第168話 渚さんと途絶したリンク
『きやがったか。センスブースト!』
正面より飛びかかってくるモランに対し渚は迷わず思考と感覚を加速させた。
銃弾もグレネード弾も通用しない。シールドの範囲も広い。距離を取ろうにも渚の身体能力を凌駕している上に行動予測を使えるモランが渚に食らいついてくるのは間違いない。であれば、どうするか。
『相手はこちらの動きも読んでる。ブーストで距離を取るかい?』
(そうだな……いや、まずい!?)
接近してくるモランに対してチップが警告を発し始めた。今までにないエネルギーの圧力を感知したのだ。そしてモランのシールドの出力がさらに上昇し、何か不可思議な挙動に入っているのをチップが計測していく。
(なんだ、これ?)
『この動きは!? しまったナギサ。タンクバスターモードを』
ミケの言葉が終わるよりも早く渚は右手を前に出してタンクバスターモードを発動させた。そして巨大な緑の手のひらを広げた防御壁が前面に展開されたが、モランは気にせず力場を集中させた強力な一撃を放つ。
(マズい。チィッ、リンダ!?)
何が起きたのかは分かっている。全周囲に張ったシールドを瞬間的に正面に集中されたのだ。それはさながら巨大なハンマーのように不可視の壁を破壊の力場へと変えて渚を襲った。
『しぃぃいいねぇええええええええええ』
モランの間延びした声が聞こえるが、無論渚も死んでやるつもりなどない。けれども問題なのはその威力だ。
(ぉぉおおおおおおッ)
一瞬の攻防にブースターを発動させられず、出力の差も大き過ぎた。モランの一撃はタンクバスターモードで受け止めることは成功したものの勢いまでは殺せなかった。そして渚の小さな身体はモランの攻撃によって展望台より吹き飛ばされていく。
『ナギサァア!?』
リンダが叫ぶが状況はすでに遅い。
荒ぶる雷光と闇の中へと渚は消えていった。
『クソッタレ。あれでも殺しきれてねえのか』
一方で渚を弾き飛ばしたモランは今の一撃でも渚に大したダメージを与えられてはいないことを確信していた。展望台から弾いて相当な距離を飛ばしたはずだし、内側は下に向かう斜面となっていて地面は遥か下方にある。普通であればその高さを落下すれば死は免れないが……
『あの程度で、あのクソガキが死ぬわきゃねえしな』
モランは渚が生きているという確信があった。
けれども、今はそのことは問題ではない。彼にとって障害であったのは渚だ。騎士団に負ける気もないし、リンダを騎士団よりも手強いと感じてはいるが対処できない相手ではない。ブレードマンティスもこのシールド装備ならば対応できる。故に彼にとって真に脅威となり得るのは渚のみであった。
『くくく、どうしたよリンダ。お友達はどっかいっちまったぜ。あれじゃあ死んだかもな?』
『ナギサはあの程度では死にませんわ』
リンダの言葉にモランがさらに笑う。
『何がおかしいんですの?』
『いんやぁ。俺も同じ印象だったんでな。あのクソガキがあの程度で死ぬってのはちょっと想像がつかねえ。けどな』
モランのカメラアイが赤く輝き、リンダへと向けられた。
『それでもテメエはここで終わりだよリンダ』
『リンダに手出しはさせませんッ』
直後、クロのブレードマンティスがモランへと飛びかかったが、振り下ろされたアイテールブレードはシールドに完全に阻まれた。
『アイテールブレードが通らない!?』
『喋る機械獣かよ。アイテール同士の反発だ。出力比が違うんだから通るはずねえだろ。で、テメエにも喰らわせてやるよ。砕けろ』
そしてモランの先ほど渚へと放った一撃と同質のものがブレードマンティスに直撃して、クロの機体がバラバラに破壊されて吹き飛んだ。
『クロ!?』
『大丈夫です』
叫ぶリンダに、別のブレードマンティスからクロの声が響いた。
『無事でしたのね』
『本体はあなたの足の中ですよ』
『ああ、そうでしたわね』
思い出したという顔でリンダが頷く。
『けれどもかなり状況は悪いですリンダ』
『ナギサがいなくなってしまいましたものね』
『ええ、そのおかげで私が憑依している機体以外のブレードマンティスが戦闘に耐え得る動きができなくなりました』
クロ以外のブレードマンティスは渚のファングに埋め込まれたもうひとつのチップによって制御されている。だから渚がその場から離れたことでその繋がりは完全に絶たれている。
『その上に箱庭の世界も使えなくなりましたわね』
また渚とリンクが切れたということは当然ダブルチップの恩恵も受けられない。それは渚ひとりがいなくなっただけではなく、渚を中心とした戦闘システムが崩壊したということでもあった。
『申し訳ございません。こちらも牽制するので精一杯です』
強化装甲機を操りレーザーガトリングを撃ち続けるミランダからも謝罪の言葉が出てきた。この場でもっとも箱庭の世界の恩恵を受けていたのは実のところミランダであった。それはここまでに実に敵側の機体を三機破壊していることからもうかがえた。けれどもリンクを外された現在では戦略的な攻撃など望むべくもない。状況は一気に劣勢。けれどもリンダの表情に絶望はなかった。
『リンダ、どうしますか?』
クロの問いにリンダはモランから目をそらさずに『やることは変わりませんわ』と返した。
『目の前に仇がいる。ナギサが繋いでくれた機会を無駄にする気はありません』
『ヘッ、そいつは勝ち目があればそうだろうがなぁ』
モランが突撃し、リンダはマシンレッグのブースターを使って一気に加速して回避した。
『範囲が広いといってもすでに計測済み。速度で優っているのですから当たりはしません』
『しかし、攻撃手段がないですよ』
クロの問いに、シールドをハンマーのように打ち出すモランの攻撃を避けながらリンダが頷く。
『確かに。銃撃にグレネード、それにクロが放ったアイテールブレードも弾いた。わたくしの足に付いたアイテールブレードでも同じく効果はないでしょうね。ナギサのタンクバスターモードを攻撃に転じていればどうにかなったかもしれませんが……今は置いときましょう』
『バックパックの大きさからすればこの戦闘でエネルギーが尽きるのを期待するのは無理でしょうね』
『ええ、けど見ましたわね?』
リンダの問いにクロが『はい』と言葉を返す。
それからリンダがモランを睨みつける。今は屋根があるとはいえ、この場は吹き抜け。黒雨の影響下で雨風がその場で吹き荒れており、モランの周囲のシールドが雨を弾いて力場が球状に形成されているのが視覚化されていた。だがシールドを集中させて攻撃に転じた瞬間だけは違っていたのである。
『あの時だけは雨を弾いていませんでしたわ。打ち出す瞬間、シールドは集中されているために全周囲ではなくなっていた。狙うならばその一点しかありませんわね』
リンダがそう言って身構え、モランも両腕を前に突き出て踏み出す。そして次に雷が鳴った瞬間、光の中で両者は同時に走り出した。
【解説】
ハリテシールド:
チョップシールドの派生技。最適解はチョップスライサーでそらすことであったのだが相手の攻撃の出力を計測しきれずそらしきれるかが不明であったため、今回はシールドで防ぐ手段を取らざるを得なかった。
なお、渚はすでにモランの攻撃を学習したため、次の機会があればバスターモードでも返すことは不可能ではないだろう。