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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第1章 狩猟者(ハンター)への道
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第017話 渚さんと渋ヅラの村長さん

 リミナに案内されて渚が辿り着いた先にあったアゲオ村と呼ばれる集落は、対機械獣用であろう何層もの鉄板が貼り付けられた壁に覆われていて、まるで要塞のような堅牢そうな村であった。

 その姿からまるですべてを拒むかのような圧迫感を受け、警戒して接近した渚だが、その心配は杞憂であった。門の前にはふたりの門番がいて、近付くまではビークルを警戒していたようだが、中にいるリミナの姿を認めるとすぐさま門を開けて中へと通してくれたのだ。

 それから渚は入り口近くの駐車場へとビークルを停車させると、ふたりに案内されるままに外へと出たのであった。



「おお、本当だ。ここだとメットは被んなくてもいいみたいだな」


 そして、ビークルを降りた渚が最初に口にしたのがその言葉だ。

 渚はドクロメットを付けず出ていたが、外は刺激臭もなく、村の中は普通に空気を吸うことが可能な環境だった。


「でしょー」


 続いて降りてきたミミカがそう口にする。もちろんミミカもヘルメットは付けていない。一方でミケの方は『へぇ、そういうことかぁ』と口にしながらひげを揺らして周囲を観察していた。


(そういうことって、なんか分かったのかミケ?)

『うん。どうやらこの村の中央からエアクリーナーと同じナノミストが流れてきているみたいだ』

(ナノミスト?)

『浄化物質を無効化するナノマシンの霧だよ。君も使っているエアクリーナーから出ているものと同じ浄化物質を無害化するナノマシンを散布し続けている。ここではそれが村全体に及んでいるようなんだ』

(は? 村全部に!?)


 ミケの言葉に渚が驚いた顔をすると、ミミカが首を傾げながら「どうしたの?」と尋ねた。ミケは渚の視界に直接表示されている脳内チップのナビゲートであって、渚以外に見える存在ではないのだ。だから口に出してはいないとはいえ、相応のリアクションを渚が起こせば、ミミカが妙だと感じるのは当然ではあった。


「あ、いやな。ミミカの母ちゃん、あっちで何話してるんだろうなってな?」


 それから渚が誤魔化すように、先にビークルを降りて門番と話を始めてたリミナに視線を向けてそう口にする。


「分かんないけど、お母さん怖い顔してるから良くないことがあったんだと思う」

「そうなのか……」


 確かに話し続けているリミナと門番の表情はどこか険しいように渚にも見えている。とはいえ彼女らの話はまだ終わらず、その間に特にすることもない渚は続けて村の方へと視線を移した。


「にしても、村の中の家のことごとくが鉄板で覆われてるのな」

「頑丈でしょ。銃が暴発しても弾けるくらいにはじょうぶなんだよ」


 ミミカがそう言って笑う。その場から見える村の建物は、そのほとんどが四角くて鉄板を重ねた頑丈そうな造りをしていた。それは機械獣の装甲よりも厚そうではあった。


「妙なもんも付いてて伸びて繋がってるし。ありゃあなんだ?」


 また、それぞれの建物の上部には避雷針のような細長い鉄塔があって、そこからは針金のようなものが伸びて地面に置かれたバケツのような容器に繋げられている。

 その光景に渚が首を傾げていると、話を終えたリミナが渚たちの元へと戻ってきた。


「お母さん、お話し終わったぁ?」

「まあね。しっかし……厄介なことになってるみたい」

「何かあったのか?」


 渚の問いにリミナが頷き、口を開いた。


「これから詳しい話を聞きに行くんだ。ちょいと村長の家まで付き合ってくれるかいナギサ?」


 その言葉に渚がどういうことかという顔でリミナを見ると、リミナが「アンタの顔見せもあるからね」と口にした。


「それに私もちょいと村長のバルザに聞かなきゃ行けないことがあってね。ああ、ミミカは先に家に戻っておきな。遅くなるかもしれないから戸締まりはしっかりとね」

「はーい。それじゃナギサ、またねー」


 リミナの言葉に頷いたミミカが、渚とリミナに手を振りながらその場を去っていく。そして渚はリミナに連れられて、村の中心へと歩き始めた。


(やっぱり、なんか変だな?)

『確かに妙に慌ただしい空気だね』


 渚の疑問にミケも同様の感想を述べる。

 村の中はどうにもざわついている空気が漂い、何かが起きているのが渚にも分かった。それからさらに進んでいくと、その先にある奇妙な建物を見て渚の表情が変わった。


「おいおい。なんだ……ありゃ?」


 ここまでの建物は頑丈そうだったが、妙に手作り感のある雑そうなものばかりであった。しかし、渚の目に飛び込んできた中央の一画は違っていた。

 所々錆び付いてはいるが、渚の認識からすれば未来っぽいツルリとした建物がそこには並び立っていたのである。

 そして、リミナが足を向けたのはその中でももっとも大きな建物であった。




  **********




「村長、戻ったよ」

「おお、リミナか。戻りが遅かったから心配していたが、無事だったようだな」


 建物の中に入って村人に通された先の部屋では、ひとりの老人が待っていた。

 そしてリミナにまず声をかけた老人はそれから渚を見て眉をひそめた。


(なんだ?)

『不審がられてるようだね』


 老人は最初、渚の幼さに驚いた顔をしていたようだが、右腕のマシンアームに気付いてからはすぐさま警戒する顔に変わっていた。

 もっともその様子に気付いたリミナが老人に笑いかけながら、渚の肩を叩いて口を開く。


「で、こっちは私の恩人さ。道中でちょいと助けてもらってね。ま、チンマイがなかなかやるヤツだよ」

「あ、ども。渚です」


 渚が続いて軽く挨拶をする。それに老人が目を細めながらも「そうか」と頷く。


「リミナが助けられたとは珍しいな。名はナギサというのか、お客人。ワシはバルザという、この村の村長をしている者だ。見たところヤマト族のようだが……」

「ヤマト族?」


 首を傾げた渚だが、バルザは特には何も言わず、リミナを見た。


「それでリミナ。なぜお前が見知らぬサイバネストと一緒に戻ってきた? これ以上の面倒ごとはごめんだぞ」

「素行については問題ない。私を信用しな。それよりも話は聞いたよ。どうにもよろしくない状況だね」

「そうだが、そちらも弾薬の臭いが強いということは一戦したのだろう? まずはその話から聞かせてもらいたい」


 バルザの返しにリミナが「分かった」と答えると、ここまでの状況を口にし始めた。

 自分とミミカが朝にアサクサノリを取りに岩場に向かい、そこで機械獣に襲われて逃げているところを渚に助けられたのだと。そして話が進むごとにバルザの表情は一層深刻さを増し、語り終わった後にはため息をひとつついてからリミナを見て口を開いた。


「お前が苦戦しただと? スティールラットだったのだろう」

「数がそこそこいた上に、レギオンラットにまで出て来られたからね。こっちにゃミミカもいたし正直死ぬかと思ったよ。あの岩場の周辺でアサクサノリを採るのは、今はちょっと難しいね」


 リミナの指摘にバルザがさらに眉間にしわを寄せた。

 渚は知らぬことだが、リミナはこの村の中でももっとも腕の立つ元狩猟者ハンターだ。渚が到着するまでに彼女たちが生き残っていたのも決して偶然ではなく、娘をかばいながら迫る機械獣を倒し、トラップで動きを止めて巧みに逃げ続けた結果として彼女らはあの時点まで生き延びていたのである。

 そして、バルザもリミナの実力を理解しているが故に、リミナが殺されそうになったという事実には難しい顔をせざるを得なかった。


「お前がそれでは他の村の連中ならひとたまりもないな。狩猟者ハンターを纏めて雇って一度駆除を行う必要があるにしても……こちらの方も事態はかなり深刻だ」

「だろうね」


 難しい顔をするふたりに、渚が「ん? ん?」と双方を交互に見つつ首を傾げる。その様子に気付いたリミナが「ああ、悪いね」と渚を置いてきぼりにして話を進めたことを謝罪した。


「私らが村を出ている間に問題が起きていたらしくてね」

「問題?」


 渚の問いにリミナが頷く。


「この村は私みたいに専属で警護に当たってるのとは別にクキシティから狩猟者ハンターたちも雇っているんだ。まあ、物騒な世の中だしね。でだ。昨日がちょうど交代の日で別の狩猟者ハンターが来て、この村に駐留してたのは街に帰った……はずだった」

「だった?」

「ああ、それが今朝になって戻ってきたのだ」


 リミナに続いてバルザが疲れた声でこう続けた。


「帰ってきた人数は半分。それもケガ人揃いでな。なんでもアーマードベアの群れにやられたらしい。戻ってこなかった半分はもう生きてはいないだろう」


 その言葉に渚が目を丸くし、それから続けてリミナがこう告げた。


「アーマードベアは、ここから一番近い街のクキシティに続くルートを陣取っているらしいんだ。つまり、このままだと村は孤立無援になっちまうってことさ」

【解説】

エアクリーナー:

 空気清浄機としての役割も持つが、瘴気を除去するナノマシンを生成するのに特化したプラントマシンでもある。エアクリーナーはミスト状のナノマシンを散布して、広範囲に効果を発揮する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久喜……有名どころではない埼玉の地名が出てきてロマンを感じる……
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