第015話 渚さんと親子とドライブ
「うわぁ、広ぉい。椅子ふっかふかぁ」
「騒ぐんじゃないよミミカ。まったく。悪いね、助けてもらった上に村まで送ってもらえるなんて」
「別に気にすんなよリミナさん。こっちこそ村まで案内してくれるってんだから、持ちつ持たれつってヤツさ」
渚がビークルのハンドルを握りながら、助手席に座っている女性にそう返した。
その渚の隣にいる女性の名はリミナ、後部の住居スペースではしゃいでいるのはリミナの娘のミミカという少女だ。彼女たちこそが渚が機械獣から救った親子であった。機械獣との戦闘後、アイテールを回収した渚はふたりを送り届けるついでに村を案内してもらうことになったのである。ようやく人里に辿り着けることに渚の頬は若干緩み、鼻歌混じりにビークルを進めていく。
それからそんな渚の様子を見ていたリミナが笑う。
「けど、実際に本人見ても信じられないわねえ。あの怪物みたいな動きをしていた相手があんたみたいなお嬢ちゃんだなんて。身長もミミカと変わらないくらいだし」
「背が伸びねえのは遺伝だから仕方ねえっての。あたしは十五。ミミカより随分と
お姉さんなんだぜ?」
少しだけムスッとした渚の返しにリミナが「ああ、そうだったね」と口にして、それから車内を見渡した。
「そんだけの若さで相当なもんだって言いたいだけさ。このビークルだって随分と良いものじゃないか。あんた、相当に腕の立つ狩猟者みたいだね」
「ん、狩猟者ってなんだ?」
何を言われたのかと渚が首を傾げると、リミナが眉をひそめた。
渚の返しには、彼女は自分が認識違いをしているのではないかと気付いたようだった。
「おや? ねえナギサ。あんた、狩猟者じゃないのかい? マシンアーム持ちのサイバネストだし、さっきの戦闘だって慣れたもんに見えたけど」
「いや……あの動きは……そうだな。訓練の成果ってだけで、慣れてるわけじゃねえんだよ」
渚がなんとも言えない顔をしてそう返す。
現在の渚の戦闘技術は義手からチップにインストールされたモノによるところが大きく、加えてかすかに蘇ったFPSと呼ばれる戦いの経験が彼女の足を前へと踏み出させているに過ぎない。
確かに昨日から連続して機械獣との戦闘を経験しているものの、本人としてはまだ慣れたといえるほどのものではなかった。
「そうなのかい。かといって野盗ってわけでもないだろう。そんなのが私らを助けるわけもないし。うーん。となると、その綺麗な肌からして、もしかしてアンダーシティの市民様だったり……というのはサイバネストならないだろうしねえ」
「バンディットにアンダーシティ? マシンアームってのは義手のことだよな? サイバネストってのも知らないんだけど」
リミナの口にしたどの問いにも渚は答えられない。
そもそもリミナの問いの内容を渚はまったく理解できなかった。そして、その返しにはリミナもミミカも首を傾げる。何しろ、それらの言葉は彼女らにとっては常識に近いものであったのだから、渚が知らないということが理解できなかったのだ。
それから両者が何を言うべきかと迷っていると、渚がなんとも言えない顔をしつつ口を開いた。
「そのさ、なんて言えばいいんだろうな。リミナさん、あたしさ記憶喪失ってヤツ? ……なんだよな。昨日より前のことが全然分かんねえの」
その言葉にリミナが少しばかりあっけにとられた顔で「まさか……」と口にしたものの、少し考えてから頷いて渚を見た。
「いや……まあ、そうか。あんたが狩猟者じゃないならレギオンラットのパーツに目がいかなかったのも分かるね」
「パーツ?」
新たな言葉が出たことでさらに首を傾げた渚に、リミナは先ほどのネズミ型機械獣の一体から回収した機械を袋から取り出して見せた。
「それって機械獣のパーツだよな? アイテール以外にそういうのも売れるってのはさっき聞いたけどさ」
渚が目を細めてそれを観察するが、リミナがその機械を取り出した意味は分からない。先ほどの戦闘後、渚はネズミ型機械獣『スティールラット』からアイテールこそ回収したが、リミナはさらにスティールラットから部品をバラして回収していたのだ。そして、渚の返しにミミカが前の座席に顔を出して「ねえ、お母さん」と口を挟んだ。
「ナギサ、やっぱりよく分かってないみたいだよ」
「そうだねえ。まあいらないなら……とも思ったけど、知らないんじゃあもらうわけにもいかないね。ほら、あんたの戦利品だ。こいつはここに置いておくよ。他のパーツも私が倒したもの以外はそっちに渡す」
」
そう言ってリミナが手に持ったパーツを座席の横に置いた。
「おい。なんだよ? そりゃ、あんたが拾ったもんだろ。さっきはあたしはいらないって言ったじゃん。どういうことだ?」
「そりゃあね。まさか、あんだけ機械獣との戦闘ができるのにモノの価値が分からないとは思わなかったんだよ。そっちのレギオンラットのパーツはレアもので、ジョイントモジュールって言うんだ。規格が合えば、ある程度なら無理にでも機械と機械を繋げられるものだ」
「レア?」
「グレードの高い、ようするに高く売れるってことさ。このビークルに接続して、武装を増やすこともできる。それにさ。アイテールもあんた液体のまま詰めてたし、こういう風に私らがしてるのを見て妙な顔してたから……もしかするとアイテール硬貨のことも知らないんじゃないかい?」
「アイテール硬貨? ええと、知らねえ」
渚の返答を聞いて続けてリミナが見せたのは、先ほどリミナが型にはめてコイン状にしていたアイテールである。アイテールは空気に接触すると固体化する性質を持っており、リミナとミミカはそれを利用してコインにしていたのである。
「100にワイ、いやエンマークか。これ。つまり100円?」
コインのひとつには¥100と表示されている。渚の認識が正しければ、それは100円の硬貨ということであるらしい。
「金額は分かるのかい。けど、その顔だとやっぱり知らないんだろうけど、アイテールは固体化すると燃料として使えなくなる代わりに液体よりも容積が小さくなって持ち運びがしやすくなるんだ。で、これが私らの使う金ってわけだ」
『ああ、なるほど。そういうことか』
リミナの言葉を聞いて、先ほどから黙っていたミケが納得したという顔で頷いた。
『恐らくはと思っていたけど、彼女らのコミュニティでは固めたアイテールを貨幣代わりにしているんだね。まあ重さで価値を決めるなら分かりやすくはあるのかな』
ミケの解説を聞きながら渚が「これが金にねえ」と呟く。
それからリミナが自分のバッグから取り出したものをパーツの横に置いた。
「まったく、本当に分からないんだね。だったら、とりあえずアンタにこれもあげるよ。必要だろ?」
「それって?」
置かれたものはサイズの違うふたつのコインとふたつの四角いインゴットの型の穴が空いた鋳型であった。それぞれに¥100、¥500、¥1000、¥10000が逆に表示されている。
「埼玉圏で使われている硬貨規格のアイテール原盤だ。まあ混ざりもんもあるし高額なら測定したり秤で重さを測ったりもするけど、あって不便なものじゃあないよ」
「いいのかよ。貴重なもんじゃねえの?」
お金の原盤は、渚の知識では珍しいというよりも国で管理して所持など許されないもの……という認識であった。だから珍しそうにアイテール原盤を見る渚に、リミナが首を横に振る。
「別に狩猟者になりゃただで貰えるもんだし、まだウチにもみっつはある。助けてもらった礼代わりに渡すにゃ安いシロモノさ」
「そういうもんなのか。じゃあ、ありがたくいただいとくよ」
リミナの言葉を聞いて、渚はその原盤を受け取ってバッグにしまう。
それから再び運転に集中すると、リミナが渚の顔を見ながら「にしても記憶喪失ねえ」と呟く。その言葉に渚が苦笑する。
「自分で言っててもなんだけど、嘘くせえよなあ」
「ウソクサーイ」
「ミミカ、黙ってな」
怒られたミミカが頭を引っ込めると、リミナが渚に顔を向き直した。
「いやさ。実のところ、そういう連中も時々はいるんだけどね。となるとさ。渚、このビークルはどうしたんだい?」
「目が覚めた近くにあったんだよ」
当たり障りのない程度の範囲で渚は答える。
実際の持ち主は基地で全滅した者たちだろうが、嘘は言ってはいない。
「となると、あんたは追放者かもしれないねえ」
「追放者?」
再び聞き慣れぬ言葉を聞いて問い返す渚に、リミナが頷きながら話を続けていく。
「まあ、罪を犯してこの掃き溜めに捨てられた者ってことなんだけどね」
【解説】
アイテール原盤:
100円、500円の硬貨と、1000円、10000円の板を作れる原盤。
アイテールは測定が簡単で偽装が困難なため、この原盤は埼玉圏内で多く出回っている。
なお埼玉圏内での円の価値は、渚の認識にあるものと大差ないようである。