第158話 渚さんと謎のチンチクリン
「あれが埼玉都庁アースシップです」
渚たちの眼下に広がるクレーター湖、その中心にある緑色の巨大な船を見ながらリンダがそう口にした。その存在については渚も以前より聞かされていたから理解もしていたが、埼玉都庁という聞きなれぬ言葉には目をパチクリとさせ、それからその緑の巨大船を改めてじっくりと眺めた。
「あれがアースシップねえ。地球の船って意味だよな?」
『うん。正確に言えばアースシップはあの宇宙船の船名ではなく種別だけどね。あの船は地球の名を冠する通り、第二の地球とすることを想定したバイオスフィアの一種なんだ。アレだけで生体圏を完結させ、生き続けられるように設計されている。まあ、惑星間を長期間移動するために造られたものだね』
「へぇ。そりゃあ宇宙でもずっと生活できる船だってことでいいのか?」
渚のかい摘んだ言葉にミケが頷く。
『そうだね。昔はあの手の宇宙船は多く稼働していたらしいんだけどね。まあ、僕の製造された年よりも随分と昔の話ではあるけど』
ミケランジェロと同期したことで、今のミケにはその手の知識も十分に備わっており、当初インストールされるはずだった知識を得ている状態にあった。それからミケがアースシップより伸びた黒い棒を前足で差す。
『それで、あの船は太陽光を主エネルギーとしていてね。ほら、船から上空に黒い棒が伸びているだろう?』
「ああ。瘴気を抜けて外に続いているな」
瘴気の先は当然見えないが、それがとても高く伸びているのは理解できた。
「あれはアポロンタワーですわ。太陽の力を集めていると言われています」
『そうだね。うん。あれはそうした用途で存在している。おそらくだが瘴気どころか成層圏まで抜けているんじゃないかな』
「成層圏? って、なんでそんなところまで?」
『光を集めるためだよ』
その返しに渚が首を傾げた。
太陽光からエネルギーを得る……というのは理解できるが、棒が一本伸びているだけだ。それでどうやって光を集めるのかが想像できない。
『渚、君もここまでに空中に映像が浮かぶ技術を見て来ただろう』
「ああ、そういえばそんなのもあったな」
軍事基地でのナビゲートやドクが表示した空間のウィンドウなど、渚は確かにそうした技術の産物を見ていた。視界に直接映像を映し出す技術と主観的には似たようなものであるためここまで特に気にしたこともなかったのだが。
『ナノミストによって光を調整して映像を映し出すフィールドホロと呼ばれる技術だけど、アレはようするに空間内で光を反射させるものなんだ。そして、あの黒い棒の先には大規模展開されたナノミストが光を集積していてね。あの黒い棒の中を通して光を船の中に運んでいるはずだ』
「そうなのか?」
「そうなんですの?」
それはリンダも知らなかったことのようである。
『晴れていれば無数の天使の羽が舞っているような光景が目の当たりにできるはずなんだけどね。それが見えないのはちょっと残念かな。おっと、迎えが来たようだよ』
そう口にしたミケの視線の先を追うと、近くの階段から以前に出会った騎士のウルミと従騎士であるケイにビィ、それにアイが登ってきている姿が見えた。そして、彼らは渚たちの姿を見つけると手を振りながら近付いてくる。
「久し振りねナギサ、リンダ。ようこそ我らが首都コシガヤシーキャピタルへ」
「こっちこそ。緑竜土を貰えるって聞いてカッ飛んできたぜ」
「ケイたちもお元気そうで何よりですわ」
リンダの言葉にケイが少しだけ苦い笑顔を浮かべた。
「はは、そうですね。残念ながら従騎士団の団長は降ろされてしまいましたが」
「今は俺が団長だぜ、リンダの姉ちゃん」
その言葉にリンダが目をパチクリさせて、アイが苦笑する。
どうやら前回の失態により彼らの役回りが変わったらしい。
「ま、団長適性を見るために上位成績者の間で役職は定期的に変えていたのだけれどね。とはいえ、前回の遠征はケイも勉強になっただろう。実戦に勝る経験はないもの」
「ええ、そうですね。次は強化装甲機を破壊させません」
ケイが己の握る拳を見ながらそう言葉を返した。確かに失敗はしたにせよ、ケイはそれで投げやりにはなってはいない。失敗を糧に成長できるしたたかさを持っている……と渚はケイから感じた。
そして、そんなやり取りの後、渚はリンダと視線を向ける。
「ところでさ。ウルミさん、ちょっと急ぎの話があるんだけどいいか?」
その言葉にウルミが目を細め、それから渚に頷いた。
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「ここでなら周りには話が漏れないわ。それで、なんの話かしら?」
そして渚が連れていかれたのは近辺の警備塔のひとつであった。
ウルミは渚から野盗にカスカベの町が襲撃されたという話を聞いてすぐに一度会話を中断させ、ケイたちをリンダに預けて渚だけをその場に招いたのである。そのことに渚が眉をひそめながらウルミを見た。
「いや、別にケイたちに聞かれても問題はないんだけどさ」
「その判断は私が決めるわ。あの子らは前回の遠征で立場が微妙なんだからこれ以上の余計な負担はかけたくないの」
「そういうもんかな。まあ、別にいいけど。で、あたし……カスカベの町に野盗が攻めてきたってとこまでは言ったよな?」
「ええ、あそこはアンダーシティのテリトリーだけどこことも近い。捨て置ける話じゃあない……けど、あなたがここにいて、その様子からすればそれ自体はすでに解決しているわね」
ウルミの言葉に渚は頷いた。カスカベの町が現時点でも襲われているのであれば、それは地域的には隣も同然のコシガヤシーキャピタルにとっても他人事ではないし、今この場で悠長に話していられる内容でもない。
「一応問題はあったがカスカベの町の奪還も完了。今は狩猟者が事後処理に当たってる。で、あたしが伝えたいことってのはさ。同じことがこのコシガヤシーキャピタルでも起こるかもしれないって内容なんだよ」
その言葉にウルミが目を細めて考え込み、それから頭を抱えながら一緒についてきたナビゲーションロボを睨みつけた。
「なるほど。こういうことですかガヴァナー・ウィンド」
「は、がゔぁ?」
ガヴァナー。それは渚が以前に聞いた通りであれば、このコシガタシーキャピタルで最も偉い人間を指しているはずだった。
そして渚がなんの話かと首を傾げている前でナビゲートロボが動き出し、ガコンガコンと音を立てながら左右に分かれて中から体育座りをしているチンチクリンな少女の姿を見せたのである。
「は?」
その少女は少しだけ辛そうな顔をして腰をさすりながら渚に対して「や、やあ」と手を挙げた。
「こ、子供!?」
驚く渚の前で体操座りをしていた少女は「あ、腰痛ィ」と言いながらノタノタと立ち上がると、それから渚に対して右手を差し出しながら笑顔でこう口にした。
「ようこそ渚、私の街へ。ガヴァナーのウィンド・コールだよ。よろしく」
【解説】
ウィンド・コール:
チンチクリンな外見通りの性格をしてはいるが長命種であり、AIを除けばコシガタシーキャピタル内では最も高齢の人物。
その正体は地下に眠る超生命体と意思疎通を図るために設計されて生み出されたコミュニケーターと呼ばれる存在だが、長い年月により彼女を産み出した者たちはすでに亡くなっており、現在ではコシガタシーキャピタル内の最高権力者であるガヴァナーの地位にある。




