえな』

『渚?』


 ウィンドの言葉を遮り、柵に手をかけながら渚がゆっくりと立ち上がった。

 そして渚は血の味を噛み締めながら、ファングを突き出して構える。


『あたしの命はあたしのもの。その通り。だからあたしは今ここにいる』

『やる気かナギサ? なかなかの気概だ』


 ザルゴが嬉しそうに笑い、渚も強い意志をその瞳に浮かべて笑う。


『何をしているのさ!? もうここから』

『うっせえっすよウィンドさん』

『ぬっ』


 渚の声にウィンドの言葉が詰まる。


『あたしの中の声が言ってんだよ。あんたから背を向けるなってな。それによ。勝手にあたしが負けるって決めつけんじゃねえよ』


 そう言いながら渚が腰を落とした。それはさながら肉食獣が獲物を狙うが如く。


『大体、あんたがそう言ってもさ。そこの男が逃がしてくれるわきゃないだろ? なあザルゴ?』

『そうだな。見逃してやるにはお前は力を示し過ぎた。禍根はここで断たねばなるまいよ』


 ザルゴがそう言って、二本のファングを前に突き出した。その瞳に逃さぬという意思を強く感じながら渚が(ミケ)と心の声で呟く。


(まだタンクバスターモードは使えるな?)

『うん。ダブルチップの恩恵でそれは……けど、どうするんだい?』

(限界までセンスブーストを加速させる。タンクバスターモードの一点集中。全てを『読みきって』あいつに一撃を与える)

『無茶なことを。けど、それしかないか。あの男が見逃してくれるかも分からないしね。来るよ』


 そしてミケの警告の声とともに二本の有線パンチが迫り、渚が動き出そうとして……


『!? 見えな』


 それはまったくの偶然であった。大きな雷が空に走り、同時にフィルター機能が発動したことで渚の視界がわずかに奪われたのだ。


『いっ!?』

『さらばだナギサ』


 それは瞬きほどの一瞬。けれども致命的な一瞬であった。


『やらせるっかぁあ』


 直後に渚はわずかに動いて一本めの攻撃は避けたものの、二本目の緑光の手刀から逃れることはできず、ソレは紙のようにアストロクロウズを斬り裂いて渚の心臓を貫いた。


『ゴブッ』


 完全に致命傷だった。渚の視界が真っ赤に染まり、ドクロメットの中で大量の血が吐き出される。さらには手刀の衝撃によって渚の小さな体は柵を越えて弾き飛ばされ、弧を描きながらクレーター湖へと落下していった。


『嘘でしょ。ナギサァアアア!?』


 リンダの悲鳴がその場に響き渡った。動き出そうとして、しかしヘルメスが破壊されている彼女は動けない。もっとも動けたとしても手遅れだ。すでに少女の命は終わっている。そして湖に落ちた渚は流れ出る血で尾を引きながら水の中へと沈んでいき、薄れる意識の中で






 パリン



 



 と、卵の割れる音を耳にした。

【解説】

回復速度:

 処理能力の向上とともにザルゴのドラグーンの回復速度が上昇したが、渚にも同様のことが可能かといえばそれは否だ。変換を行うための処理能力とアイテールの供給に加えて変換のためのプラントが必要であり、ザルゴは己の三本のファングもドラグーンの回復のための処理に当てていた。

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