第174話 渚さんとザルゴの闘争
『ほっと』
渚が乗っていたドグウから飛び、地面に降り立った。
それを見て百目のロデムが驚きの顔をしている。ただ渚の出現に驚いたというだけではない。マシンアームのブースターで渚が飛び込んでくることは攻撃のコンマ数秒前にだがロデムにも観測できていた。そして観測したということは空間予測『箱庭の世界』の範囲に入ったということでもある。
ドグウはその情報を適切に判断し、適切に渚の攻撃を避けるはずだった。わずかに回避し、カウンターで仕留める。次の瞬間には相手の骸が転がっているはずだった。だが結果は渚の右腕の緑光の拳を受けての大破だ。それはロデムの予測を完全に裏切っていた。
『も、申し訳ございません団長。今のは……一体?』
ロデムがザルゴに慌てて謝罪する。しかしその声からは解せぬという感情が強く出ていた。直線的な突撃を避けようとした瞬間、相手が箱庭の世界の予測を超えた動きをし、回避行動に合わせた形でドグウを破壊したのだ。対してザルゴは少しばかり眉をひそめたものの、相手が渚であるならば、こうなることは『ある程度は』予想できていた。
『いや、アレを相手にした場合、お前の箱庭の世界ではおそらく意味をなさん。処理能力の差で読み負けるからな』
その言葉にロデムがさらに驚いた顔をしたが、昨日の戦いで対峙した際にザルゴはファイターバスターモードで放った魔弾の軌道を渚が受け止めたのを知っていた。己の一撃が読み負けていたことを覚えていた。
『そのドクロメット、ナギサだな』
そして、この場で唯一まだ動いている強化装甲機に乗っていたマーカスもまた乱入した味方の正体に気付いた。特徴的なドクロメットは今では渚のトレードマークになっており、この黒雨の影響下でもすぐに判別ができたのだ。
『そうだけど。おっさん、騎士団の人だな。助太刀するぜ』
『助かる……が、タツヨシは駄目か』
マーカスが目を細めて、離れた場所で倒れているウォーマシンのタツヨシを見た。
どうやら先ほどザルゴに弾き飛ばされた際に負荷限界を超えてしまったようである。最初の大出力アイテールライトの砲撃を受け止めてからここまでの戦闘で蓄積されたダメージが機体の限界を超えてしまったのだ。
『タツヨシが動けなくなったのは助かったな。ロデム、お前はドグウを使ってマーカスの相手をしていろ。ナギサの相手はお前では無理だ』
性能差がはっきり出ている渚にロデムを当てるよりも、己が対峙したほうが良いだろうとザルゴは判断してそう口にする。
『くっ、承知しました』
またその言葉を受けたロデムの顔には悔しさが滲み出ていたが、演算処理の性能差で敵を凌駕することを得意として戦うロデムにとって、それよりも上位性能の渚は天敵なのだ。勝てないのは自身でも理解はできていたのだろう。否の返事はなかった。
『ナギサ、時間稼ぎをするだけでもいい。ザルゴとやれるか?』
そしてマーカスも渚に声をかけた。マーカスはザルゴたちにあえて乗ろうと判断していた。ドグウは残り二機。それにロデムと彼を載せている大型の機械兵が相手というだけならばマーカスにも勝機はある。問題はザルゴを引き受ける渚だ。ザルゴとやり合えないのであれば、マーカスがザルゴに当たるしかないが……
『やってみるさ。おっさんも頼むぜ』
一瞬で是の答えを返した渚が両腕にライフルを持ってザルゴへ向けて撃ち始め、その様子を見てマーカスもロデムへと動き出した。
『対機械獣用の銃弾か。まあ効かんがな』
ザルゴがそう言いながら、正面に右腕のファング三本を振り下ろして緑光のカーテンを生み出すと、それが壁となって銃弾を弾いた。
『なんだありゃ?』
『バスターモードの応用だね。アイテールライトの発生時間を引き延ばしてシールドのようにしているんだ』
『そんなことができんのかよ?』
『そのようだね。マニュアルにはないやり方だけど……うん。解析できたし、こっちもできるよ。ちょっとコストはかかるけどね』
『さっすがミケ。けど銃が通用しねえってのは。チッ』
一瞬視界が薄れ、直後にザルゴが正面から飛び込んでくるのが見えた。それを渚はファングのブースターで避けながら眉をひそめる。
『今のは?』
『雷対策のフィルターが発動した。雷の光と音を遮断したんだ。今のは大きかったからね。それが戦闘状態で集中してるから気になるんだろう』
それは一瞬の判断が勝負を決める戦場では致命的な障害だ。その事実を理解した渚が再び舌打ちしながら、追撃してくるザルゴの攻撃を行動予測を見て避ける。
『読み合いではそちらが上か。しかし手数の差を凌駕できるかナギサ!』
『避けきれない。センスブースト!』
振り下ろされる三本のファングを前に、渚が思考を加速させて二本のファングを避け、三本目のファングを己のファングでさばくと補助腕のアイテールブレードでザルゴの肩口を斬り裂きながらブースターで跳び下がった。
(左のドラグーンは今セーフモードか。警戒すべきは右のみだな)
『だとしても相手のファングは三本、それにアイテール量は比べるまでもない。戦力的に見て君がアレに勝てるかというと難しいと思うけど』
ミケの忠告に渚が苦笑する。けれども、渚の脳裏には己の背後にいる人物の背中が思い起こされていた。目の前の男をあの人に到達させられない。その想いが渚の中で大きくなっている。
(まあ、やってみるよ。だって、このままいくとあの人の元にあいつが行っちまうじゃんか)
『ガヴァナー・ウィンドか。会ったばかりの人間に君がそこまで固執する必要はあるのかい?』
(さてね。分かんねえけど、あたしの中のなんかが言ってる。姉ちゃんに似てるけど、違うけど、それでもあたしはあの人を助けたい……。クソッ、また目が)
『前だ。渚ッ』
(畜生!?)
ザルゴから三つの緑光の拳が放たれ、渚はそれを同じく緑光の拳ですべて受けきったが、パワー負けしてその場から弾き飛ばされた。
『渚はやらせない』
地面に叩きつけられそうだったところをミケが補助腕を使って衝撃を殺していく。
『すまないミケ。クソッ、追撃か』
渚は無事であったが、そこにさらにブースターで加速したザルゴがやってくる。
『いい加減邪魔をするなよガキ』
『こいつ!』
センスブーストが解けた渚だが、一瞬でアイテール変換させた銃器を補助腕六本に持たせると迫るザルゴを迎え撃つ。
『ライフルをその速度で変換だと。化け物がッ』
『あんたに言われたくねえんだよ阿修羅野郎!』
生身の左腕を含む七丁のライフル銃と二本のメテオファング。そして右腕のファング。ダブルチップとなった今の渚にはそれらを制御し続けることが可能だ。
『まるで蜘蛛だな。髑髏頭の蜘蛛……貴様、機械獣の一種ではないのか?』
『面白くねえっての、バーカ!』
直後に渚が一斉に銃弾を撃ち放った。
【解説】
アイテールカーテン:
ザルゴが見せたアイテールライトを空中にカーテン状に固定させることでシールドを作り出す技法。正規の操作にはないものであるため、ファングのマニュアルには記述されていない。