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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第4章 地の底より
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第153話 渚さんと巻き込まれた局長

「十年後にだと? そりゃあ、何の例えだ?」

「ミケ。それは話さないって言ってなかったか?」


 ミケの突然の問いかけにライアンが首を傾げ、渚が眉をひそめてミケを見た。それからミケはまず渚の方へと視線を向けて口を開く。


『渚、ライアンはクキアンダーシティの局長だ。その上にアンダーシティとは折り合いこそつけてはいるが取り込まれてはいない。いや、この際取り込まれていても……だからこそ状況を理解できる頭を持っているならばあちらにはつかないだろうし、僕らの敵にはならない。今後何かしらの協力を願い出ることもできるだろう』

「おいおい、なんだか物騒な話してんな。どういうことだ?」


 納得いかないという顔の渚の横で不審そうな様子のライアンがミケを睨みつける。明らかに何か危険な話が目の前で飛び交っているのだろうということはライアンにも当然理解できていた。けれども、その先を知ることを厭わぬ姿勢をとるライアンにミケはさらに話を続けていく。


『さてとライアン。一応確認だけれども、君は瘴気についてはどれだけ知っているのかな? 浄化物質という言葉に聞き覚えは?』

「浄化? いや、それは分からないが……けれども意味は分かる。瘴気は黒雨を浄化するものだって意味だよな? あれが本来人間を守っているものだというのは当然知っている。そんなことはちょっと俯瞰して見りゃあ分かることだからな」


 ライアンがそう答えた。一般的に出回っている知識とは別に、ライアン自身もそうした事情に対して正しく理解しているようだった。


「もっとも、それでも俺たちゃアレに触れ続ければ死ぬ。少なくとも有害なものでしかないのも確かだが……いや、ちょっと待て。さっきの話ってまさかそういうことなのか!?」


 ここまでの話の中でミケの意図を察したライアンが目を見開いた。


『やはり君は聡いねライアン。お察しの通りだよ。浄化物質は直接触れれば有毒ではあるが、君が認めたように君たちを守るためのものでもある。それが十年後になくなるとどうなるかは分かるよね』


 その言葉にライアンが唸りながら考え込み、それから頭を抱えながら渚を見た。


「おいナギサ、お前関西圏を知っているか?」

「関西? 知識の上では知ってるけど……多分あんたの考えてる関西とは違うだろうなぁ」


 渚が知っているのは彼女が以前に生きていた時代の関西だ。それはこの埼玉圏と同様に全く異質のものであろうとは想像に難くない。


「お前は再生体とかいうのだったか。過去の平和な頃の関西については俺もVRシアターで知ってる。お前がどんな頃の関西を知っているかは知らないが……今の関西圏は地獄だよ。数少ない資源を奪い合い、日夜殺し合いが行われている。ま、そりゃあここも似たようなもんだが、ただここが天国だと言えるぐらいには地獄らしい」


 その言葉に渚が顔をしかめる。今の埼玉圏とて、とても居心地が良いところとは到底言えない。けれどもそれを理解しているライアンが地獄というのだから、よほどひどい状況なのだろうということは理解できた。


「そんなにかよ?」

「ああ、道中の森で機械獣に食われず、黒雨にもやられず運良く辿り着いたあっちからの難民も時々いるからな。そういうところから情報は多少得てるんだが、あっちは生産工場プラントとかいう遺失技術ロストテックに物資の供給を頼っていて、それを占有した王様気取りの馬鹿が支配している感じなんだってな。瘴気がないから黒雨の危機は常にあるし、藻粥なんて安定して供給されるような食料もない世界だ」


 そう言い切ったライアンの言葉に渚が息を飲み、その反応にライアンが苦笑いをして肩をすくめる。


「けれどもだ。瘴気が消えれば、ここは関西圏よりもひどくなるだろう」

「なんでだよ? こっちの方が環境はいいんだよな? だったら」

「そもそもこっちには黒雨を防ぐノウハウが乏しいんだ。対してあっちはどんなに地獄だろうと生き延び続けた実績がある。蓄積がある。その上にこっちにゃアンダーシティやコシガヤシーキャピタルって庇護してくれる存在がいたからな。黒雨が降るようになれば、どちらも自分たちに必死で地上に救いを差し伸べることもなくなるだろう」


 その言葉に渚は反論できない。ライアンの思い描く未来予想図をまさか……と言って楽観視できるほどの根拠を渚は持っていない。


「だから、確かにみんな死ぬな。アンダーシティ、或いはコシガヤシーキャピタルに所属していれば生き残れるかもしれないが地上にいる大部分の人間は死ぬだろう。で、実際瘴気は十年後に消えるってのはマジなのか?」

「計算では十年らしい……んだけど、驚いてないな局長?」


 少しばかり訝しげな顔をしている渚に、ライアンが苦い顔で首を横に振る。


「驚いてはいるさ。だが、しっくりも来ている。長期間の記録を見れば早朝の瘴気が薄くなっているのは分かる。アンダーシティもコシガヤシーキャピタルも何かを隠して動いているのは以前から把握はしていた。知ろうとすれば消されるだろうってのも理解できていたから、何を根拠にどう動いているかまでは探れてなかったがな。で、十年っていう理由は?」


 その問いに渚がミケに視線を向ける。どこまでを話して良いのかが渚には理解できていない。それを察したミケが頷いて、口を開いた。


『ドクがアウラで計算しようとしたと言っただろう。あれ、実は成功はしていたんだよ。そもそもドクがアウラに接続しようとした理由が浄化物質の耐久年数の計算だったのさ。結局彼女は死んだけど、その答えだけは出た。それが十年だ』

「そうか。管理官に伝えなかったのは正解だったな。お前たちが慎重で良かったと心底思うぜ。最悪の事態は回避できた」


 その言葉に渚が首を傾げる。


「ミケもそう言ってたけどさ。そりゃあ、どうしてだよ?」

「別に難しい話じゃない。あと十年ってタイムリミットが知れ渡れば、必ず問題の解決方法のひとつを実行しようとするやつらが出てくるだろうからな」

「解決方法? そんなものがあるのかよ?」


 さらに問いを重ねる渚にライアンが「まあな」と返す。


「だからアンダーシティは絶対にその情報を広めることを許容しないだろう」

「なんでだよ? 解決する方法があるんだろ?」

『渚、それは可能か否かはともかく、ちょっと考えれば誰もが思いつく、とてもシンプルな方法なんだけど分からないかな?』

「シン……プル?」

『ほら、黒雨の影響のないシェルターなら最初から存在してるじゃないか。地下にさ』


 その言葉に渚が「あ!?」と声を上げるとライアンが頷いた。


「察したようだな。そう、簡単な話だ。つまり生き残りたいならアンダーシティに入ればいい。とはいえ今でもアンダーシティの市民IDは簡単には手に入らん。ま、それでも外で生きられるなら諦めもつくが……」

「黒雨にさらされるようになれば、確実に死ぬ……か」

『そうなれば、アンダーシティに攻撃を仕掛けてでも強引に入ろうとする者は出るだろうね。そうしなければ死ぬんだ。地上の人間が全員……とは言わないが、躊躇わないで乗っ取ろうと動き出す人間は当然いるだろう』


 ミケの宣告に渚が眉間にしわを寄せるも、そうなる可能性は確かにあると理解していた。けれどもライアンは「ま、それだけなら最悪じゃあない」と口にする。


「ナギサ、アンダーシティと地上が交戦すること自体はそこまで問題じゃあねえんだよ。アンダーシティは市民IDがない連中ではどのみち扱えないからな。何をどうしようが地上の人間には勝ち目がねえ。だから問題なのはその先だ」

「まだ、何かあんのかよ?」


 眉をひそめる渚の問いにライアンが首肯する。


「ああ、最悪なのはそれで『アンダーシティが地上との繋がりを断つ』ってことなんだ」

「断つって、そんなことできねえだろ。アンダーシティだって地上の助けは必要なはずだ。今だって……いや」


 そこまで口にした渚の脳裏にドクから聞かされた話がよぎった。ドクはアンダーシティは本来『各都市が自立して運営することが可能なように造られている』のだと言っていた。その上で地上で得たアイテールは今後を見据えての『蓄え』なのだとも。であれば……


「アンダーシティは地上を必ずしも必要とはしていない?」

『そういうことだよ渚』


 渚の言葉をミケが肯定する。


『そう、アンダーシティは地上を切り捨てることができるんだ。対して地上の都市なんて瘴気を中和するナノミストの供給を止められるだけで機能不全に陥るよ。そうなれば十年を待つまでもなく地上の人間はすぐさま干上がった魚のようになる』


 渚も元々地上と地下都市が対等であるなどとは思ってはいなかった。けれどもここまで指摘されては否が応でも両者が本当の意味で正しく対等ではないのだと理解せざるを得ない。つまり地上はアンダーシティが必要だが、アンダーシティは地上が必要ではないのだ。


『分かるかい渚。アンダーシティは何もしないだけで自分たちを攻撃する危険な存在を排除できる。そして市民IDを持たぬ人間を人間と認識しない彼らはなんの躊躇いもなくそれを実行するだろう。僕らは今、そのトリガーを引くかもしれない立場にいる……というわけだね』

【解説】

生産工場プラント

 アイテール変換を目的とした大型の設備が設置されている施設。

 軍事基地やアンダーシティ内にも同様の施設は存在している。

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