第016話 渚さんと初めての村
「いや……あたし、別に悪いことしてねえよ?」
「別にあんたが罪を犯したわけでなくとも、一族の罪とか色々とあるだろ? むしろ、あんたの年で追放刑に処される状況を作る方が難しいしね」
リミナの言葉に渚が少しだけ不機嫌な顔をした。
それは両親や姉のことを悪く言われた気がしたからだが、今も顔すら思い出せず、そもそも基地で生まれた状況からすれば追放されたわけではないのも分かってはいるのだ。
だからこそ渚は特に何も言わず、リミナの言葉の続きを待った。
「まあまあ、そんな顔しなさんな。本当のところは私にだって分からないさ。けどね。遺失技術の中には記憶を奪う装置もあるらしいし、関西方面じゃ、それで罪を犯した者の記憶を奪って異国の地に追放する刑があるって聞いたことがあるのさ」
「へえ、関西ってそんなところなのかよ」
「ああ。ここよりも野盗が幅を利かせてるらしいし、あっちから来た連中から聞いた話じゃあ、この世の地獄だとも言われてるよ」
「コエーな関西」
どうやら関西は、相当に物騒なところのようであった。
「でだ。アンタは肌も綺麗だし、いいとこの生まれに見える。となると、そういう手間のかかったことをされた可能性はあるんじゃないかと思ってね」
「肌? そういうもんか?」
眉をひそめる渚に、リミナは「まあ、分かんないけどね」と言って肩をすくめた。
「普通に考えれば、優秀なマシンアーム持ちのサイバネストを手放すなんてありえないよ。もっとも私の予想が合っているならアンタは今自由の身だってことではあるし、そう考えとけば気も楽になるんじゃないかい?」
そのリミナの言葉には、渚ではなくミケがうんうんと頷いた。
『そういうものもあるんだね。渚、ここから先はそういう設定で通しておけば、説明が楽になるかもしれないね』
(確かになあ。基地のことは言わない方がいいんだよな?)
『ああ、君が再生体であることも知られない方が良い。申し訳ないけど、基地に関してもなるべく外には漏らしたくないんだ。僕には秘匿義務もあるしね』
それは以前にも渚がミケに言われていたことである。軍に属しているAIとしては当然の反応であるとのことであった。
(で、マシンアームって言ってたよな。この腕のことか?)
渚が自分の義手を見る。どうやらリミナの口振りから機械の義手はそう珍しいものでもないようだが、渚の義手は性能が高いようでもあった。
「なあ、リミナさん。マシンアームってこの義手のことだよな? こういうのって、普通にあるもんなのか?」
「そこも覚えてないんだね。移植には結構な額のお金もかかるけど、マシンアームやマシンレッグなどの機械化部位を持つ連中、サイバネストは結構いるよ。狩猟者ならなおさらさ」
「狩猟者って、機械獣を狩る人間のことだよな。で、これで金にすると」
渚が先ほどもらったアイテール原盤を取り出して、リミナに見せる。
「そういうことだね。私も今は村の門番みたいな仕事してるけど、元々は狩猟者でね。ま、運良く五体満足でこの子も授かったから、今じゃあ引退してるわけだけど」
「サイバネストの人たちからもお母さん、尊敬されてるのよ」
後ろから聞こえたミミカの自慢の言葉には、渚が「へぇ」と返す。
「よしなミミカ。今回はいいとこ無しだったし、なんだか情けなくなる」
そう言って自嘲しているリミナの横で、ミケが尻尾を振って渚に口を開いた。
『狩猟者か。話を聞く限りでは、君には向いているかもしれないね。渚?』
(機械獣を狩って金を稼ぐか。リミナさんの反応を見る限りはいける気はするけどさ)
ここまでは止む無く戦っていたわけだが、仕事となれば望んで機械獣を相手取らなくてはならない。そんな道を選択するのかと問われれば、渚にはまだ判断できなかった。
なんにせよ、渚はこの世界のことをまだよく知らぬのだ。
「なあリミナさん。あたしさ。狩猟者とか向いてると思うか? もっと別の仕事もあったりしないかな?」
だからこそ渚の口から出た問いに、リミナが困ったような顔をする。
「んー、アンタが狩猟者以上に稼げる仕事なんて思いつかないねえ。そもそもサイバネストってのはほとんど強制的に狩猟者にさせられるもんなんだよ」
「え、マジで?」
渚の驚きにリミナが「そりゃあそうさ」と頷く。
「アイテールの供給は私たちにとっては死活問題で、それが可能な連中は限られてる。実績を上げてノーと言えるほどの地位を築ければ別だけど、今のあんたが街に行けば狩猟者入りは避けられないだろうね」
その言葉に渚が唸ると、リミナは少しだけ笑って「まあさ」と口にした。
「私も狩猟者としてはそこそこの腕だって自負はあったけど、アンタを見てると自信をなくす。それぐらいにアンタは『やれてる』よナギサ」
「本当にそう思うか?」
渚の念入りの問いにリミナは迷いなく頷いた。
「ああ、速射五発でスティールラットを全部仕留めて、近距離で分裂したレギオンラットも纏めて倒したんだ。そんな芸当ができる狩猟者なんざ、そうはいない。そこら辺は信じてもらっていいね」
「けど、それもコイツのおかげだぜ」
そう口にして渚が己の義手マシンアームを見せるが、リミナは首を横に振った。
「確かにそのマシンアームの戦闘力は高いようだ。それでも使うのは生身の人間だよ。で、あんたのあの反射速度はまともな人間のものじゃない。自覚があるのか分からないけど、多分ブレインアプリも入ってるんじゃないかい?」
(ブレインアプリ?)
『ああ、それは脳内の記憶領域を最適化して直接アプリケーションを書き込んでエミュレーションする技術だよ』
再び渚の知らぬ単語が出てきたが、それに答えたのはミケであった。
(そんなものがあるのかよ。で、あたしの頭の中にもあるってことか?)
『君の場合はチップがあるからブレインアプリをインストールする意味はないよ。ただブレインアプリは脳内で直接処理をするから、センスブーストなんか使ったら負荷はもっとひどいことになるだろうね』
「げえ」
「なんだい?」
渚の呻きにリミナが反応する。
それに渚が、少し慌てた顔で首を横に振った。
「いや、さっきの頭痛を思い出しただけだ」
「そいつはすまなかったね。多分、アレがブレインアプリの負荷ってことなのかね。おっと、そこの岩の先を曲がっておくれ」
「ようやく道っぽくなってきたな」
「ここらへんは、多少は舗装してるからね。ほら見えた」
それから渚がビークルを直進させていくと、霧の先に鉄くずをかき集めたような門と壁が見えてきた。
「まったく、アサクサノリの収穫に出ただけでひどいことになっちまったよ。そしてナギサ。あそこにあるのがアゲオ村、あたしらの住んでる村だ。さあ、歓迎するよ異邦人さん」
こうして、渚はようやく人の住む場所へと辿り着くことに成功したのであった。
【解説】
アサクサノリ:
名称の由来は不明だが、岩などに張り付いた埼玉名産の食用苔。
埼玉圏内でも、自然に収穫できる数少ない食物である。