第145話 渚さんと魔改造
「おーい。ミランさん、起きろ」
ペチペチとほおを叩く音がミランダの耳に響いた。
痛いというほどの強さではないが、ボヤけていた彼女の意識は徐々に焦点を取り戻し、そして目を開けると先ほどまで一緒にいた少女がそこにはいた。
「う、ううん。ナギサ? あ、わ、私は!?」
そしてミランがガバッと慌てて上半身を起き上がらせる。それから周囲を見回し、そこが地下への入り口だと気付いて渚を見た。
「ミランさんは気絶させられて、ここで拘束されていたんだ。で、今助け出した。大丈夫か?」
「え、ええ? ヒッ」
その言葉にわずかに安堵したミランダだが、渚の背後に五体のブレードマンティスがいたのが見えて悲鳴をあげた。その様子に渚は「こいつらは大丈夫だ」と返す。
「今はあたしが制御してるから、暴れたりはしねえよ」
「制御?」
驚きの顔でミランが渚を見ると、渚は頷きながら右腕をミランの前に出した。
「ドクの制御装置を奪ってさ。このマシンアームに接続したんだ」
「そんなことが可能なの?」
「一応、この腕遺失技術だからな。そういうの得意なんだよ」
渚の言葉にミランが渚の右腕を凝視し、それから納得したという顔はしていないものの頷いた。
「分かったわ。それでドクは? 制御装置を手に入れたということはドクは捕まえたのかしら?」
「死んだよ」
「!?」
渚の返事にミランが目を見開き、渚が話を続けていく。
「あたしはドクに連行されてさ。地下のアイテール結晶侵食体がある部屋まで行ったよ」
「そこまで行ったのね。まさか奪われてはいないわよね?」
渚が頷いたことで、ミランの顔に安堵のものに変わった。
それが彼女にとっては何よりも重要なことだったのだ。アンダーシティにとってアイテール結晶侵食体はシティを稼働させるための最重要パーツだ。それはミランの命よりもはるかに重要なものだ。
「ドクが何かをして、どこかと接続しようとしたみたいなんだけどな。アイテール結晶がいきなり侵食体から生えて、そんでドクはそれに巻き込まれて結晶化して砕けて死んだ。跡は残ってるからあとで確認はした方がいいと思う。部屋ん中、すげえことになってるぞ」
「そう。接続というと……ああ、アレに触れたのね。愚かなことを」
恐れをもってミランがそう言うと、それから渚を見て、何かを考えてから首を横に振った。
「いえ、けれど奪われてはいないのなら問題はないわ。それとナギサ、ここで見たことは外には決して漏らさないで。狩猟者でも局長クラスでなければ知られていないことなのよ」
「ああ、こっちも狩猟者だ。余計なことを話しゃしないさ。けど、多分野盗はもう知ってるぞ?」
「そ、そうね。これは不味いわ。アレに接触したということは……いや、それよりも」
「で、あたしは外に出て野盗を追い払ってきたいんだけど。ドアを開けてもらえるか?」
入り口はドクがロックしていた。おかげでミランは無事だったようだが、渚もミランを起こさざるを得なかったのだ。
「分かったわ。私はここにいるから、頼んだわよナギサ」
「おう!」
そしてミランが部屋の中にある端末を操作して入り口の扉を開くと渚はドクロメットを被って五体のブレードマンティスと共にすぐさま外へと出ていった。
すでに外では外部から増援に来た狩猟者たちの反撃が始まっている。であれば、戦闘の決着までそれほど時間はかからないはずであった。
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『クロ、一気に攻めますわよ』
『そうですね。敵は萎縮しています。それに障害物の多い町の中は高機動型の私の独壇場です』
渚が外に外へと向かっている一方で、狩猟者と野盗の戦闘は続いていた。元々カスカベアンダーテンプル内に立て籠もっている狩猟者と膠着状態だった野盗だが、今は局長であるライアン率いるクキシティの狩猟者たちの参入により確実に追い詰められていた。
そして、狩猟者の中にはライアンと合流したリンダとクロ、それに強化装甲機で武装したミランダの姿もあった。
『それにしてもミランダがあそこまで暴れる方だとは思いませんでしたわ』
『どうやらミケが渚のガードマシンの戦闘データなどを収集し、それを移植し調整し続けていたようです』
すでに町の中へと侵入を果たしたリンダとクロの背後、町の入り口付近では絶えず銃声が鳴り響いている。その中心にいるのはガトリング砲を持ったライアンとレーザーガトリングを撃ち鳴らすミランダだ。
すでに弾代は調査局持ちと伝えられているため、ミランダはアイテールの消費を一切考慮せず撃ち続けている。そこに他の狩猟者も加わって撃ち続けているために野盗たちから攻撃を仕掛ける隙もない。
また街全体を占拠したために戦力が分散していた野盗たちも徐々に入り口から後退しつつ、カスカベアンダーテンプルを制圧して籠城しようという動きを見せていた。
リンダとクロはそれを阻止するべく、機動力の高い他のサイバネストたちと共にカスカベアンダーテンプルの狩猟者に合流するために移動していたのである。
『急げよお前ら。とっとと後退して護りを固めやがれ。ドクは何も言わなかったがなぁ。あの奥には脱出口があるはずなんだ。 でなきゃあいつが篭ってるはずがねえ。分かったな。まだ手はあんぞオラァ』
そして、移動を続けるリンダの耳にそんな声が聞こえてきた。
『あの声、まさか』
『リンダ?』
野盗たちを指揮して動いている大柄の男が視界に映る。それを見てリンダの動悸が激しくなる。
忘れるはずもない声だ。その声をリンダは知っていた。両親を無残に殺され、自分の足が潰されたとき、彼女は自分の絶叫と共に聞こえた笑い声を決して忘れはしない。
『どうしましたリンダ?』
オオタキ旅団の幹部のひとり、怪腕のモラン。
そこにいたのはリンダがアンダーシティを捨ててまで求めた者のひとりであったのだ。そして、リンダはクロの問いにも答えず跳んだ。そこにいるケダモノこそが己の狩りの本来の獲物だと言わんばかりに。
【解説】
ミランダ・バーストモード:
どこにでもいるごくごく普通のメディカロイドのミランダは、猫型マスコット(自称)のミケの手によって魔砲少女(魔改造されて移動砲台と化した少女人格AI搭載型メディカロイド)へと生まれ変わったのだ!




