第172話 マーカスさんと敵の親玉
『な、何が起きた!?』
緑の光が見えた次の瞬間に衝撃波を受けた後、わずかばかり意識が飛んでいたマーカスがそう叫んで立ち上がった。元より強化装甲機には閃光防御フィルターや衝撃吸収ジェル、可動部のロック機能などが備わっていることもあり、幸いなことにマーカス自身へのダメージは少なかった。
そしてマーカスが周囲を見渡すと己が吹き飛ばされてレインボーブリッジ周辺まで転がっていたこと、また目の前では膨大な熱量により溶けた地面に降り注ぐ雨が気化して蒸気となっている様が確認できた。
『マーカス団長……こ、これは?』
『お前たち無事か? 副長、各団員の状況確認。クソッ、ウォーマシンがかばってくれなければ全滅していたな』
水蒸気により影しか見えていないが、マーカスたちの前にはウィンドが配置したウォーマシン五機が並んでいた。もっとも一機を除いて、それらは右腕からバチバチと緑の火花を散らしながら崩れ落ちている。強化装甲機を通して視界に映されている警告表示から戦闘続行は不可能なほどの負荷を受けていると確認ができた。
『団長、バイタルは全員正常。しかし強化装甲機は大破3。それらは戦闘続行不能です』
『分かった。そいつらは機体を捨てて下がらせろ。すぐさま本命が来る。そばにいては巻き込まれて死ぬぞ』
マーカスがそう言ってレーザーガトリングを構える。
己の強化装甲機の状態を見る限り、ダメージこそあるが戦闘機動に支障はない。であれば彼は己の役割を全うするのみと理解した。
そして先ほど何が起きたのかは水蒸気が薄れていく先、そこにあった巨大な穴を見れば明らかだ。
『まったく、信じられないことをしてくれるな』
マーカスの頬を冷や汗が伝う。何者かがクレーターの外から層を貫通して攻撃し、またそれを感知したウォーマシンがタンクバスターモードで防いだ……というのが現状から想定できる今の状況だ。だからマーカスたちはまだ生きている。
『やはり他の野盗たちは囮であったか。しかし、それにしても尋常ではない出力だ。母上のウォーマシン部隊がいなければどうなっていたことか』
マーカスたち人間の反応速度ではその攻撃を防御するのは不可能だっただろう。アースシップのシールドならば防げただろうが、その反動で周囲にどれほどの被害が起きたかは想像もできない。最悪街が吹き飛ぶ可能性もあった。何しろ、かつてアースシップがアウラと直撃した際には、分散された衝撃波が埼玉圏の地形を変えたほどなのだ。そういった意味では、今の状況は最悪ではない。
もっとも、ウォーマシンの行動ログをマーカスが見た限り、今回ウォーマシンはナノマシンを暴走限界まで使用するタンクバスターモードを発動して正面に壁を造ってアイテールライトの砲撃を防いだのだが、その負荷で機体が保たずに一機を残して動けなくなっていた。もはや今戦闘への使用は望めない。
『だが、タツヨシを除けばもう使えないか』
この一撃で虎の子のウォーマシン部隊が半壊したという事実は相当に重い。ウォーマシンはかつての兵器群の中では戦力としてはそれほど強力な部類ではないのだが、市街戦においては無類の強さを誇る対人戦のエキスパートであり、今の埼玉圏内では最強に近しい存在だ。それがほぼ使えないということは現状のコシガヤシーキャピタルの戦力の半数を失ったに等しい。
『しかし、二射目はないか。まあ、あっても防げぬがな』
マーカスたちでは盾にもなれない。また同じ攻撃が来れば彼らにできることはこの場を避け、アースシップのシールド展開に任せることだけだ。だが、その心配は無用であるようだった。
『一機残ったか。小太り風のカスタマイズ、あの女のお気に入りだな』
『ふむ、指揮官モデルですし仕方ありますまい。十分にダメージは与えておりますし、良しとするべきかと』
その場に声が響く。それは水蒸気の先、穴の中から聞こえてきたものだった。
『貴様は……』
阿修羅の如き六本の腕の男と鋼鉄の巨人に乗った、センサーの塊のような頭部の老人がやって来る姿がマーカスの視界に映った。また彼らの背後には五体の機械兵らしきものも並んで向かってきている。
『ザルゴか!?』
『ほぉ、マーカス・コールだな。久しいな。騎士団は残っていたか。忌々しいが、まあ想定内ではある』
マーカスにザルゴがそう返す。かつて直接対峙したこともある両者だ。互いのことをよく知っている。
『そうですなザルゴ団長。ちゃんと損傷も与えてはいるようです。ウォーマシン四機を止め、マーカス・コールの機体にもダメージは与えた。十分ですわい。まったく我らの掌の上を上手く踊ってくれておりますな』
そう口にした老人もマーカスは知っている。百目のロデム。オオタキ旅団の幹部のひとりであり、その存在はひとりではなく、強者とともにあることで発揮されるという。それがザルゴとともにいる。マーカスは嫌な予感しかしなかった。
『狙い撃ったのか……クレーターの壁を越えて?』
『当然そういうことだ。百目の能力であれば、動かぬ場所ならば狙いを定めることも容易い。お前たちが待ち構えているのは分かっていたからな』
容易いと軽く口にできるほど容易いものではないし、それに少なくともこの街ができてから一度たりともそんな手で攻められたことはなかった。クレーターを貫くほどの高出力の威力の兵器など持ち出されれば、普通であればさすがに気付くものだが今回は違う。
『ファイターバスターモード。三重で撃ったか』
マーカスがザルゴの左腕を睨む。そこにあるのはウォーマシンが装着している遺失技術のマシンアーム『ドラグーン』だ。そしてザルゴの左側には三本の『ドラグーン』が付いていた。それらは緑の煙を上げており、たった今使用したことを物語っている。
三本のドラグーンに対し五本のファング。であれば止められねばおかしいのでは……と、一瞬マーカスの脳裏をよぎったがそう簡単な話でもない。何しろ両者は保有するエネルギーの量が違っていたのだ。その差を生んだのはザルゴの胸に付いている光り輝くハイアイテールジェム。高圧縮されたアイテールの塊が三対五の不利を覆したのである。
『報告にあった……ハンズオブグローリーシリーズとハイアイテールジェム。ここまでの脅威だったとはな』
『報告か。カスカベの町の襲撃を許したのは失敗だったな』
『ハッ、結局は何も残さぬどころか、余計な情報だけ残してあの女は死にましたな。だからワシは言ったのですよ。あの女は所詮旧世代の遺物だと』
ロデムが嫌悪感を剥き出しにそう口にし、その様子をわずかばかり煩わしそうに見てからザルゴがマーカスたちに視線を戻した。
『まあいい、やるぞ。ドグウを出せ』
その言葉とともに背後から五体の機械の兵が前に出て来る。
巨大な腕、歪な流線型の足、そして頭部の左右にはレーダーらしき皿のようなものが付いている。その形状は遠目から見るとはるか昔の人類が人を模して作った土偶という人形に似ていた。
『マーカス団長、行きます』
『油断するな。あの機械兵も危険な相手だぞ』
『油断しようがしまいが結果は変わらんさ。百目、箱庭の世界を起動しろ』
『はっ』
ロデムが頷き、頭部のセンサーが伸びていく。同時にドグウたちの動きが変わった。その様子を見ながらザルゴが少しばかりの笑みを浮かべて一歩を踏み出し、マーカスたちがレーザーガトリングの狙いを定める。
『さて、マーカス。それでは貴様の愛しい母と家は貰い受けるぞ』
『させん。貴様を父と呼ぶつもりはない。撃てええ』
そして、両者が動き出し、レインボーブリッジの前が一瞬で地獄と化したのであった。
【解説】
ウォーマシン:
対人戦における最強は、対兵器戦においての最強にあらず。
優れた戦闘技能も圧倒的な火力の前にはなすすべもなく崩れ去ることがあるのもまた、戦場の常である。




