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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第4章 地の底より
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第146話 リンダさんと奇襲の流星

 リンダの思考と身体が加速する。

 聞こえた声は怪腕のモランと呼ばれる男のものだった。それは埼玉圏最大の野盗バンディット集団であるオオタキ旅団の幹部のひとりにして、かつてリンダを襲撃し、両親と足を奪った者のひとりだ。

 そのモランに向かってリンダはむき出しの殺意を込めて突撃していく。


(死ね……ですわッ)


 今のリンダはわずかにではあるがセンスブーストを使用することが可能だ。そしてそのわずかな間でしか使用できないとしても近接戦においては絶対的な優位性を確保できるのがセンスブーストというものだった。リンダは壁を駆けながら一気に跳び、両足からアイテールブレードを出して錐揉みしながら流星の如く野盗バンディットたちの中心にいるモランを貫こうと加速した。


『危ねえなあ』


 しかし、とっさにそれをモランが避けた。

 行動予測による反射的回避。それこそがモランをここまで生かし続けた能力だ。


『今のを避けたですって?』


 そう言いながらリンダは一旦地面に着地するとすぐさま跳んだ。直後に銃声が響き渡り、リンダは弾丸の雨と野盗バンディットの頭を飛び越えていく。


『ツゥッ』


 だが完全には避けきれてはいない。リンダは無謀な突撃の代償として何発かの弾丸をその身に受けながら、壁へと着地した。


(痛い。けれども動けますわ。アストロクロウズさまさまですわね)


 口元から血が垂れるがアストロクロウズの防弾性能は高く、貫通には至っていない。

 またアストロクロウズは衝撃による筋肉の硬直も電気ショックで解除することができ、また内部の骨が折れたり筋繊維が断絶したとしてもパワーアシスト機能によって代わりに体を動かすことも可能なのだ。そうした機能により、リンダは銃撃を受けてもどうにか動き続けることができていた。

 そしてモランが銃撃を受けてなお動き続けるリンダを見て舌打ちする。


『しぶとい狩猟者ハンターだ。しかし、この状況で俺をろうたぁ、度胸はあるがオツムは足りてないみたいだな』

『自殺志願者ですかねえ』

『ははは、かもしれねえな』


 挑発の言葉と弾丸が野盗バンディットたちから次々と飛び出て、リンダの方もサブマシンガンを撃ち鳴らしながら建物の壁を駆けていく。


(この数、やはり駄目ですの?)


 リンダが苦い顔をしながら正面の建物の窓をアイテールブレードで斬り裂いて、中へと飛び込んだ。

 リンダも感情的に動いてしまう面はあるが決して馬鹿ではない。モランを倒せるとすれば初手である奇襲の一撃のみでしか成せぬとは最初から理解していた。その上に、ここまでに積み上げてきた力ならば仕留められるという自信もあった。今のリンダの斬撃はブレードマンティスとも渡り合えるのだ。けれども現実は頭の中で組み立てた想定をなぞることはしない。リンダはモランが行動予測を演算する能力があることを知らず、必殺の一撃を避けられて今まさに追い詰められている。


『おい、中に入ったぞ』

『あれじゃあ、当たらんな』


 外で野盗バンディットたちがそう声をあげる。

 埼玉圏の町の建物は総じて分厚い鉄の壁に覆われているために銃弾も中までは届かない。


『全くさっきのガキといい、狩猟者ハンターの女はカンに触る』


 もっともモランとて主に戦闘の腕を買われてのし上がってきた男だ。一瞬で腰の手榴弾を掴んで開いた窓へと投げつけ、それをリンダが『上手くいきませんわね』と呟きながらセンスブーストを用いて空中で手榴弾を撃ち抜いて空中で爆発させた。そうして爆発の衝撃が己にまで届かないのを確認しながらリンダが次の手をどうするべきか……と考えようとした直後である。


『なっ!?』


 目の前の光景にリンダの目が丸くなった。

 爆発の中からモラン配下の機械化集団が飛び出してきたのだ。それはリンダが手榴弾を撃ち落とすのを見越したのか、次善策であったのかはともかく、彼らは一斉に窓へと飛び込もうとして……


『リンダ、後退を』

『クロ?』


 そこに横から飛び出してきたクロが男たちを斬り裂いて、室内への侵入を防いだ。


『馬鹿な。ブレードマンティスだと!?』

『ドクの……じゃねえな。あの狩猟者ハンター、あいつ機獣使いだったのか』


 ざわめきが起きる。突如として現れたブレードマンティスに野盗バンディットたちが焦りの声をあげながら攻撃を仕掛けていく。そしてクロが野盗バンディットの集団へと突撃しながらリンダに『ナギサたちと合流を!』と叫んだ。


『クロ!? けれど、あの男は』


 その言葉は続かず、リンダの目が細められて眉間にシワが寄る。そして踏みとどまった少女はギリギリと奥歯を擦り合わせながら肩を震わせた。

 そこにいるのは彼女の仇なのだ。己の人生を賭して殺すと誓った相手のひとりなのだ。だがクロの『早くッ』との叫びにリンダはきびすを返すことを選択した。

 ブレードマンティスは確かに強力な個体だ。その斬撃は変幻自在。接近戦においては機械獣の中でも強力な部類に該当するが武器は二本のブレードしかない。それ以外にある能力は機動力と光学迷彩。防御性能は決して高いとは言えず、単体であるならば火力を集中させさえすれば多少の犠牲でも撃破することは難しくない機械獣であった。つまり、もはや敵陣の只中にいるクロに勝ち目はない。


『しゃべる機械獣だと?』

『いいから倒せ。いや、退がれ。こいつは』


 直後、爆発が起こった。クロがすでに死に体だったブレードマンティスの自爆シークエンスを起動してアイテール爆発を起こしたのだ。だが、それすらもモランには届かない。モランの腕より発生したシールドが爆発の衝撃を殺していた。

 しかし、それで問題はない。クロの目的はモランを倒すことではなく、リンダを逃すことなのだから。


『クッ』


 そしてリンダは歯噛みしながら、建物の中を駆けて裏手へと飛び出していく。


『逃げんのか腰抜け』


 わずかにそんな声が背後から聞こえ、リンダは屈辱に肩を震わせたが、決して振り向くことはなかった。仇討ちは失敗。けれども未だ己の命は消えず。そうしてリンダは苦い思いを抱えながら、カスカベアンダーテンプルに向かって駆けていった。

【解説】

クロ:

 依り代は破壊されたが、主はヘルメスにあるため、活動自体に支障はない。

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