第166話 渚さんと消えた雷
『嘘。マジで今雷が鳴ってんの?』
渚が驚きの顔でそう口にした。
黒雨の警報のあと、停車場でビークルを監視していた騎士団から野盗襲撃に備えての協力要請が来たのだ。そして渚たちは当初の予定通りにビークルから降りてエレベーターで展望台へと上がってウルミたちの到着を待つこととなったのだが、屋根こそあるものの吹き抜けで雷や雨がひどい状況となっているその場所で、雷嫌いであるはずの渚は特に怖がることもなく落ち着いた様子で立っていた。
『ナギサ、本当に分かりませんの?』
常に降り注ぐ雨と雷鳴、それに雷光に顔をしかめつつもリンダが渚にそう尋ねる。今では黒雨に慣れてきたとはいえ、リンダが地上に出て来たのは一年と少し前だ。こういう状況下で外になど出たことはさすがにないため、この現場にはかなりのストレスを感じているし、それは騎士団の方も同様だった。対して以前はアレほど雷に怯えていた渚がまったく平気そうな顔をしているのだから、リンダが不思議に感じるのも当然であった。
『うーん。普通だな。リンダの声は通信機を通してるから聞こえてるし、時々視界がボヤけたり音が遠くなったりするのはちょっと気になるけどな』
『フィルタリングといっても完璧じゃないからね。雷光と雷鳴は除去できても不自然には感じてしまうものさ。それが実際の行動に影響を及ぼすこともあるんだから十分に気を付けるんだよ渚』
『分かってるってミケ。いやぁ、快調快調』
そう言って渚は笑うが、その笑い声が聞こえているのは通信を通して声を拾っているリンダやミケ、それにクロとミランダのみであり、共に展望台まで上がって来た騎士団の面々には聞こえていない。
最も騎士団の方も渚たちの会話に付き合える状況ではないようで、エレベーターの前で固まってなにやら深刻な話をしていた。
『ふぅむ、何かあったようだね』
『何かってなんだよ?』
渚の問いにミケがクイッと顎を向けて、近付いてくる騎士団を差した。
『彼に聞いてくれないかい?』
その言葉と同時に通信要請が届き、渚がそれをオンにすると騎士団の団長からの通信が入ってくる。
『狩猟者ナギサ、リンダ。ウルミ上級騎士とカモネギ従騎士団がこの場に来れなくなったとの連絡があった』
『は、なんで?』
唐突な話に渚が首を傾げた。本来であれば渚たちはこの場でウルミたちと合流し、野盗の来襲に対して行動する予定だったのだ。それは最優先事項のはずで、別の用事が入ることなど普通に考えてあり得ない。けれども、現在のコシガヤシーキャピタルでは普通ではあり得ないことが起き続けている。
『東門のミサトゲートより機械獣が襲来した。ウルミ上級騎士たちはそちらの対応に動いている』
『機械獣? 今?』
『不審に思う気持ちは分かるが、それも含めて調査中だ。正直こちらも困惑しているよ。こんなのは普通じゃない』
団長が苦笑いをしながらそう返してくる。野盗の襲撃があるかもしれないというだけでもイレギュラーなのに、黒雨が来て、さらには機械獣まで襲ってきている。すでに状況はこの街を守る者たちの常識を超え始めていた。
とはいえ、渚たちもだからといって何もしないというわけにはいかない。
『で、あたしらはどうすりゃいい? このまま野盗を探すのか? それとも機械獣の討伐の手伝いか?』
渚の問いにリンダが少しばかり眉をひそめたが、彼女の目的からすれば後者の提案はありがたくはないことだ。ただ、リンダの懸念は幸いと言うべきかはともかく的中しなかった。
『お前たちには我々と共に野盗の捜索と対処を頼みたい。協力願えるか?』
団長の問いに渚とリンダが頷く。ウルミとの共同ではないものの、彼女らにとっては野盗との対決こそが本命であるのだから断る理由はない。
『分かったけど……ん、ミケ。どうした?』
『ふぅむ。やっぱり外街の監視カメラは全部死んでいるけど……いくつかのセンサーをビークル経由の無線通信で繋ぎ直せたよ』
『そんなことできんのかよ!?』
そのミケの言葉に驚いたのは渚やリンダだけではなく、騎士団の団員たちもだ。
『こ、この猫。コシガヤシーキャピタルをハッキングしているのか!?』
『というか、可能なのかそんなことが?』
『ああ、ガヴァナーの許可は取ってあるから安心していいよ団長。まあ、状況はまったく安心できないんだけどね』
実のところ許可を得ているのは有線情報の共有だけだ。無線で機器を繋いで操作する……ということまで許されているわけではないのだが、ミケは特に気にせず話を続けていく。
『それで繋がったってことはなんか分かったのか?』
『うん。外街を移動している集団がいるのは間違いないね。団長、ビークルを経由して外街から得られた情報をこの展望台にあるサーバーに記録させている。そちらに繋ぐアドレスを送るから各団に回してくれるかい?』
『あ、ああ。分かった。頼む』
ミケが団長の端末にアドレスを流すと、それを共有された団員たちが驚きの声をあげる。
『おお、これはありがたい。しかし、正面は完全に突破されているか。だがエレベーターはすでにロックしてある。あとは外街経由のこの3グループを押さえれば』
『待ってくれるかな団長さん。外街で観測された集団と正門を正面突破した集団の総数に差異がある。これは良くない兆候だ』
その言葉に渚が『どういうことだ?』とミケに尋ねた。
『得られている情報からだと正面突破した戦力と、現時点で確認できている戦力に違いがある。ということはだ。彼らはさらに数を分けて別の動きをしているのかもしれないということだね』
『なるほど。となると、どうすりゃあいいんだ?』
機械獣の群れが押し寄せ、野盗も進攻しつつある。であれば、自分たちはどう動けばいいのか……そのことに焦りを感じた渚の言葉に団長が『待ってくれ』と言葉を返す。
『ガヴァナーからウォーマシンナーズ導入との連絡が今あった。となれば、アースシップの守りは問題ないな』
『ウォーマシンナーズ?』
『名前からしてウォーマシンの集団かな。であれば確かに強力だろうね』
ミケの言葉に渚がなるほどと頷いた。
『我々は予定通りにこの展望台より正体不明の集団を迎え撃つ。狩猟者の君たちも協力してくれ。上からの一方的な攻撃で連中をまとめて殲滅してやろうじゃないか』
その言葉に団員たちからオォォオオオオという勇ましい声があがる。
元より彼らはこの展望台で敵を待ち受ける任を受けていた。渚たちもそれに加わることが許されたというわけで、渚とリンダもふたり顔を向き合って頷きあった。だがそばにいたミケは、訝しげな顔でとある一点を見ながら『渚』と声をかけてくる。
『ん? ミケ、どうした?』
『微振動を感知した。ねえ、確かエレベーターは稼働してないはずだよね』
『そういう話だっただろ?』
野盗が使用せぬようにとすべてのエレベーターは現在厳重にロックがかけられていて使用できないようになっている。だから渚たちも今は停車場には戻れないはずなのだが、ミケは『やっぱり動いてるよ』と断言した。
『全員、エレベーターの入り口から離れろ』
ミケの言葉に真っ先に反応したのは騎士団の団長だった。
エレベーターが実際に動いているのであれば誰かが使用しているはずで、それは味方ではあり得ない。そして団長の警告より数秒と経たずにエレベーターの入り口の扉が吹き飛んで中から爆炎が噴き上げ、団員たちの何人かが弾き飛ばされて転げていく。
『リンダッ』
『分かっておりますわ』
対して渚たちの方も油断なく手持ちの火器を瞬時に構え、エレベーターの入り口へと銃口を向けると一斉に撃ち始めた。
『クソッ、駄目だ。弾かれてる!?』
渚が舌打ちしながらそう口にした。
何かしらの見えない壁によって撃った銃弾が防がれているのが分かったのだ。
その異常はリンダや他の団員たちにも伝わり、一旦銃撃を止めて距離を取った渚たちの前で、エレベーターの中から無傷の機械の兵士たちがズラズラと上がってくる姿が見えた。そして、その中のリーダーらしい個体が渚とリンダを見て声をあげる。
『なんだよ、またテメエらか。いい加減しつけえぞ』
『その声、モランか!?』
渚がそう口にし、リンダの目が見開かれる。
そう、エレベーターを通ってこの展望台まで来た野盗の尖兵は昨日逃がしたモラン率いる機械化部隊であったのだ。
【解説】
ビークル経由の通信:
渚たちのいる展望台付近は雷の影響の薄いエレベーター内部の空間を経由した形で停車場程度ならば無線通信が可能となっており、それにミケのハッキング能力が合わさることでビークルを経由し外街の無線と生きている有線の通信網を繋ぎ直しながらある程度の情報を得ることに成功していた。
これはミリタリークラス以下であれば様々なシステムのロックを解除できる権限を持つミケだからこそ可能なことである。